第16話 二つの花嫁行列(1)
そしてついに、その日がやってきた。
それはよく晴れ渡った日。
第一王女フィリス・ノワールは皇帝との婚姻のために、カラスカス帝国に向けて出発した。
顔に原因不明の傷を負ってから、ずっと離宮で静養している第四王女ブルーベルも、この日ばかりは姉を見送るために、宮殿に呼ばれていた。
「お父様、お母様、お会いできなくなるかと思うと、寂しくて胸が潰れそうですわ」
「まぁ、フィリス……」
フィリスは母である王妃と抱き合って別れを惜しんだ。
アリステラ王妃は何度もフィリスの艶やかな黒髪を撫で、頬にキスして、別れを惜しむ。
父であるドゥセテラ王国国王は、フィリスの肩をぽんぽんと叩いた。
「達者で暮らせ」
「ありがとうございます、お父様」
フィリスは長い旅に備え、髪は全て結い上げ、ドレスは旅行用のスカート丈が短いドレスを着用していた。
普段よりはカジュアルだが、イヤリングとネックレスに大粒のエメラルドを付け、美しく装っている。
フィリスは、トゥリパとロゼリーと抱き合って、最後の別れを交わしていた。
ブルーベルは目立たないように立っていろ、と言われていたため、人々から離れたところに、一人でそっと立っていた。
見るとはなしにずらりと並んだ、フィリスの花嫁行列の馬車に視線を向けた。
それは豪華な一行だった。
フィリスのために用意された、乗り心地の良い馬車は大型で、座席も大きく取られ、クッションや膝掛けが持ち込まれている。
その後ろには、たくさんの花嫁道具を載せた馬車がずらりと並ぶ。
ドレスや小物から、寝具やあらゆる種類のファブリック、家具を載せた馬車まであった。
フィリスに同行する人々も多かった。
護衛騎士に侍女。
合計四十名以上が名を連ねた。
さらに道中の食事を作るコックも二名、同行する。
道中の水汲みや洗い物などを担当する召使いは三名。
フィリスのお気に入りの侍女が、フィリスの手周りの品々を持って、同じ馬車に同乗する。
さらに豪華な宝飾品の数々も、手提げ金庫に入れられて、注意深く馬車の座席の中に納められた。
このフィリスが乗る馬車が、護衛騎士に囲まれて、厳重な警戒のもと、カラスカス帝国まで向かうのだった。
挨拶を終えたフィリスが、侍女を従えて、馬車に乗り込もうとしていた。
ブルーベルはできるだけ仮面を付けた顔を見せないように控えていたが、最後の瞬間にフィリスと目が合った。
フィリスの黒い瞳が、射るようにブルーベルを見つめている。
何の感情も載せていない、その瞳は、ただブルーベルに向けられている。
どうしていいかわからなかったブルーベルは、お辞儀をした。
次の瞬間、フィリスはふっと視線を外すと、そのまま馬車に乗り込んでしまった。
カラカラ……と車輪が回り始める。
見送っていた人々が、宮殿内に戻り始めた。
正妃が側妃二人に支えられながら、歩いていく。
トゥリパとロゼリーも、仲良く並んで歩いているが、ブルーベルに気づくと、眉を寄せ、そのまま無言で通り過ぎた。
ここ数日で、ブルーベルが学んだことがある。
人々はブルーベルの顔の右半分を見ることを避ける。
銀の仮面が付けられているからだ。
左側から見れば、一見、ブルーベルの顔はごく普通に見える。
なので、人々はブルーベルの左側から声を掛ける。
ブルーベルはそんな人々を責める気持ちにはなれなかった。
自分自身だって、この顔の右半分を覆う銀の仮面には慣れることがない。
つい視線を逸らしてしまったり、自分の左側から話しかけてくるのは、ブルーベル本人にも、理解ができた。
自分に声をかけることなく、歩き去っていく姉達。
父と義母達。
ブルーベルは、誰のことも責める気持ちには、ならなかった。
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