第25話 ブルーベルの新しい部屋(1)
「こじんまりとしていますが、とてもきれいなお部屋です。何より、離れの周りは植物がよく育つのです。お花がたくさん咲いていて、きっと姫様もお気に召すと思いますわ」
アルタイスのヴィエント公爵邸に到着した次の日。
昼食の後、ブルーベルのための、離れの部屋が用意できた、と、ミカがにこにこしながらやってきた。
「女性達がみんなで協力して仕上げましたの。おかげで早くできましたわ。ささ、お荷物は後で運びますから、まずはぜひ、ご覧になってくださいませ」
さあさあ、と悪気なく急かすミカに連れられて、ブルーベルが客室から屋敷の中を通って離れに向かうと、行き合った侍女達もまた、気さくに挨拶をしてくれたり、仕事の手を止めてお辞儀をしてくれたりする。
「姫君、ご機嫌いかがですか?」
「姫君、何かお困りのことはありませんか?」
その様子が、心からのもので、ドゥセテラにいた頃と比べると信じられないような気持ちだったが、悪意のない視線は、もちろん嬉しい。
ブルーベルは自分でも気づかないうちに、口元に小さな微笑みを浮かべ始めていた。
「このお部屋は三階にありますからね、まずお部屋を出て向かいの階段室から、一階に降ります。簡単なのはですね、朝食室の隣にサンルームがありまして、サンルームから離れに行く渡り廊下が造ってあります。ここから行くのが一番簡単ですよ。もちろん、庭伝いにも行けるので、慣れたら、あちこち歩き回るのが楽しくなりますよ。庭から行く場合は、まず玄関ホールに出て、玄関と反対側の小ホールに行くと、中庭に出るドアがあります」
ミカが話しているうちに、離れに着いた。
ミカが入り口のドアを開けてくれる。
「さあ、お入りください」
「わぁ……!」
ブルーベルは離れに入ると、思わず声を上げた。
そこは天井の高い、平家建ての建物で、壁はほぼ、大きなガラス窓で覆われていた。
カーテンは薄いものに厚いものを重ねており、光の入り具合で、窓ごとに細かく調整できるようになっていた。
確かに、大きな建物ではないが、室内は壁のないオープンな造りになっていて、狭さは感じない。
窓の外には庭の緑がよく映える。
室内にも蘭や観葉植物が置かれているので、明るい室内と相まって、まるで温室のようにも見えた。
部屋の中央には、ダイニングテーブルと椅子が並べられ、窓際には軽い藤製のソファとコーヒーテーブルが置かれたサロンスペースがあった。
ただひとつ、不思議だったのが、ダイニングテーブルの近くにある、花台のような、小さな台だ。
台の上には、陶製の水盤が置かれ、不思議なことに、まるで噴水のように、小さな水が湧き上がり、水盤の中で円を描いている。
ブルーベルが興味津々に眺めていると、ミカが声をかけた。
「寝室にご案内しましょう」
ミカが指さした先にあったのは……まるでハシゴのような、小さな階段。
「ロフトがあるんですよ。さあ、どうぞ」
ブルーベルが恐る恐る階段を上がっていくと、まるで屋根裏部屋のような、不思議な空間が広がっていた。
壁のないロフトからは、一階の様子がよく見える。
天井は低いが、壁には天窓が付いていた。
ここにあるのは、大きなベッドとナイトテーブルだけ。
「なんて素敵なんでしょう!!」
ブルーベルは思わず叫んだ。
「こんな寝室、見たことがないわ……!」
ミカもまた、まるでいたずらが成功した子供のように、嬉しそうに言った。
「ふふ……、姫様はここで眠れそうですか? 怖くないですか?」
ブルーベルは首を振った。
「とんでもない! 今夜、眠るのが待ちきれないくらいよ」
ブルーベルは大喜びで、ロフトを見て回っていた。
小さな天窓からは、夜になったら、きっと星が見えるだろう。
ベッドに腰掛けて、階下を眺めてみれば、まるでかくれんぼをしている子どものような気持ちになった。
こんな寝室、想像してみたことすらなかった……。
ブルーベルの顔が輝いていた。
「よかったぁ……」
ミカはにっこりと笑った。
「とても素敵なお部屋ですよね。でも、あんまり気に入ると、心配になっちゃいますね。姫様、正式にアルヴァロ様と結婚したら、お屋敷のお部屋に移りますからね。それは忘れないでください。じゃないと、アルヴァロ様がかわいそう……」
そのミカの愛らしい様子に勇気づけられて、ブルーベルはアルヴァロの様子を、思い切って聞いてみた。
「ミカ? その……アルヴァロ様はどうされていますか? わたし、昨日はちゃんとご挨拶もできずに、失礼してしまったと、心配で。今日は、お忙しくされているかしら?」
ミカは小動物のような茶色い目を嬉しげに細めた。
「姫様、それでは、お茶をいれましょう! そして、少しお話ししませんか?」
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