Room3.非補完のダイアローグ

※性的な描写が含まれるので、ご注意願います。



水道橋。

新宿と東京の間に位置するこの街は学生街とも歓楽街ともとれる混沌としたエリアだ。

少し離れれば日本有数の楽器店、書店が軒を連ねている。

その反対方面には球場でコンサートが開催される。


その街は2010年代前半をピークに、人知れずチャイエスのメッカとして賑わっていた。

もちろん浜松町や御徒町が隆盛を極めていたのは間違いない。

ただでさえ日中の人口が1500万人を超える大都市。

新幹線の駅からのアクセスの良さも手伝って混沌を加速させる。


後楽園の周辺はやや特殊なゾーン。

光が当たる方はスポーツ観戦や遊園地。

僕はもちろん影の住民。


行きつけのチャイエスに新しい嬢が入ったと聞けば足繁く通うリピーター。

その年はキキという20歳過ぎくらいの女の子にハマった。

ほっそりとしたスレンダー体型に華奢な手首。

気だるそうな表情に反して生々しくて甘ったるい過剰なサービス。

初回で下まで脱がせてあとはNGなしで追加料金なし。


朝も昼も夜も営業してるお店だったから、終電を逃した深夜に駆け込んだり

早朝に目覚めのマッサージ(意味深)に通ったりしたものだ。

そのあとはすし屋とかラーメンに行くのが最高。

その日は予定が前後してラーメンの後にマッサージに入った。


幸楽ビルの8階。

エレベータは鈍く音を立ててもったいぶって扉を開く。


「いつもの子でお願い」


受付の妖怪みたいなおばちゃんにオーダーする。

ちなみに結構なナイスバディでたまに冗談で、相手して欲しいと頼むけどかわされる。

指圧で60分、5,000円を支払うと部屋へ通される。


薄暗い店内は風営法どころか消防法にもしっかり違反してそうな危なさと不衛生さを漂わせている。

埃の被った盛り塩と謎のインテリアとネオンライト。

都会のストレスで脳下垂体がイカれた僕を狂ったように惑わせてくれる。

アルコールもカフェインもニコチンもいらない。

ここのカーテンを潜ればハイになれる。


「またきたんだアリガトね〜!」


カタコトの中国訛りの日本語。僕はそいつが嫌いじゃない。

機嫌の悪さは隠さず愛想笑いもない、平板な日本語は最初は違和感がある。

でも慣れればむしろストレートに感情が現れていて好感が持てた。

昼間から照明が落ち切った部屋。暗がりの施術マットで日本人の男性と中国人の女性が一組。


ドレスをスルッと脱がすと可愛い小ぶりな乳房が露出した。

ムードも何もなく貪ることにする。

キキは恍惚の表情と吐息を隠すことなく曝け出す。

下の方に手を伸ばすと既にしっとりと濡れていたので最後の一枚も剥がすことにする。


紙パンツなんて野暮なアイテムは最初から備え付けられていない。全裸で待機。

初回で入った時は泡洗体だったはずなのにあれよあれよという間に擬似行為をしていた。


「後ろからして」と懇願されたけど「流石にやばいって」と逃げた。


今日は初めからやるつもり。

キキをマットに寝かせて、恥骨が触れ合うまで押し込む。

口に手を当てて演技っぽい喘ぎ声を抑えている。その様子に興奮して一気にボルテージが上がる。


「どこに出せばいい?」


「お腹に出して」


間一髪。というか1、2回くらい中で出たかも。

お腹というよりは秘部から太ももあたりが白く汚れた。マットのバスタオルにも飛散。

ごめん、間に合わなかったと告げる。大丈夫と慣れた手つきで片付け。

3分後にはブラウスとドレスをまた身につけて綺麗にして戻ってきた。


「時間まだあるしマッサージする?」


完璧に賢者タイムなのでお願いすると強めの指圧をしてくれる。

アラームが鳴ったタイミングで後ろから敏感な部分をサワサワしながら


「また来てね」と耳元で囁いてくれる。


また来ますとも。

受付の妖怪ママに「今日も最高でした。また来ます」と伝える。

「いつもありがとうね」と見て見ぬふりをしてくれる。

再訪確定。そんな日々を更新。



幸楽ビルに足繁く通っていると、色々な嬢に当たる。

完全にやる気のない樽みたいな巨体を揉みしだいたり、

階下の飲食店で掛け持ちしている、お姉さまをセーターの上から堪能したりしていた。


最近入ったばかりのルルは、ショートヘアで色白で活発なイマドキ女子。

19−20歳くらいだろうか。休みの日は爆買いするタイプの子。

ウェットなキスが上手くて、いつもカラダより唇を貪っていた。

マッサージ?そんなの期待しちゃダメだよ(なんの店だよ)。

ある時ルルとゴロゴロしてると、あまり話が通じないことがあった。

「LINE交換しない?」とルルに提案される。


応じると中国語↔︎日本語変換を行ってくれるトークルームに招待される。

訳語はひどいもんだけどなんとか意思疎通はできるレベル。

今度ヒマなとき店外でも会おうよ、とダメ元で聞くと「そのうちね」とイタズラっぽく返される。

またハマってしまいそうだ。


よく晴れた真夏日。

昼頃に仕事が終わって汗だくで歩いていると「洗体か銭湯でもいくかな」という思考しかできなくなる。

そんなタイミングでルルからLINE。


たまに電話したりバカみたいな話をしたり友達みたいな会話が多くて、店外に誘ってもうまくかわされていた。

送られてきた中国語が自動で翻訳される。


>今JR駅近くのビジネスホテルにいるけど会わない?505号室まできて


秒速でOKして電車に飛び乗る。銭湯なんてもうどうでもいい。

ほんとうに愚かですみませんね。男ってこんなもんです。


JR水道橋駅は閑散と混雑の差が激しい。

この日は閑散としている方だった。

交差点でビッグイシューを売っている人が立っていたので、一部購入してからホテルへ向かう。

ゆっくりできたら読もう。

ホテルのフロントに人がいたけれどキーも持たずに、エレベータホールから上階へアクセスできた。

セキュリティは問題ないのか?と思ったら部屋はカードキーがないと開かないらしい。


>ついたよ。505号室の前


LINEすると部屋の中からドアが開けられる。

ホットパンツにTシャツというラフなサマーガール・ルルが立っていた。

部屋に招き入れられるとすぐにベッドへ誘われる。

シャワー浴びたいんだけど、というと「いいから早く!」と脱がされる。


「ちゃんと買ってきた?」


近くの薬局で購入済み。サガミの0.03mm。開封して装着する。

焦らしたかったけれど、上からわかるくらいにぐっしょり濡れている。

よっぽど溜まっていたのか早くしたくて呼び出したらしい。


導かれるように奥まで。

昼間のビジネスホテルなのに大丈夫かと思うようなボリュームの嬌声。

普段どっちかといえばクールなキス魔、という印象しかなかったルルの乱れ具合に興奮してすぐに込み上げてくる。

肛門からふくらはぎ、足裏まで電流のような快感が走る。


「早すぎるって」ギャルっぽいルルに笑われる。


適当に談笑。この後は友達と銀座に買い物にいく。部屋にいてもいいよ。

シャワーを借りて仮眠することにする。

髪の毛と体を洗ってユニットバスから出るとルルはもう出かけるところだった。


「ルームキーは持ってくね」と言って出ていった。


部屋のあかりがフェードアウトする。

しまった。ドライヤー使ってない。

もう遅いので仕方なくタオルドライして窓を細く開けてベッドに横たわる。

いつまでこんなことやってるんだろうな、とひとりごちた。



目が覚めるとあたりは暗くなっていて、ルルはまだ帰っていなかった。


>ベッド借りたよ。部屋を出るね。


それだけLINEして身支度。

スマホと財布をバッグに詰めて505号室を後にする。

真っ暗なワンルームに夏の熱気がこもっていた。不用心なエントランスを通り抜けて表通りへ。

近場のスタバでアイスラテ。喉が渇いていたから生き返る。


>先帰ったんだね。今日はありがとう


ルルからLINEがきていたので、また楽しいことしようねと伝える。

店内の蛍光灯がやけに眩しい。目がチカチカして開いたビッグイシューが全然頭に入らなかった。

ルルとはその後、二度と会うことはなかった。



何年か経った今度は春と梅雨の間の中途半端な日のこと。


火のマークのアプリを出戻り3回目くらい。マッチした子と新宿での会合がバラしたあと。

やけに人の目をじっと見て話す子だったなぁと思い返しながら終電がないことに気づく。

久々に水道橋に寄るか、とお店に立ち寄った。


幸楽ビルのガタガタのエレベータで8階まで。ひさしぶり、妖怪ママ。

ルルかキキはいる?と聞いてみる。


「ルルちゃんは国に帰ったけどキキちゃんはいますよ」


じゃあ3,000円/30分の指圧で、とオーダー。

朝も昼も夜も暗い店内のカーテンを開けると骸骨みたいに痩せ細ったキキがいた。

「おいおい、大丈夫か」と聞くとずっと働き詰めで、と答えた。


代わりにマッサージしてやるから、と下心でキキの体をまさぐる。

スルスルと服を脱がすと骨ばった細すぎるカラダが出てきた。

右手の上腕筋がやけに張っているので理由を尋ねると


「いろんなお客に手でするから」とのこと。


なんの抵抗もなく全裸にされるキキ。

下半身は精気がなくなったように乾いて、胸は萎んでいた。

とても二十代半ばには見えない。

なんだか悲しくなって服を着させて横にならせる。


マッサージはもういいから仮眠してくれていい、と伝えるとキキは目を閉じる。


「お兄さん久しぶりだよね」


長くここには立ち寄らなかったからね。

終了5分前のアラームで、キキはほとんど反射的にティッシュとローションを手に取って

ハンドサービスを実施しようとしてくれた。

抜きにきたわけじゃないから大丈夫。代わりにシャワー借りられる?と聞く。

あまり長い間キキと一緒にいるとこちらの精気も枯れてしまいそうだった。


妖怪ママにまた来るよ、と伝えてエレベータを降りる。

まだ賑わいの残香が漂う水道橋界隈を横切って、数年前にルルと落ち合ったのとは別の神保町のビジネスホテルに適当にチェックインする。


一人部屋でベッドに腰掛けて物思いに耽る。

僕らは時間を切り売りして米ドル、円、元に変換する労働者階級。

吸い上げたエネルギーは蜜の味。

こぼれ落ちた僅かなスズメの涙で女の子を安く買い叩く。

朝も昼も夜もこの街に縛りつけている。


遠い国にいるルルの安寧と狭く湿った店内で働くキキの生存を祈って眠りについた。

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