第6話 第四王女ブルーベル(2)

『ブルーベルは気難しくて、侍女は全員辞めてしまった』

『ブルーベルは美しさを鼻にかけた高慢な女で、姉達をバカにし、一言も話そうとしない』

『ブルーベルは、母が死んだことを根に持って、離宮から離れようとしない。見すぼらしい服を着ているのも、誰も自分の世話をしない、と当てつけがましく周囲を責めるためだ』


 宮殿内で盛んに交わされているブルーベルの噂を、本人は何も知らない。

 宮殿で、明らかな侮蔑を向けられ、話しかけても無視される理由を、ブルーベルは想像すらできないでいた。


「簡単なことよ」


 そう、フィリスは二人の妹達、トゥリパとロゼリーに言ったものだった。


「ブルーベルが誰かに話しかけているのを見たら、後からそっとその人のそばに行って、『大丈夫だったかしら?』と心配そうに言いなさい」


 フィリスは軽く肩をすくめる。


「若い侍女や召使い達は、ブルーベルのことは何も知らないわ。噂を真に受けて、びっくりしているの。だから、親切なふりをして話しかけなさい。そして謝るのよ。『妹が迷惑をかけて、ごめんなさいね?』って言えばいいの。簡単でしょう? そうすれば、ああ、噂は本当だったんだ、と思って、彼らはもっと、噂を信じるのよ。そしてあなたは『妹想いの優しい王女様』になるの」


 もちろん、ブルーベルは、姉がそんなことを言っているのを、全く知らないでいた。


 * * *


 白地にピンク色の小花模様が描かれた優雅なティーポットから、金色をしたお茶が、コポコポ……と揃いのティーカップに注がれる。


 宮殿の中庭を見渡す、眺めの良いサロンで、フィリス、トゥリパ、ロゼリーの三人が、少し遅い午後のお茶のテーブルを囲んでいた。


 真っ白なテーブルクロスの掛けられたテーブル。

 三人の王女の前には、それぞれ熱い紅茶が配られ、テーブルの中央には、さまざまな茶菓子が皿に載せられていた。


 ドレスの話、流行している小説や舞台の話。

 そんな会話が続いて、しばらく経った頃。


「フィリスお姉様、ロゼリー、何とかしなければならないわ」


 口火を切ったのは、第二王女、トゥリパだった。

 三人は謁見の間を辞した後、改めてフィリスの部屋に集まってきていたのだ。


「このままでは、ブルーベルが帝国の皇帝の花嫁に選ばれてしまう」


 トゥリパの青い瞳と、ロゼリーのグレーの瞳が、まっすぐにフィリスに向かう。

 フィリスはぴんと背筋を伸ばし、ほっそりとした指先でティーカップを持ち上げている。


 赤いドレスに合わせた、赤い唇が微笑みの形を作っている。

 トゥリパとロゼリーが困惑したように、一瞬、視線を交わした。


「フィリスお姉様、ブルーベルが選ばれてもいいとお考えですの?」


 いつも冷静なロゼリーにしては珍しく、その声にかすかに焦れた調子が混ざった。

 侍女が入室し、薄暗くなってきたサロンに、明かりを灯していった。そして、再び退室する。

 それを待って、ようやく視線を妹達に合わせたフィリスが言った。


「ブルーベルが選ばれるのは許せない」


 氷のように冷たい声だった。


「帝国の皇后だなんて、あの子には相応しくないわ」

「フィリスお姉様、それでは……」


 思わず声を上げたトゥリパの首元を、フィリスは見つめる。

 ティーカップをソーサーに戻した指が、す、っとトゥリパの首に掛けられている真珠のネックレスに触れた。


「これまでとは、訳が違うわよ。あの子を離宮に押し込めて満足していられた時はもうおしまい。トゥリパ、ロゼリー、あなた方には、どれだけの覚悟があるのかしら?」


 フィリスの目が細められた。

 夜の闇のように深い、フィリスの黒い瞳に、赤い光が宿る。


 フィリスの指先から静かに煙が上がり、トゥリパの掛けていた、ブルーベルの真珠のネックレスを包んでいく。


 ネックレスは、音もなく、灰になって消え去った。


「嫌がらせをしているだけでは、生ぬるいの。ブルーベルが花嫁候補から落ちるだけの、確実な理由が必要よ。トゥリパ、ロゼリー、あなた方には、それだけの覚悟が、あるのかしら……?」

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