第30話 夕食を一緒に(2)

「アルヴァロ・アルタイス・ヴィエントです」


 そう言うと、アルヴァロはブルーベルの手を取って、席まで案内した。


 背は高いが、均整が取れていて、圧迫感を与えるような大きさは感じない。

 鮮やかな青い髪はいつもどおり。肩より長い髪は背中に流れるに任せている。

 サイドに細い三つ編みが見えた。


(少し……見慣れた……かしら?)


 ブルーベルはおずおずとアルヴァロの顔を見上げたが、アルヴァロは……不機嫌ではないものの、相変わらず、無表情だった。


「…………公爵閣下、ほ、本日はお夕食にお招きくださり、ありがとうございます」

「…………」


 二人の間に沈黙が落ちた。


 ブルーベルが席に着くと、ビヨークがやって来て、二人の前に置かれていたグラスに、ワインを注いだ。

 アルヴァロはビヨークが一旦下がるのを待って、まず、まっすぐにブルーベルを見て、言った。


「まず、あなたが当家に来られた日に失礼な発言をしたことを、お詫びします」

「え」


 ブルーベルは驚いて、アルヴァロを見た。


「女性にとって、顔に傷を負うことがどれだけ大変なことか、わかっているつもりです。なのに、あの日はあなたを責めるようなことを言って、大変、無神経でした。本当に申し訳なかった」


「公爵閣下」


「言い訳になってしまうが、あなたを責める気持ちはなく、あなたの責任だとは一切、考えていない。それに、あなたの顔の傷を理由に、婚姻の話をなかったことにしよう、あなたをドゥセテラに送り返そう、などとは全く考えていないことは、お伝えしておきたい」


 アルヴァロは大事なところを、なんとかうまく言いきることができた。


「元はといえば、アルタイスの国王である兄があなたを私の妻にしようと勝手に決めたのが始まりで、私は……いや失礼。ともかく! ブルーベル姫。私は、あなたのケガには魔法が関わっていると思っている。我が国には、他者がかけた魔法を解析できる者もいる。私自身も、魔法を得意として、騎士団に勤めている。あなたのケガを調べてもいいだろうか? もしかしたら、何かわかるかもしれない」


「魔法……じゃあ、もし、その魔法を解いたら……元通りに戻るかも……?」

「今の段階で断言はしたくないが、そうできたらいいと思う」


「…………」

「…………」


 長い沈黙が訪れた。


(要件を喋るだけ……???)


 困惑するブルーベル。

 確かに、こうして話を聞いていても、アルヴァロが悪い人ではないのは、伝わってくる。

 それどころか、わざわざ顔の傷のことをここまで力説してくれるなんて、かなりいい人なのではなかろうか。


 ブルーベルがあれこれ考えていると、ようやくアルヴァロが口を開いた。


「……ミカから聞いたのだが、女性の話し相手を見つけてはどうかと。刺繍の基礎や楽器の弾き方も教えてくれる人が良いとか、ミカが言っていたが」


「はい、そんな話をいたしました。わたしも、そのような方がいたら、色々教えていただけるかと」


 ふむ、とアルヴァロは考え込んだ。


「私も、あなたにアルタイスのことを色々知ってほしいと思う。年配の女性なのだが、良さそうな人を知っている。引き受けてくれるか、問い合わせをしてみよう」

「ありがとうございます」


 再び沈黙が訪れる。

 食堂には、ビヨークも、ミカもいない。

 食事は、アルタイス式がこうなのだろうか、一皿一皿運ばれてくるスタイルではなく、すでにテーブルの上に、全て用意されていた。


(……ということは、この状態がずっと続くの……!?)


 さすがに、ブルーベルが困惑すると。


「失礼」


 一声かけて、アルヴァロが立ち上がる。


「お腹が空いたでしょう。お肉はお好きですか?」

「!?」


 ブルーベルが驚いていると、アルヴァロはロースト肉が盛られた大きなプレートの前に立った。

 用意されていたナイフを使って、器用に塊肉から食べやすいスライスに切り分けていく。


 肉の周りに添えられていた温野菜も添え、ボウルに入ったクランベリーソースもスプーンですくって、肉の脇に添える。


「どうぞ」


 どん! とプレートをブルーベルの前に置くと、もう一枚皿を持って、今度はかなり豪快に肉と野菜をどんどんと盛り付け始めた。


「これは野生の七面鳥です。脂身が少ないので、ご婦人にはイノシシよりも好まれると聞きました。お好みに合うといいのですが。ではいただきましょう」

「は、はい」


 アルヴァロは一瞬、じっとその不思議なヘイゼルの瞳でブルーベルを見つめると、すぐ視線を外し、黙々と肉を食べ始めた。


「い、いただきます…………」


 それから三十分ほどが過ぎて……。


「アルヴァロ様、姫君、食後のお飲み物はいかがですか? デザートと一緒に、コーヒーか紅茶か、ハーブティか、それとも甘いお酒でも……」


 ビヨークとミカが揃って食堂にやってきた。


「コーヒーをもらおう」


 アルヴァロが無表情に答えるのと対照的に、ブルーベルはどこか困ったような表情で、「ハーブティだけいただくわ」と言った。


「ハーブティだけ? 姫様、デザートは召し上がりませんか? シェフ特製のカラメルプディングとイチゴのケーキ、どちらもおいしいですよ?」


 ミカが不思議そうに言うが、ブルーベルはそっと首を振った。


 ミカがブルーベルの顔を見、ほぼ空となったブルーベルのプレートを見た。


「そうだわ! せっかくだから、デザートは離れに持っていきましょう。明日にでも召し上がれますよ。本当においしいんですから。私、シェフに言ってきます!」


 パタパタ、とミカが食堂を出ると、ビヨークは何かを察したらしかった。

 ビヨークもまたそっと食堂を出ると、コーヒーと一緒にミントの香りのするハーブティを持ってきた。


「どうぞ。ミントが入って、消化に良いブレンドですよ」

「ありがとう」


 コーヒーを飲み終わると、アルヴァロは立ち上がった。


「失礼」、アルヴァロはそう言うと、足早に食堂を後にする。

 ブルーベルも慌てて立ち上がってお辞儀をして、彼を見送った。


「私達も戻りますか。ほら、おいしいデザートも、いただいて参りましたよ」


 ミカが嬉しそうに両手に抱えた包みを見せる。


 ミカと並んで離れに戻るブルーベルを見送りながら、ビヨークは微笑を止めることができなかった。


 おそらく、ブルーベルはアルヴァロがどっさりと盛り付けた肉料理を頑張って食べて、お腹がいっぱいになってしまったのだ。


 女性を避け続けてきたアルヴァロが、女性をよく知らないのは、当然だったかもしれない。

 しかしそんなアルヴァロが、ブルーベルとは彼なりにコミュニケーションを取ろうとしていること、そしてブルーベルもまた、一生懸命にアルヴァロのペースに合わせようとしているのが、この若い家令には、とても微笑ましく感じられたのだった。


(まあ、アルヴァロ様のお年を考えれば、なんとじれったい! と思わなくもないが)


 ビヨークは、ふふっと笑った。

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