第29話 夕食を一緒に(1)
「アルヴァロ様っ!!」
アルヴァロがビヨークと書斎で仕事をしていると、茶色の髪を揺らしながら、ミカが入ってきた。
「ミカ、アルヴァロ様はお仕事中だ。静かに」
横目でミカを見ながら、ビヨークがばっさりと言う。
しかし、ミカはひるまなかった。
「アルヴァロ様! 姫様がアルヴァロ様のことをお尋ねになりましたよ! そして、お顔に傷のあるご自身ではアルヴァロ様のお役に立てそうもない、といったことをおっしゃるのですよ!?」
ミカが勢いこんで言う。
「姫様はだいぶアルタイスにも慣れてこられましたし、突然の政略結婚で見知らぬ国に送られても、お相手の心配をするくらいのいい方なんですよ。アルヴァロ様! 姫様と会ってください! 一緒にお食事くらいしたらどうなんですかっ」
アルヴァロは机の上に書類を広げながら、無言だった。
その様子を見ながら、ビヨークも手を止めた。
「姫君と会った方がいい、というのは、私も同感ですね。……姫君が気にしている、お顔の仮面は、あなたは気にならないのでしょう? この結婚についても、後ろ向きではないように見えますが。せめて、挨拶くらいなさったらどうなのですか」
アルヴァロはついに顔を上げた。
「私が気にするはずがないだろう。彼女がケガをする前の顔を見ているから、本来の容貌はわかっている。あの仮面も、彼女のせいではない。彼女は、被害者なんだ」
被害者、という言葉に、ビヨークとミカが、まるで合わせたようにぴたりと動きを止めた。
ビヨークの左右で色合いの違う目が、アルヴァロをちらりと見る。
ミカもまるで猫のように目を光らせて、アルヴァロを見た。
なぜか、ミカの茶色い髪がふわ、ふわ、と不規則に浮き上がる。
「何か、新しい情報が?」
「まだ、話せない。だが……わかった。ブルーベルを夕食に呼ぼう。ミカ、彼女の支度をしてやってくれ。それから、堅苦しいことはないから、心配しないようにと」
「かしこまりました!!」
* * *
「ミ、ミカ? なんだか、ずいぶん力が入っているような気が……」
離れの部屋では、ブルーベルがドレッサーの前に座り、ミカが大まじめな顔で、ブルーベルの髪を結い上げていた。
ブルーベルが着ている、エンジ色のオーバードレスに合わせて、エンジ色のリボンを髪に編み込んで、ハーフアップに仕上げているのだ。
堅苦しい席ではない、と言いつつ、ミカはブルーベルの支度に余念がなかった。
「さあっ、出来上がりました! いかがですか、とても可愛らしいですよ」
窓の外は次第に暗くなり、アルヴァロとの初めてのディナーの時間が近づいていた。
ブルーベルは白のアンダードレスに、エンジ色のオーバードレスを合わせていた。
髪にもエンジ色のリボンがのぞいている。
ブルーベルはまだよそ行きのドレスを作っていないので、今着ているのも、普段に着るために用意したドレスだ。
足元はハイヒールではなく、茶色のモカシン。
それでも、ミカは、ブルーベルを少しでも美しく装って、ヴィエント公爵にお披露目しようと思っているらしい。
そこで、装飾品を持っていないブルーベルは、ただひとつの母の形見となってしまった、ムーンストーンのネックレスをミカに付けてもらった。
ブルーベルの数少ないおしゃれアイテムだ。
しかしブルーベルは無意識のうちに、ネックレスを服の中に入れてしまった。
「さあ、では参りましょうか?」
ミカに連れられて、主屋の二階に向かう。
相変わらず、屋敷の使用人達は、ブルーベルを見ると、誰もが丁寧にお辞儀をしてくれる。
「こちらが食堂です。どうぞごゆっくり楽しんでくださいね」
ミカが微笑みながら、ドアを開けてくれる。
ブルーベルは少々心細かった。
しかし、笑顔を浮かべて、礼を言った。
「ありがとう、ミカ」
ブルーベルが食堂に入ると、すでに着席していたアルヴァロが立ち上がった。
「ヴィエント公爵閣下、夕食にお招きくださいまして、ありがとうございます」
ブルーベルは丁寧にカーテシーをした。
「ブルーベル姫」
低い声がしたかと思うと、目の前にアルヴァロが立っていた。
「アルヴァロ・アルタイス・ヴィエントです」
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