第22話 蛮族の魔法騎士

「その顔はどうしたんだ!?」


 ドゥセテラ王国からの長い旅の果てに、ようやく辿り着いたヴィエント公爵邸。

 馬車を降りて、迎えに出た家令とブルーベルは挨拶を交わしていたのだが。

 突然、背後からブルーベルにかけられた言葉が、それだった。


 * * *


 広大な森がまるで天然の防壁のように広がる中、大きな鉄門をくぐり、鬱蒼うっそうとした森の中の一本道をひたすら一列に並んだ馬車が進む。


 たっぷり二十分は走った頃だろうか。

 ようやく、森の中に、大きな屋敷が見えてきた。


 屋敷の正面には、大きなロータリーが作られ、正面に馬車が停まると、すぐさま馬車に足台が掛けられ、従僕が馬車のドアをうやうやしく開ける。


「ようこそ、いらっしゃいませ。ブルーベル王女殿下」


 黒のスーツを着た、初老の男性が優しくブルーベルを助けて、馬車から下ろしてくれた。

 初老といっても、背筋がピシ! と整い、顔立ちも端正、銀灰色の髪を櫛目も鮮やかにオールバックにしたイケオジである。


「私は当家の家令、ローリンでございます。あ、ビヨークも家令ですが、私は歳をとっている方の家令になりますね。当家は家令が二名体制でして、役割分担してお勤めしております。ビヨークは外ではアルヴァロ様の補佐官としても勤めさせていただいているんですよ」


「は、初めてお目にかかります。ブルーベルでございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 そんな、外見と釣り合わない、どことなくマイペースな家令のローリンと会話を交わしていた時だった。


「その顔はどうしたんだ!?」


 突然の大声に、ブルーベルが玄関を振り返ると、そこには、一人の若い男性が衝撃を受けたように立ち尽くしていた。


「若、これはこれは、わざわざ玄関までお越しとは。姫君の到着が待ちきれなかったご様子で」


 しかし、若、と呼ばれた男は、ローリンを無視して、つかつかとブルーベルの前にやってきた。


「何なのだ、この仮面は!? 私は何も聞いていないぞ? そなた、一体何が起こったのだ! ビヨーク! ビヨークはどこにいる!?」


「あ……!」


 ブルーベルは、目の前に立った男に圧倒された。


 もとより、男性はおろか、人との関わりがほとんどなく、ドゥセテラではひっそりと離宮でずっと暮らしていたのだ。


 それが、目の前にはいきなり見知らぬ若い男性。


 ブルーベルはまるで見慣れぬ生き物でも見るように、恐る恐る目の前の男を見上げる。

 

 長身。

 鮮やかな藍に染められたチュニックに、腰には太いベルトを締めていた。

 左側には、革の小袋を下げ、右側には、小ぶりの剣を吊っている。


 ブルーベルを見下ろすのは、美形とも言えるくらいに、とても整った顔をした若い男性だったが、その顔には一切、甘さがない。

 いかにも男性的な顔だちに、ブルーベルは少し動揺した。


 無表情に口元を固く結んでいる様は、怖いくらいだ。

 緩やかなウェーブの青い髪は肩より長く、サイドの髪は、数本、三つ編みにしているのが、古代の戦士のようだ。


 明るいヘイゼルの鋭い目が、まっすぐにブルーベルを見据えていた。

 明るい茶色に、まるで星のように、青と緑色が散らばった、不思議な眼だ。


 ブルーベルはその迫力に押されて、知らずに、一歩、後ずさる。

 その時、柔らかな声が割って入った。


「アルヴァロ様、姫様が怯えておられます。姫様はずっと、離宮に隔離されてお育ちになったのですよ。お忘れですか? 宮廷内を我が物顔で闊歩するご令嬢方と一緒にしてはいけません。まずは、自己紹介をなさいませ」


 ブルーベルが振り返ると、彼女の背後には、いつの間にか、侍女のミカが控えていて、ブルーベルを安心させるように、ぽんぽん、と背中を撫でてくれた。


 ミカは小柄で、ブルーベルよりも背が低い。

 そんな彼女が、堂々と立っていることで、ブルーベルもようやく、気持ちが落ち着いてきた。


「アルヴァロ、様」


 そうだ。当たり前だ。

 この屋敷で、主人として堂々と振る舞う男性。


 この男性こそが、自分に結婚の申し込みをしてくれた、アルタイスのヴィエント公爵本人であろう、と察した。

 ブルーベルは慌てて、カーテシーを取る。


「は、初めまして。ヴィエント公爵閣下とお見受けいたします。わたくしは、ドゥセテラ王の第四王女、ブルーベル、と申します。こ、この度は……」


 ブルーベルはそこまで言って、言葉を途切れさせた。


(何なのだ、この仮面は!?)


 頭の中に、アルヴァロが叫んだ言葉がこだまする。

 ブルーベルはゆっくりと顔を上げて、ヴィエント公爵を見上げた。

 

「た、大変、申し訳ありません……! せっかく、ドゥセテラの王女をご所望されたのに、このような、顔に傷のあるわたくしが参りまして、お詫びの申しようもございません……!」


 ブルーベルの目から、涙が一筋、こぼれ落ちた。


「わたくしは覚えていないのですが、気がつきましたら、顔にこの銀の仮面が付いていました。は、外すことができないのです……わたくしは、血溜まりの中に倒れていたそうで、おそらく仮面の下に傷がある、とお医者様はおっしゃいました。しかし、仮面を外すことができないため、仮面の上から、治癒魔法をかけてくださったのです……こ、この仮面の下がどんな様子になっているか、わたくしも知らないのです……本当に申し訳ありません……!!」


 ブルーベルは、必死にそこまで説明すると、力が尽きたように、床の上にへたりこんでしまった。

 膝がカクカクとしてしまって、立ち上がりたいのに、立ち上がれない。


「ブルーベル様!!」

「姫君!!」


 場は騒然となり、ミカがブルーベルに駆け寄り、ローリンはビヨークに、ブルーベルをまず座らせるために、玄関ホール脇のサロンへ案内するように指示する。


「ごめんなさい……」


 ブルーベルは、最後までアルヴァロに謝り続けていた。


 ブルーベルが屋敷の中に連れて行かれてなお、アルヴァロは、呆然として、その場を動くことができないでいた。


「若」


 ローリンがアルヴァロに声を掛ける。

 すると、ようやく衝撃が去った、とでもいうように、若き公爵は頭を振った。


「ブルーベルに……姫君に十分な手当を。まずは休ませてやってくれ。それから、ビヨークに至急、書斎に来るようにと。説明をしてほしい」


「かしこまりました、若」


 老家令が一礼して去ると、アルヴァロもまた、のろのろと歩き始めた。


 アルヴァロは、ブルーベルの顔を覚えている。

 白いオオカミを見て、恐れることなく話しかけた、あの優しい笑顔を、覚えている。


 しかし今、怯えながら彼を見上げたのは。

 顔の右半分をすっかりと覆う、冷たい、銀の仮面。

 その姿は、アルヴァロに衝撃を与えた。


「何があったというんだ…………」

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