第10話 第一王女フィリス・ノワール

 第一王女フィリス・ノワールは、幼い頃に闇魔法の属性があると判定され、それ以来、闇魔法の習得に励んできた。


 元々、王族の人々は魔力が高いが、長年の努力の末、フィリスは今では闇魔法において他の追随を許さない、と言われるほどの実力の持ち主に成長した。


 今、フィリスは宮殿の中央棟一階にある、広々とした自分の部屋で、明かりを付け、机に座って黙々と古い魔法書に目を通していた。


 先ほどまでは、オオカミが現れた、ということで、オオカミを探す衛兵達の動きも慌ただしく、宮殿全体がざわざわする雰囲気に包まれていた。


 真夜中になってからは、すでに騒ぎは終わったようで、しんとした静けさに包まれている。


 昼間に着ていた赤いドレスはすでに着替え、赤い刺繍の施された豪奢なナイトガウン姿である。


 フィリスは魔法書から顔を上げ、考え込むようにして、窓の外に広がる夜の闇を見つめる。


(ブルーベルを皇帝の花嫁候補から脱落させるには、具体的な理由がなければならない)


 もちろん、ブルーベルを脅して、候補を辞退させることはできる。

 しかし、問題なのは、王女の意志よりも、国王の決定の方が重い、ということだ。

 いくらブルーベルが辞退しても、国王が決定を翻さない限り、ブルーベルは帝国の皇帝の花嫁の座を得るだろう。


(一番美しい王女を、ですって?)


 フィリスは紙を手元に引き寄せると、忌々しげにペンを取って、何かを書き始めた。


 魔法は、詳細な設計図の上に成り立つ。

 目的を設定し、それを具現化するための設計図を作るのだ。


 フィリスは微笑んだ。


「やはり、この方法が一番確実だわ」


 フィリスは魔法書を閉じる。

 目を閉じて、魔法の構成をイメージしていく。


 フィリスの欲する結果。

 魔法の対象。

 自分が差し出す物。


 用意するものが、ひとつある。

 しかし、手に入れるのは難しくない。

 トゥリパが適役だろう。


 詳細をイメージして納得したフィリスは立ち上がった。


 部屋の奥に置かれた書棚を動かし、隠し部屋に入って再びドアを閉める。

 フィリスは部屋の明かりを付けた。

 首にかけている細い鎖を引き出すと、先端に下げられていた黒水晶を手にして、がらんとした床にかがみ込み、次々に図形を描いていく。


 図形を描き終わったフィリスには、次にすることははっきりしていた。

 トゥリパとロゼリーにも協力させよう。

 彼女らの魔力も使えば、より強力な呪術をかけられる。


「ブルーベル、待っていなさい。もうすぐ、お前の未来は、永遠に閉ざされることになるわ」

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