手を繋ごう

※直接的な性行為に関する描写が含まれますのでご注意願います。



ある年の桜が散ったあと新緑が芽吹く前の中途半端な季節。


1年というのは振り返ってみるとあっという間で、そのあっけなさを前にひどく虚しくなることもある。

そんなことを思っていても仕方がないので、火のマークのアプリを右へ左へスワイプする。


まるで何かを求めるように。そして何かから逃げるように。


適当なメッセージをやりとりしただけですぐに会う約束を取り付けた。

同年代の女で近くに住んでいるからファミレスでもいいから会いたいとのことだ。


経験上、はっきり言ってすぐにアポれる女はやばいことが多い。

それに乗ってしまう男も別の意味でやばい。

要はやばい女や男ばかりだってこと。



今日はその女の話ではなくて、ソープ嬢の話だ。

前談のように何かの代償行為かのように新規の出会いに狂っていた時期。

新規の出会いが多いということはそれ以上に別れも多い。

ドタキャンなんて日常茶飯事。


代償行為の逃避行動という二重の執着地点に相応しい場所は、自由恋愛と名高いソープというわけ。


全く賛同できない?そうですか。

自分でもよくわからない、その思考回路。


今だったらきっと高めの寿司屋に入るか何かするんだろうな。

代償行為の逃避先はおなじ種類の欲望を重ねるほど火だるまになっていく。

それもまた面白いけど。


以前利用したことのある街で、同じ店を探したけど見当たらず

適当な店に入ってボーイに適当に早く入れる女の子をとオーダー。

本当に全てが適当すぎるんだよな。

行き当たりばったりの人生だ。今も昔も。



出てきた女の子は、まぁなんていうか普通。

少し痩せてるけど、取り立てて特徴のない顔とスタイル。

取り立てて長所があるわけでもない俺が人のこと言えないけど。


「ひめかです。よろしく」


するりと細い腕を絡めてきて、階段を上がって浴場とベッドがなぜか置いてある部屋へ。


服を脱ぐ。畳む。

シャワーを浴びる。うがいをする。

定型的なやりとりの合間に、本当にどうでもいい雑談。

けっこう盛り上がったと思うけど、どうでも良すぎて覚えていない。


「看護師を目指していて、そのための学費を稼いでいるんだ」


デジャブ。既視感というか既聴感か。

判で押したようにこの系統の職種の子が夜の職に流れ込んでくる。


「へぇそうなんだ。がんばっててすごいね」


というような意味のない文句を今日も口にする。

ベッドに移動。

お互い何も身につけていないのに、そのまま雑談。

最初にその姿を目にした瞬間からわかっていたけれど、とても抱きたい気分にはなれそうにない。


プレイの終了をつげるタイマーが鳴るまで雑談。

今日の料金って総額25,000円/60分くらいだと思う。何しにきたんだよまじで。


「あ、時間だ。ねぇお兄さんLINE交換しない?」


営業トークだろうけど、いちおうQRコードで交換する。

どうでもいいけどカメラでコード読むより、赤外線通信の方が情緒あるよな。


「ありがと!英語のべんきょうとか教えてほしい。私ちゃんとした人としか連絡交換しないんだ」


死にたくなるくらいどうでもいいな。

話の流れで英語だか米語だかについて語ったけど、観光旅行と仕事の書類くらいしか読み書きできない。

それに多分、看護で使う言葉とはまた違うと思うよ。


とか言おうと思ったけど言わずにシャワーを浴びる。

ナニも出してないし、出されてもないし、流すものなんてない。

この60分の時間はまるまる水に流してしまいたいけど。


またするりと腕をからめてきて、階段下まで見送られてバイバイ。

すぐにゴミ箱行きになる名刺をポケットにつっこんで。

最後まで手を繋がなかったな。



店を出るとLINEに通知があった。


「連絡遅くなってごめん!駅で待ってるから合流しよ!」


あぁ例のアプリの女ね。今から向かうと返信する。

それぞれの欲望と思惑が絡み合い、ソーシャルメディアを通してネットワークを形作る。

それについては別の機会に語ろう。



その会合がバラしてから、さらに通知。さっきのソープの娘。ひめか。


「今仕事終わったの。通話していい?」


暇なので応じる。

さっきの解剖室みたいな部屋で無理に引き延ばされた60分よりよほど充実した通話。

深夜2時くらいまで続いた。


女と電話するといつも思うけど、話が長い。ディティールばかりなぞる。

ぜんぜん結論に辿りつかないし、要領をえない。

それはそれで心地いい不快感だったりもするんだけど。

まぁとにかく明日(日付的には今日)江ノ島に遊びにいくことに決まった。

よっぽど血の通ったやりとりができて久々にガッツポーズ(死語)。


今のところはね。



ひめかという泡姫と出会って5時間後にLINE通話をした。

さらに5時間ほど経過した今、なぜか藤沢駅の改札口に立っていた。

夜のテンションと勢いでなぜか江ノ島に遊びにいく約束をしてしまっていた。

せっかくの休日だったけど、泡姫と即日で店外デートなんて滅多にないと思い眠い目を擦って出てきた。


「おはよう、待った?」


ひめかはお店では清楚な装いで大人ぽくまとめていたけど、

プライベートではほどほどにカジュアルなパンツとスニーカー。

トップスはファンシーすぎないけどピンク系統でデート感を演出していた。

ファッションには詳しくないけれど、それなりに気分を作ってきてくれたことは素直に嬉しい。

それを口に出しもした。


「ありがとう。じゃいこっか」


藤沢駅から江ノ島まで行くデートコースの王道といえば江ノ電だ。

全国区に有名なアニメや映画の聖地となっている江ノ電は、なんてことのない列車だけど

どこか牧歌的で青春とノスタルジアの香りを運んできてくれる。

まぁこの二人に限って、そんな春の匂いとは程遠いわけだけど。

ふつうに小田急線でいくことにする。正直いうと江ノ電はそれほど好きじゃない。

江ノ島そのものに近い片瀬江ノ島駅の方がずっといい。


駅に到着する。

駅前のハワイアンなお店や海岸沿いのパンケーキには目もくれずに橋を渡って島へ直行。

どうでも良いけどパンケーキとホットケーキってどう違うんだよ。


島に着いたらたこせんを適当につまみながら坂を登って神社へとあるく。

特殊浴場で裸でいたときよりも、何十キロか隔てて深夜通話したときよりも

なぜか全然盛り上がらないふたりだった。

こういうことってよくある。


マッチングアプリでチャットやLINE通話は盛り上がっても、

いざ会うとなったらフェードアウトしたり、デートしてもイマイチ盛り上がらず解散したりする。

それと似ている感覚だ。


やっぱ風俗で出会ったからかどうかはわからない。

そんなことを考えながら歩いているとあっという間に島の反対側へ着いた。

江ノ島は狭い。30分もあればまわれる小さい島だ。

ただの田舎の小島なのに、昔からなぜか首都圏では絶大な人気を誇るデートスポットになってる。


「なんか見るものなくなっちゃったね。島から出て戻ろうか?」


一も二もなく同意する。

歩き始める。

なんかデートっぽいことをしたかったので、出しぬけに人目に隠れてキスをした。


「急になに?」


ちょっと。いやだいぶ不機嫌そうにする。拒まれなかったけど。

不特定多数の男に股を開いて金を稼いで、その一部を学費にして。

不特定多数の男が通り過ぎていくなかで、その一人を連れ出して。

それでもキスは嫌なんだ。女心ってよくわからない。


「じゃあ手を繋ごうよ」


無言で差し出された左手を引いて、島から駅の方へとあるく。

少し冷えたその手は、自分の手よりもずっとずっと小さく感じた。



その手を引いてあるく。

欲望が苦し紛れに次の行き先を探している。


「ホテルいく?」


文脈も情緒もない提案をする。

ひめかは


「やだ。でもゆっくりしたいからウチいこうよ」


女心ってよくわからない。


片瀬江ノ島駅からまた小田急線。

そこから乗り換えて、あまり行ったことがない多分川崎市の外れあたりまで電車移動。

こんな休日も悪くない。


移動の途中、列車の中でイヤホンを半分こにして音楽を一緒に聴く。

ひめかは体をもたれかけてくれていて、まるで恋人同士。

二人の心の中に「恋」の文字なんてない。

思いやりのかけらと最低限の自尊心はあるかもしれない。

二人を繋げるひとつのイヤホンと列車の振動で伝わる体温。

それらはちょっと愛に似ていた。


「ねぇ向かいの女の人パンツ見えそう」


唐突にLINEチャット画面にそう打ち込んできたのをひめかが見せてくる。

そっと目をやると確かに目の前にめちゃくちゃ短いスカートの女性が座ってる。

でも脚の肉で秘境は視界から閉ざされていて、よほど大きく開かなければそれは拝めそうにない。

ひめかに曖昧に笑いかけて目を閉じる。昨夜はほとんど寝ていないから本当に眠い。


「ついたよ」


そう起こされるとマジで知らない街にいた。

そこからさらにタクシーで10分くらい。

一人暮らしの女の子らしいこじんまりとした瀟洒なアパートに到着。

ここが姫のお城なわけか。いや、泡姫の根城か。

1Kのすっきりとした部屋にセミダブルのベッド。


「なんかシングルじゃ寝られなくってさ」


何人かの女の部屋に遊びに行ったり、半同棲したりした経験から

ほぼ全員の口からこれを聞いている気がする。

たぶん寂しさから誰か来た時のためのスペースを確保しているんだろうなと思う。

そのパーソナルスペースに、異例の速さで潜り込もうとする。

それより先に睡魔が襲う。



目が覚めるとすっかり暗くなっていたので、泊まっていくことにする。

ソープで出会った女の部屋に、24時間後に泊まっているという世界線は実在した。


スーパーで適当に買い出し。

昔から料理は得意。ありあわせの具材と調味料でサラダうどんを作ってあげると意外と喜ばれた。

ひめかは明け方3時くらいまでオンラインゲームに興じた。

その横でNetflixで適当に映画を2本見る。これって同棲カップルの平和な日常じゃん。


「疲れたからそろそろ寝る。あした学校だし」


ちゃんと学生だったのかよ。と突っ込みつつも一緒にベッドへ潜る。

もちろん男と女の親密な行為をしようとアプローチ。

ひめかはあっさりと全て衣服を剥ぎ取られて、無抵抗のままこちらを見上げている。


「好きなようにしていいよ」


その目ははっきりとそういうけれど、見えないパンチラよりなお硬く

その秘部は閉ざされているように感じた。

すっかり萎えてしまう。


プロの口技であっという間に元気を取り戻した。

そのままベッドでイチャイチャしながら、ひめかの手の中に放精した。

店では達しなかった(というか性的な行為すらしなかった)のに

店外で性サービスを受けて果てる世界線は実在した。


お互い綺麗にして、いつの間にか眠りに落ちた。

たぶん、その手を繋ごうと手を伸ばしたまま。



翌朝は昨日の夜のことは嘘のようにもっと熱く盛り上がった。

とかいうことはなく、淡々と着替えて駅前のドトールでモーニング。


「きょう学校、がんばってね」

「ありがと。また遊びに来てよね」


昨日よりだいぶ心の距離は近づいた気がするけど、

お互いの心の中身はまったく知ることができないでいた。

どんなに恋人みたいな時間を過ごしたとしても、中身がないから全て虚しい。


ローカル駅からは無言で列車を乗り継ぐ。

空港と都心のハブのような役割を果たす京急川崎駅。

看護学校はこの近くにあるらしい。


「じゃ、ここで」

「うん、またね」


どちらがどちらのセリフを言ったのかわからないくらい感慨のないセリフ。

手を振ってバイバイ。

そういえば今日は手を繋がなかった。

そして二度と会うことはなかった。

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