第24話 アルヴァロの苛立ち

「姫様はお休みになられました」


 アルヴァロの書斎に入ると、ミカはそう報告した。

 室内にはすでに、アルヴァロ、そして二人の家令、ビヨークとローリンがいた。


「ありがとう、ミカ。……食事はどうした? 少しでも食べられたか?」


 アルヴァロの言葉に、ミカは柔らかく微笑んだ。


「ええ! お休みになる前に召し上がってくださいました。やはり、ローリンさんの言うとおり、お一人にして差し上げたのがよかったようです。お気持ちも落ち着かれたようでした」


 書斎には、奥の窓際にアルヴァロの机が置かれ、その手前には、簡単な会議ができるくらいの大きさの、オーバル型のテーブルと椅子が設置されていた。


 アルヴァロはふう、と息を吐くと、顔を上げた。


「改めて、ブルーベル姫のケガのことを説明してくれないか。ビヨーク、一緒に様子を見に行った時はケガはなかった。いつ、あんなケガをしたんだ。なぜ彼女を迎えに行った時に、ケガをしたことを知らせなかった」


 ビヨークは一度目を閉じてから、口を切った。


「テオドール国王陛下の書簡を届けに行った時には、姫君はお出ましになりませんでした。しかし、あの時にはすでにケガをしていたと思われます」


「ドゥセテラの国王も何も言わなかったのか? 娘に結婚の申し込みが来たのに。ケガのことは一切言わなかったと?」


「はい」


 アルヴァロはため息をついた。


「あれが普通のケガのはずがない。魔法が関わっているに違いないだろう。兄上はこのことをご存知だったのか?」


「私には何とも」


 ビヨークの答えに、アルヴァロは再び、言葉を失った。


「ビヨーク、では、姫君をお迎えに行って、初めてあのケガを見たのだな?」


 ビヨークの父である、ローリンが言った。


「……はい」


「ではなぜ、その時に若に知らせを送らなかったのだ。手段はいくらでもあっただろう。玄関先でのあれは、姫君にも気の毒だったぞ」


「ブルーベル姫はすでに、ケガを負われ、あの仮面が顔に付いていました。今さら、どうにもできないと思いました。あなたはこんな顔になったから、このまま国へ帰れ、と? 四人姉妹でただ一人、離宮に侍女一人すら付けずに追いやられて、アルタイスへの婚姻に際しても、嫁入り道具もなく、お供の一人すらなく、ただ一人で国境までやって来たというのに」


 アルヴァロの顔がますます険しくなる。


「……供の者はどうしたのだ。私は、姫が望むなら、侍女でも、護衛の騎士でも、誰でも同伴して構わないと伝えたはずだが。それに、身の回りの物はどうしたのだ。別の馬車で後から送られてくるのか? 荷物、嫁入り道具は不要、とは書いたが、あくまで気を遣わせてはという気持ちで……普段、使い慣れた品物はあるだろう?」


 アルヴァロの問いに、ビヨークはゆるく頭を振った。

 ミカが代わりに答える。


「アルヴァロ様。姫君のお荷物は、あの小さなカバンがひとつと、バスケットと小さな箱がひとつです。離宮では、姫君のお世話をする侍女一人すら、いなかったんですよ。姫君のお荷物を準備する者もいませんでした。姫君がお持ちになったのは、着替えがほんの少し。それに室内履きが一足。あの小さな箱には、紅茶の茶葉が入っていまして、最後に宮殿の侍女の一人がとても親切にしてくれ、姫君がお好きな紅茶の茶葉を用意してくれた、と、それは嬉しそうに話されていました」


 アルヴァロはもう、ここまでのミカの話に、絶句している。


「アルヴァロ様、どうぞ姫君に優しくしてさしあげてください。あの方は……アルヴァロ様のお嫌いな、権力志向のご令嬢方とは、全く違います……!」


 アルヴァロは苛立たしげに立ち上がった。


「……一体、何だと言うんだ! これではらちがあかない! 誰がブルーベル姫にあんなことを? この婚姻は王命だ。兄上は何かをご存知だったに違いない」


 そこでアルヴァロは、はた、と黙り込んだ。

 テオドールは何と言っていた?

 確か、『邪悪な魔法の気配を感じる』と言っていた。

 しかし、あの日見たブルーベルは、服装こそちぐはぐな感じだったが、元気そうに見えた。


(————あの後、何かが起こってしまったのか!?)

(また、私は、女性を悪意のある魔法から守れなかったのか……?)


 アルヴァロは立ち上がった。


「兄上と話さなければ。あのケガは魔法の解析が必要だ。受けた呪術を特定する必要がある。王城へ行くぞ!」


 アルヴァロが老家令を見る。


「ローリン、兄上に先触れを出してくれ」

「今からですか!? もう夜ですよ! ちょっ……若っ……!」


 アルヴァロは部屋を出て、廊下をずんずんと歩いていく。


「あ〜あ……。父上、あの勢いじゃ、先触れなんて、間に合いませんね……」


 ビヨークの呆れたような声が、部屋に響いた。

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