第9話 王女を輸出する国

「フィリス王女殿下、よそ見をしてはいけませんよ」

「フィリス? どうかしたの?」


 色白の肌に、漆黒の長い髪。

 毛先だけ巻き、ドレスと同じ濃紺のリボンで結んでいる。

 髪と同じように艶やかな黒い瞳が、何かの注意を引いたのか、窓の外に向かっていた。


 フィリスは、ほおがふっくらとしていて、顔つきもまだ幼い。

 十歳になったばかりだった。


 そんなフィリスの様子を、魔法の教師と母であるアリステラ王妃が注意する。


「ごめんなさい、先生。ごめんなさい、お母様」


 フィリスは顔を赤らめながら、素直に謝った。


「……あれは、第三側妃ね」


 窓の外を見て、アリステラ王妃が憎々しげに吐き捨てた。

 フィリスはただ黙って、母の顔色をうかがっている。


 ドゥセテラ王国の王妃である母には、許せないことがあった。

 それが、三人の側妃の存在だった。


 母は決して、側妃の名前を呼ぶことはない。

 第一側妃、第二側妃……。

 まるでそうすることで、彼女達の人格を否定しようとするかのように。

 一人の生きた女を、記号で扱うことで、自分の心を守ろうとしているかのようだった。


 一人でも多く美しい王女を産み、外交の道具にする。

 それが、小国であるドゥセテラ王国が独立国として、生き残ってきた戦略だった。

 それはわかってはいても、若く美しい王妃である母にとって、夫である国王に他に女がいることは、我慢がならないことなのだ。


 しかも、三人の側妃は、それぞれ王女を産んだ。一年おきに、だ。一体、何の呪いなのか。

 それが、フィリスの三人の妹達だった。


 厳しい魔法の教師から個人授業を受けるフィリスの視線の先で、第三側妃と手をつないで、幸せそうに庭を歩いていく第四王女ブルーベルの姿が見えた。


 フィリスの三歳下。

 まだ子どもにしか見えないブルーベルだったが、その際立った美しさは目立っていた。


 フィリスはブルーベルの、風に揺れるまっすぐな銀色の長い髪を、紫とも青ともつかない、不思議な色の瞳を見つめる。


 小さな体には、母親の手作りと思われる、軽い白のワンピースを着て、トコトコと母に遅れまいと歩いている。

 そんなブルーベルの様子を慈しむ、優しい第三側妃の表情に、フィリスは苛立った。


「フィリス」


 厳しいアリステラ王妃の声が飛んだ。


「ごめんなさい、お母様」


フィリスは今度こそ意識を授業に集中しようと、無理やり視線を庭から外した。


「フィリス。あなたは第一王女なのです。正妃の産んだ、唯一の子ども。他の王女に負けることは許されないのよ。あなたの魔法属性は、闇。他の属性の者では使えない、高度な呪術を使えるのは、あなただけなのですよ。ちゃんと学んでちょうだい。あの第四王女の属性は土魔法。あなたとは格が違うわ。それに、第三側妃の予算を削ったから、魔法の個人教授を雇うことだってできないはず……しっかりしてちょうだい。わたくしをがっかりさせないで」


「はい、お母様」


 フィリスはそっと両手を母の前に差し出す。

 王妃は手にしていた扇を握り直すと、間髪入れずに、ぴしり! とフィリスの手を打った。


「…………っ!」


 フィリスは思わず、こぼれそうになった声を殺した。


「……あなたの闇魔法は、高く売れるわ」


 王妃は平坦な声で呟いた。


「ドゥセテラの王女はね、美しい顔と体だけが商品じゃないの。王族ならではの豊かな魔力と、高度な魔法の能力を持った、まさに高級商品なのよ」


 そう言うと、王妃は部屋を出て行った。


「さぁ、フィリス王女殿下。では、詠唱を練習しましょうか? その後は、魔法陣を使って、同じ魔法を行う練習を」


 フィリスは、母親の後ろ姿を黙って見送った。

 王妃の後ろ姿が、パタン、と音を立てて閉まったドアの向こうに消えた時、フィリスの黒い瞳からは、子どもらしい表情は消えていた。

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