第19話 二つの花嫁行列(4)
ブルーベルは十日後、無事に、ドゥセテラ王国の国境に到着した。
「姫様、あれが、お迎えの馬車ではありませんかな?」
十日の間に、すっかり気安くなった老人は馬車を停め、ブルーベルに声をかけて、遠くを指差す。
果たして、その先には、馬車が数台並び、大きな旗がはためいていた。
一面に広がる草原。
その中を、自然に
老人は再び、馬車を動かし始めた。
すると、大きな馬に乗って、一人の男性が軽快にこちらに向かって走ってくる。
「ドゥセテラ王国第四王女ブルーベル姫とお見受けする」
ブルーベルが慌てて、馬車の窓を開けると、そこに長い白い髪をなびかせて、大きな馬に乗っている青年の姿があった。
茶色の目。左目は黒の眼帯で隠されている。
ブルーベルは会っていないが、ブルーベルに結婚を申し込む書簡を届けた使者が、この男だった。
「私は主君の命令でお迎えに上がりました、ビヨークと申します。ここまでお疲れ様でした。ここで馬車を乗り換えていただき、我が国、アルタイスへとお連れいたします」
ビヨークは、御者の老人に丁寧に謝礼を渡すと、ブルーベルの荷物を受け取って、アルタイスの馬車に積み込んだ。
ブルーベルのために用意された大型馬車には、付き添いの侍女も同乗し、あれこれと世話を焼いてくれる。
ビヨークを始め、騎士は馬に乗り、ブルーベルの馬車を囲んで移動した。
馬車は全部で五台。
残りの馬車に何が入っているのか、ブルーベルには想像もつかなかった。
ビヨークはブルーベルと面と顔を合わせても、彼女が顔の右半分に付けている銀の仮面には全く頓着しなかった。
恭しくブルーベルの手を取り、馬車に乗せてくれる。
車内には、茶色い髪に茶色の瞳をした、まるで子リスのように愛らしい少女がいて、あれこれとブルーベルの世話をした。
「姫様、私はミカと言います。姫様の侍女のお役を与えられまして、とても嬉しいです。何でも私におっしゃってくださいね」
ミカはにこにこと微笑みながら、まっすぐブルーベルを見て話した。
「ミ、ミカ? わたしはブルーベルです。ご親切にどうもありがとう。でも、わたし、大抵のことは自分でできるわ。ドゥセテラでは、侍女はいなかったから」
「まあ」
ミカはちょっと驚いたが、やがてそっと口を開いた。
「それでは、誰かがいつも一緒にいるのは、慣れないでしょうね、姫様? じゃあ、こうしましょう————」
ミカは考え考え言った。
「私は姫様のお役に立ちたいので、あれこれお世話をします。でも、もし姫様がお嫌だったり、不要と思われるなら、姫様のお気持ちを尊重します。なので、まずやってみましょう。そして、私には遠慮することなく、言いたいことはおっしゃってください。そうすれば、姫様のお気持ちが私にもわかりますから、ぜひ」
ブルーベルは心の底から驚いて、目を丸くした。
まさか、言いたいことは言ってほしい、と言われるとは。
今まで、ブルーベルにそんなことを言ってくれた人はいただろうか?
(言いたいことを、言う……わたしの気持ちを伝えていい……)
それはどこか、心がくすぐったくなるような感じがした。
しかも、すごく嬉しい。
そんなブルーベルの気持ちが表情に出たのか、ミカも優しく微笑むと、さっそく、てきぱきと動き始めた。
ブルーベルの背中にクッションを差し込み、膝には膝掛け。
日差しが強ければ、窓にカーテンを引き、ブルーベルが外に注意を向けていれば、さりげなくカーテンを開けてくれる。
休憩の度に、飲み物や食事の世話をしてくれるのも、ミカだった。
「姫様、大丈夫ですか?」
ブルーベルが不安そうにしていると、ミカは気遣ってくれる。
それは、もしブルーベルが嫌なら、しませんよ、という思いやりでもあった。
これまでの暮らしで、こんなに人の世話になることがなかったブルーベルは驚き、初めこそ動揺したが、次第にミカの温かな世話に心がほぐれていくのを感じるのだった。
「たくさんお話ししましょうね。そして、姫様が安心していられる方法を、一緒に探しましょう。私は、姫様の味方です。姫様の一番近いところにいたいのです。どうぞ、遠慮せず、何でもおっしゃってくださいね」
ミカはそう言うと、まっすぐブルーベルを見つめた。
その時、ビヨークは騎士達と共に、野営の準備を整えていた。
次々に手際良く張られていくテント。
ブルーベルがミカと話している様子は、ビヨークにも見えていたが、ビヨークはミカを信頼して任せているようで、話に混ざる様子はなかった。
その日の夜だった。
焚き火を囲んで、一行が思い思いにくつろいでいる時、ビヨークがやってきた。
ちょうど、ミカがブルーベルに食後のお茶を用意した頃だった。
「姫君、旅も長くなりましたが、お疲れではないですか?」
ブルーベルはそっと首を振った。
「ミカを始め、皆さんがとても気を遣ってくださって。疲れはありませんわ」
ビヨークは表情を緩めて、ほっとしたようだった。
「明日は、海岸に出ます。まだわからないかもしれませんが、私達はかなり海岸線に近いところまで来ているんですよ。アルタイスへは、船で渡ります」
「船……?」
ブルーベルは、驚いて思わず声を上げた。
「はい。アルタイスは、島国なのです。あまり知られていないと思いますが。ですので、明日は海岸に出て、船に乗って、アルタイスに渡るんですよ」
「まあ……」
「海はとてもきれいですよ。姫君も、お気に召されると思います。明日は時間がありませんが、アルタイスでは、海で泳いだりもするのです。姫君も、近い将来、海で水遊びができるようになりますよ」
海は知っている。しかし、本の中で読んだだけだ。
もちろん、船にも乗ったことがない。
ましてや、海で泳ぐ……。
ブルーベルは驚きのあまり、目を丸くするしかなかったが、同時に、ドゥセテラ王国とはずいぶん違う、アルタイスの様子に、わくわくする気持ちが湧いてくるのを感じたのだった。
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