第31話 不思議な贈り物(1)

「はぁ……?」


 アルタイス王国国王、テオドール・アルタイスは思わず間抜けな声を出してしまった。


 久しぶりに王城にやって来たと思ったら、五歳下の弟が、何かおかしなことを言い出した。


 二人きりの兄弟だが、見た目はあまり似ていない。

 テオドールは優しげな顔をして、柔らかな金髪、明るい青の目、といった、圧迫感のない容姿をしている。


 一方、弟のアルヴァロの方が背が高く、体型もがっしりしていた。

 珍しい鮮やかな青の髪や、明るい茶色に青や緑が散らばる、不思議なヘイゼルの瞳は、親しみやすく見える、とは言い難い。


 子どもの頃のアルヴァロはやんちゃ坊主、といった感じで、魔法は暴発させるわ、剣を振り回してしょっちゅうどこかしらケガをするわ、で大変だった。


「ごめんね、アル。ちょっと聞いてなかった。もう一度言ってくれるかな?」


 テオドールがにこりと笑いながら促すと、いい年をした弟が、恥ずかしそうに何かごにょごにょ言っている。


 テオドールが弟、アルヴァロの背後を見ると、白い髪を長く伸ばしたビヨークが、無言で首を振った。


「ええと、まだ聞こえないんだけど」

「だから……その、女性に……何かプレゼントをしたいんだが、どんなものがいいのか、わからなくて。兄上は、どんなものを女性に贈りますか?」


 テオドールが、明るい青の目を大きく見開いた。


「女性への贈り物は難しいよ? まず、その方との関係によるしね? 君は……もしかして、ブルーベル姫に贈り物をしたいと思っているのかい?」


 アルヴァロはうつむいたまま、うー、とか、あーとか唸っている。


(……オオカミか)


 テオドールがそう思った次の瞬間、ビヨークが首を振った。


「陛下、一緒にしないでください」


 テオドールはため息をついた。


「仕方ないね、じゃあ……」


 テオドールは執務机の中をごそごそと漁って、アルヴァロに何かを渡した。


「いい経験だよ。これを見て、少しは悩みなさい」


 * * *


「あら?」


 その日の午後、庭の散歩に行こうと離れのドアを開けたブルーベルは、ドア横のガーデンテーブルに置かれていた花に気がついた。


 ユリに似ているが、赤からオレンジ、黄色へと変わるグラデーションが美しい花が付いた、鉢植えの植物だった。


 鉢の周りはきれいなラッピングペーパーで包まれ、大きなエンジ色のリボンが巻かれている。


「ミカかしら。それとも、庭師のおじいさんが置いて行ってくれたのかしら」


 ブルーベルは首をひねった。

 鉢植えを持ち上げて、よく見てみるが、カードなども入っていない。


「後でミカに聞いてみましょう」


 ブルーベルはそう言うと、鉢植えをガーデンテーブルの上に戻し、そのまま庭の散策に出かけたのだった。


 そうして一時間ほど屋外で過ごし、離れに戻ってきたブルーベルは、そこでミカが戻っていることに気がついた。

 しかも、お客様と一緒だ。


「姫様、おかえりなさいませ。あ、お花が届いていましたので、中に飾りました。ご希望の場所がありましたら、すぐ移しますから、おっしゃってくださいね。それからこちらは」


 ミカは、隣に立っている少年を指した。


「ミュシャでーす!!」

「ちょっとっ!!」


 元気な声が上がり、ミカが慌てて少年をつつく。


「こ、こんにちは、ミュシャさん」


 ブルーベルがぺこりとお辞儀をすると、ミュシャはきゃー! と歓声を上げた。


「可愛いっ!!」

「可愛いっ!?」


 ブルーベルも思わず叫んで、まじまじとミュシャを見つめた。

 グレーのくるくるのカーリーヘアに、同じくグレーの瞳をした、まるで少年のような小柄な男性である。


 外見に似合わない、足元まで覆う黒のローブを身に付けているのが、不思議と言えば、不思議だ。


(え、可愛いって、この子、男の子よね? この子の方がよほど可愛いと思うけれど)


「だから言ったじゃないですか。私がご紹介した方が良いと。姫様、困惑されていますよ」


 ミカが深々とため息をついて言った。


「姫様、改めてご紹介しますね。こちらはミュシャ様と言いまして、これでも、魔法騎士団に属する騎士です」

「これでも、って何!?」


 ミュシャがぷんすかと声を上げる。


「ブルーベルちゃん、僕、実は実力を高く評価されている、闇属性の強力な魔法使いなのです! ベルちゃんの旦那さんである、アルヴァロ様の部下なんですよ。アルヴァロ様の命令でここに来たんです」


「あ、あの、結婚はまだなのですけれど……」


「ブルーベルちゃん!? しかもベルちゃんて。ミュシャ様、いくらあなたでもアルヴァロ様に怒られますよ! せめてブルーベル様と」


「ええ!? どうしてダメなの? こんなに可愛い名前なのにっ」

「それは、私も『姫様』と呼んでいて、ブルーベル様って呼んでいないからですよっ! 姫様は、ドゥセテラの王女様なのですから、そんな軽々しく……」


「ミカ? ブルーベル、って名前で呼んでいいのよ……?」


 ブルーベルが恐る恐る声を掛けると、ミカがぴたりと口を閉じ、ブルーベルを見つめる。

 顔が嬉しそうだ。


「本当ですか!? じゃ、じゃ、私も、『ブルーベル様』ってお呼びしますね」


 少年のようなミュシャが、そんなミカを見て、くすりと笑った。

 しかし、すぐに表情を改める。


「アルヴァロ様から、ブルーベルちゃんのケガを診てほしいと言われました。魔法のケガではないかということで、僕に解析ができるか試してみてほしいと。いいでしょうか?」


 ミュシャはそう言うと、にこっと笑った。


「お顔に触れたりはしますけど、痛いことはしません。それから、申し訳ないのですが、僕は治療はできないんです。でも、どんな魔法がかけられているかわかれば、対応策が取れますからね。どうでしょう? お顔を診てもよろしいですか?」


 ブルーベルはしばらくミュシャを見ていたが、ゆっくりとうなづいた。


「はい。お願いします」


 * * *


 ブルーベルが了承してからのミュシャは早かった。


 離れの部屋の様子を眺めると、ミュシャはキッパリと言った。


「外でやりましょう! ミカちゃん、ピクニックマットを持ってきて」


 そしてブルーベルの手を引いて、さっさと庭に出る。

 慌ててミカがピクニックマットを探して持ってくると、ミュシャは芝生の上に敷くように指示した。


「ブルーベルちゃんはここに横になって。目は閉じてね」


 ミュシャはブルーベルが横たわったマットレスの周囲を、ポケットから取り出した動物の角で円を描いていく。


「魔力の干渉を防ぐために、結界を作ります」


 円を閉じると、ミュシャは何かを呟いた。


「よしと。それでは、お顔、失礼するね」


 ミュシャの温かな手が、優しくブルーベルの顔に触れた。

 傷ひとつない左半分に触れた後、銀の仮面が付けられた右半分に触れる。

 仮面の上を滑るように動き、やがてミュシャの手が離れた。


 ミュシャは目を閉じて、まるで瞑想をしているかのようだった。

 芝生の上に横たわったブルーベルの脇に座り、静かに佇んでいた。


 ややあって、ミュシャが声をかけた。


「ブルーベルちゃん、もういいですよ。起き上がりましょう」


 そう言うと、ブルーベルを起き上がらせてくれた。


「結果は、団長に来てもらって、一緒に聞いてもらおうかな」


 そう言ってブルーベルを見つめたミュシャの目は、一人の魔法使いの目、そのものだった。

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