第15話 アルタイスへ行け

 ほうほうの体でお茶会から逃げ出した三王女は、転がるようにして、国王と妃達、それに大臣達が話し合いをしている国王執務室に駆け込んだ。


「お、お父様、わたくし達、使者殿とお話いたしまして、とても良いお話だと、思いますのよ……!」


 フィリスが叫ぶように言った。


「ええ、本当に。確かにお国は少々、辺境にあるようですけれど、とても良い暮らしぶりのようでしたわ」


 トゥリパも叫ぶ。


「ええ、ええ、わたくし達、ブルーベルにはこれ以上ないご縁だと確信いたしましたわ!」


 とどめ、とばかりに、ロゼリーも叫んだ。


 長テーブルを囲んでいた面々が、驚いて顔を上げる。

 最初に言葉を発したのは、父である国王だった。


「フィリス、トゥリパ、ロゼリー。しかし、使者殿のお話では、アルタイスの国王陛下ではなく、その弟君だという話ではないか」


「はい、書状にもございます。お名前は、ヴィエント公爵、彼の国の騎士団長を務めておられるとか」


 内務大臣が、書簡を広げ、一語一句調べるようにして、報告する。


「それに、ブルーベルを所望されているが、ブルーベルは顔に傷を負っている。先方はそのことを知らないのだ。まずは手紙のやり取りをして、先方の意向を確かめなければ」


「いいえ、だからこそですわ。あのブルーベルに、縁談なんて、今後来ることがありますでしょうか? ここでこのお話をありがたく受けておくのが、ブルーベルのためでもあると思いますの」


 フィリスの言葉に、国王は妃達と顔を見合わせた。


 * * *


 アルタイスの使者を迎えた宴会は、つつがなく終了し、使者は国王から申し出受諾の書簡を預かり、急いで宮殿を出た。


 大きな馬に乗った、どこか異様だった使者が姿を消すと、国王を始め、妃達、王女達は安堵のため息をついたのだった。


「大変な騒ぎでしたわね。ようやくほっとしましたわ」


 アリステラ王妃が国王に話しかける。


「ブルーベルの縁談がまとまって、何よりでしたわ、お父様。本当に、思いがけないことでしたけれど……」


 フィリスも母に続く。


「お相手は、ヴィエント公爵でしたかしら。一度もお名前を聞いたことなどありませんけど……騎士団長だそうでしたわね?」


 一同は失笑した。


 トゥリパが笑いをこらえることなく、言った。


「国王どころか……騎士団長? 剣を振るしか能のない男なのかしら?」

「あら。公爵様よ。王弟だから、一応は王族ね。まぁ、蛮族の王族なんてね。たとえ王族でも……」


 トゥリパの言葉に、ロゼリーもうなづく。

 もう三王女達の笑いは止まらなかった。


「フィリスお姉様はもう、帝国へ行くのが決まっていてよかったですわね。なんでも、一番美しい王女をご所望だったではないですか」


「一番美しい王女を、ブルーベルと思っていたのよ?」


 フィリスが鼻白んで言った。


「わたくしの縁談が決まってなかったとしても、お断り。失礼な国だわ」


 フィリスの剣幕に続いて、「わたくしもお断り」とトゥリパが言う。

「もちろん、わたくしも」とロゼリー。


 三人の王女達は一致して、アルタイスとブルーベルを落としていく。


「どうせ蛮族よ」

「厄介払いできてちょうどいい。辺境に送って、あの顔に気がついても、今更遠路はるばる返品できないと思ってくれるわよ」


「欠陥品ね」

「より正確には……傷物、かしらね?」

「仕方ないから、メイドにでもして、こき使うのかもね」

「あら。案外お気に召して、愛人になさるかも?」


 ロゼリーが美しく微笑んだ。

 フィリスとトゥリパも見つめ合う。

 三人の王女は今は、ひとつの秘密を共有する仲間でもあるのだ。


 国王が大きなため息をついた。


 この男は、妃を何人も持っているくせに、女性が苦手だった。

 どちらが上だの、どちらが劣っているだの、何をしても、角が立つのが面倒くさい。


(私はただ、何事もなく、平穏に物事が過ぎればいいと思っているだけなのに)


 そう思って、国王は三人の妃達と、三人の娘達を見る。


「まあよい。フィリスの言う通り、結婚の可能性が無くなったブルーベルの縁談がまとまったのだ。辺境だろうが、蛮族だろうが、ありがたく送りつければよい」


 女性達の視線が、一斉に国王に向かった。


「不気味な仮面を付けているとはいえ、顔の左側から見れば、まあ見れなくもなかろう。それにブルーベルが使うのは、どうせ土魔法だ。辺境の蛮族の連中も喜ぶだろう」


「さすがでございます、陛下。陛下のご英断に、わたくし、感服いたしました」


 王妃アリステラが、ゆっくりと、国王に向かって微笑んだ。


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