第27話 とてもお似合いになると思います

「ブルーベル王女殿下、初めてお目にかかります。本日はお衣装の打ち合わせに参りました、わたくし、アネカと申します」


 その日、侍女のミカが連れてきたのは、背が高く、金髪に青い瞳をした、美しい若い女性だった。


「姫様、アネカさんはとても腕の良いデザイナーさんなんですよ。今日は、姫様に必要なお洋服を揃えようかと思って、呼んで参りましたの」


 ブルーベルは驚いて、目を丸くした。


「それはありがとうございます。どうぞわたしのことは、ブルーベルとお呼びください」


 アネカとミカが顔を合わせた。


「では、アネカさんも、姫様とお呼びしては?」

「それでは、わたくしも、姫様と呼ばせていただきますね」


 アネカはてきぱきと持参した布を広げながら、説明してくれた。


「いずれ、フォーマルなドレスも必要になりますが、今日は、まず毎日着るのに必要なお洋服を作りましょうね。アルタイスの服は、ドゥセテラのドレスとはちょっと違うんですよ。もっと実用的で、動きやすいのです。基本は、こうした綿の軽いドレスの上に、よりしっかりとした布地のオーバードレスを重ねます」


 アネカがサンプルとして用意したドレスを実際に見せてくれる。


「胸元は下のドレスを見せて、胸の下からウエストまでは、ひもで編み上げたり、ボタンを付けたりして、体にぴったりと合わせます。ウエストから下は、前の部分は下のドレスが見える感じになります」


 確かに、ブルーベルの目にも、アネカが見せてくれたドレスは、より重い布地で装飾も多いドゥセテラのドレスとはずいぶん、違って見えた。


「アルタイスは案外涼しい気候なので、夏でも羽織るものが必要になりますよ。肌寒い時は、この上にケープやマントを羽織ります。素材も、気候に合わせて、軽いものから、フェルト地、毛皮などさまざまです。室内なら大きなショールを巻きます」


「ハイヒールは夜会など、ちゃんとしたドレスを着る時だけですね。屋内では、フェルトのフラットシューズや革のモカシン、屋外ではショートブーツが一般的です。アルタイスの服は、女性用でもかなり活動的なんですよ」


 ブルーベルはもう、説明を聞くだけで精一杯だったが、ミカが要領よく、必要な服を決めてくれた。


「とりあえず、下着一式を必要な枚数。寝巻きと化粧着、ガウンも。靴もモカシンとショートブーツを各数足、アンダードレスとオーバードレスを七枚ずつ、ショール二枚、ケープ、マントを素材別に一枚ずつお願いします」


 アネカがてきぱきとノートに注文を記入していく。

 必要なアイテムが決まれば、あとは色と素材を選ぶだけだ。


 ミカとアネカの意見も入れて、アンダードレスは白、クリームを中心に淡い色合いで揃え、オーバードレスは厚地の紺、エンジ色の無地、軽やかな素材の小花模様、艶やかなロイヤルブルーなど、さまざまな色合いと素材のものを頼んだ。


 思ったよりも大量の注文になり、終わった時にはブルーベルはかなりぐったりしてしまった。


 それでも、「楽しみですね。とてもお似合いになると思いますよ」とミカとアネカに口々に言われて、ブルーベルは恥ずかしいと思いつつ、とても嬉しく思った。


 アネカは既成の服も何点か持ってきてくれていて、さっそくクローゼットに下げられている。


 少し着丈が短いが、幅はゆとりがあるし、毎日着るのに着替えがすぐ必要だ、とミカが言って購入した品だ。


 無地のものと、プリント地のものと両方ある。

 色も、青系のもの、茶系、赤系、とさまざま。

 自分の服を買うことがなかったブルーベルにとって、クローゼットを開けて、新品の洋服が下がっている様子は物珍しくて、ついついドレスに見入ってしまう。


 ミカは、普段着だ、と言うけれど、どれもとても素敵なドレスに見えた。


「そうだ。さっそく、着替えてみませんか? アルタイス風のドレスもきっとお似合いになると思います!」

「え、でも、もったいないわ。こんなにきれいなのに」


 ミカは笑った。


「きれいだからこそ、着るんですよ、姫様。きれいなドレスを着ると、ワクワクする気持ちになるでしょう? その気持ちを、楽しむんです」


 さあさあ、と急かすミカに負けて、ブルーベルはアルタイスのドレスに袖を通してみた。


 鏡の前には、見知らぬ自分の姿。

 ふんわりと開いた襟元も、リボンが付いているので可愛い感じ。

 ウエストはひもが付いて、編み上げ式になっている。

 ウエストからゆるく落ちるスカート部分が新鮮だ。


「この、エンジ色のオーバードレス、本当によくお似合いです。とても可愛らしいですねえ」


 ミカがニコニコして褒めてくれる。

 ブルーベルもまた、確かに、可愛いな、と思う。

 一瞬、自分の顔の右半分を覆う銀の仮面すら、気にならないくらいに……。


 何よりも、普通に、「可愛らしい」と言ってくれることが、嬉しい。


「さあ、今日はこのドレスをずっと着て過ごしてくださいね。明日は、別のドレスにしましょう」


 下着や靴は、サイズが合うものを揃えて、明日にも届けてくれるという。

 依頼したドレスも、出来上がり次第、こまめに届けてくれるそうだ。


 そして、もうひとつ。

 ブルーベルには嬉しいことがあった。


 ブルーベルがドゥセテラから着てきた、懐かしい母のドレス。

 細いグレーのストライプが入った、淡いブルーのドレスは、ミカが洗って、今回アネカにサイズ直しを一緒に頼んでくれた。


 アルタイスの新しいドレス。

 そして、大切な古いドレスもお直しができた。


「楽しみですね?」


 ミカは、そう言って、ブルーベルに微笑みかけた。

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