二つの文字

※直接的な性行為に関する描写が含まれますのでご注意願います。



なんとなくお互いが気になり始めて、話すようになる。

意気投合して連絡先を交換して、デートの約束をする。

何度目かのデートで告白をする。それまでに手を繋いだり、キスすることもあるかもしれない。

デートを重ねてお互いの家やホテルに泊まってSEXをする。


やがて二人は別れる。お互いの幸せを願って。



多少順番が入れ替わったとしても男女の恋愛模様はおなじ繰り返しだ。

Ctrl+C and Ctrl+Vしたかのようにおんなじだ。


「愛している」と口ではいう。「今までで最高だった」と吐息混じりにささやく。

世界で一番大切だと言葉だけではいくらでも言える。


その点で風俗サービスというのはシンプルだ。

対価を支払い、刹那の関係性で男女の肉体的な快楽だけで満たす。


至ってノーマルなホームページの但し書き通り。

※女の子の嫌がる行為、本番行為、飲酒や写真撮影などは致しません。

たったそれだけなのに何故か心に残って離れなかった。



某年の真夏のこと。某所の風俗街周辺にいた。

その頃はしょっちゅう人と会っていて、旅行も多く、飲み歩くことも多かった。

通り過ぎる景色が多いと一つひとつがすぐに色褪せて霞んでゆく。


その日は確か午前中にネットで知り合った人(男)とオフ会があって、

それがバラシたあとふと


「時間あるしヘルスでも呼ぶか」


と思い至った。

サラリーマンが営業先で早く商談が終わって直帰できるときに出てくるアイデアと同じだ(?)


検索するとその辺りは各サービス・ジャンルともに充実しているエリアだった。

そこそこのランクのお店に電話すると受付の対応がとてもよく、すぐに入れるとのことでフリーで予約。


風俗サービスを利用するときの受付の対応は結構重要だ。

「声の感じがいい・会話のリズムがいい・物腰柔らかい態度」という接客の相性がいいと

不思議と現れる嬢とも馬が合うことが多い。


そのため顔の見える店舗型の待合室があるホテヘルをよく利用していた。その日は無店舗で電話受付をしたあとに外で嬢と待ち合わせしてホテルへ向かうタイプだった。




ファミマで適当に飲み物を二人分購入して、待つこと数分。

嬢が現れる。ものすごく小柄で華奢な女の子だ。

ビビちゃんといった。24歳だって。


私は背が高いので30センチ以上の差があっただろうか。

顔は童顔で気が強そうだが、背格好とのバランスでそれがとても健気で可愛らしく思えた。


「何そのバッグ重いでしょ。持つよ」


「タオルとか色々。大丈夫持てますよ」


華奢な体に背負うバッグがやけに大きすぎるように見えた。

話していると見た目通り少し幼い印象を受ける。

パネルの年齢よりもっと低く見えた。

会話が、なんというか友達の妹とかバイト先の後輩みたいな距離の詰め方だった。


それなりに丁寧でありながら気の置けない感じ。

この短時間で打ち解けていく感覚は風俗ならでは。

さながら高速の合流のような速度感だ。


200メートルほど歩く。ホテルにつく。

適当な部屋をピックアップ。料金は前金制で、利用客が支払う。


部屋に着くと慣れた様子でバスタオルを取り出してシャワーの準備をする。

シャワーを浴びる時間もプレイに含まれる。


一緒にシャワーを浴びてもいいそうなので、一緒に浴びる。

あどけない童顔と華奢な体型からやや想定外の豊満なバストとヒップだ。

くびれも美しい。幼児体型ではない女性的な曲線美だ。

ギターにレス・ポールというモデルがあるけど、あんな感じ(適当)。


体を拭いて、ベッドに移動する。

その間もずっとお互いのことをしゃべっていた。

このへんは好みが別れるかもしれない。嬢によっても、その日の気分によってもさまざまだ。人間だもの。


無言でビジネスライクなときは雲行きが怪しい。

プレイタイムになると急にスイッチがONになることもあるし、お通夜のようなムードに突入してしまうこともある。

逆に生き別れた兄妹に再会したようなテンションで、乾杯をして一緒にTVゲームでもはじめそうな雰囲気になることもある。


ビビはそれらの中間を泳ぐように進んだ。

パーソナルスペースにするりと潜り込み、付き合いたての恋人みたいに手を繋ぐ。



互いのプライバシーには触れず、お互いを知りながらシリアスになりすぎず、もっと楽しくなりたいと思わせてくれる。


声のトーンや会話のテンポや仕草、肌の触れ合った感触や表情など。

総合的に見て相性がいいという相手はそうそう巡り会えない。


なんだか勿体無い気がしながらも、プレイ時間内にできることをやる。

「攻めさせてほしい」と伝えて、手や指や舌を使って愛撫する。

ビビがぐったりしたところでくっつき合い、雑談して終了。


エレベータホールでキスをして手を振って別れる。

唇の感触が名残惜しかった。



あれから数日。写メ日記を見たり、次の出勤予定を確認したりして過ごした。

ビビは日記はあまり得意ではないらしく、

「Aホテルで遊んだお兄さんありがとう☺️」のような内容を列挙するだけだった。


数週間後また性懲りも無くコールした。

確かあれはどこか遊びに行った日の帰りだったかな。忘れた。

ファミマから道路を渡って200メートル。


その日はガーリーなピンク色の下着で揃えていた。

それがあまりに見た目通りで似合っていて、逆にらしくないように感じた。


「また指名してくれてありがとう」

「今日もまた攻めでいいかな」

「お兄さん射精しないけど高いお金払ってもらってるのにいいの?」

「なんだか勿体無いから」


一通り風俗で遊んでいる割には射精で終わったことは極端に少ない。

メンズエステならまだしもデリヘルやホテヘルでも同じ遊び方なので驚かれる。

ただ親密な触れ合いをもとめて16,000円/80分。

今日もビビを一度昇天させた。そのあと前回より少し長いまったりムードとなった。


「お兄さんは優しいね」

「ただの風俗の利用客だよ」

「下着を畳んでくれたり、ジュース買ってきてくれたり」

「接客業やってるからかな」


どうでもいい会話が時計を進める。


「さりげなくやさしくしてくれる人っていいよね」


「友達の妹とかバイトの後輩みたいに気安く笑い合える子はすてき」

「なにそれw」


輪郭をなぞって形を描く。答えを知っているから言わない。二つの文字。

口に出した瞬間にそれは壊れるから。


あとは乳首はこう吸ってくれた方が気持ちいいとか、抱いた時の顔の距離感がいいとか

Gスポットはこう触ってとか、セクシャルな話をプロ目線で率直に話してもらった。


エレベータホールでキスをして手を振って別れる。

うだるような夏の夜の風が鬱陶しかった。



思い出すのはその唇の感触とまっすぐな目。

君を16,000円/80分で買う。誰とも共有されない時空間。

どうせすぐに思い出せなくなる。思い出されることもない。どうってことない80分。


1ヶ月後の夏の終わりかけ。夕涼みの時刻にコールした。

WEB予約とかメール予約よりもけっきょく電話しておいた方が確実なんだよな。

前日までに予約してあったけどその日は夜に予定があったから、中途半端な夕飯時。


ビビとファミマで待ち合わせ。

いっしょに飲み物を買って、手を繋いで交差点を渡る。


「また指名してくれてうれしい」

「時間がたまたま合ったからね」


エレベータの中で不意にキスをした。驚いたみたいだけど受け入れてくれた。

部屋に入った瞬間に離れていた時間を取り戻すかのように絡み合った。

手や指や舌を使って一度昇天。ビビの体はまだ熱を帯びていた。


「指が太くて気持ちいい」

「きみが小柄だからじゃないかな」

「ねぇほんとはホテルに入ったら何しても自由なんだよ」

「何しても?」

「そうそう。この間なんてずっとお菓子食べてTV見てたお客さんいた」

「そんな過ごし方もありか」

「そう。恋人とおんなじ」

「恋人と同じ」


真っ黒な綺麗な瞳がじっとこちらを見ていた。

どこかの誰かが書いた素晴らしいWeb小説を思い出していた。


”肉食獣に倒された小動物がじっと次の瞬間を待っている目”


その日も規定通り一線を超えなかった。

女の子の嫌がる行為、本番行為、飲酒や写真撮影をしなかった。


ビビは単なる性サービスを行うオキニ嬢というだけではなく、ひっそりと俺の心に住み着いた。

女の子が喜ぶことは何かできただろうか。

何をすればその子は喜ぶんだろうか。抱き合っても深く繋がることはできない。

くっつきあってじゃれあったのに一緒に並んだ写真もない。


「始まりがこういう形じゃなかったら」

とか思ってしまう自分が自分で気持ち悪い。


でもまさにそれだけの理由だ。

ビビが電話予約と出勤表から現れたからという、

ただそれだけの理由で一人の女の子として見ることができなかった。


逆の立場から見れば、幾人もただ通り過ぎていく

有料で性的サービスを受けに来た一人の客に過ぎない。それだけだ。


「今日はありがとう」

「こちらこそ。でもまた指名して会いにきてくれる気がする」


エレベータホールで繋いでいた手を離して、ハイタッチした。

ビビは笑って踵を返した。

その華奢な体には大きすぎるいろいろ詰まったバッグを背負ってどこかに消えていった。


そして二度と会うことはなかった。



その後ビビはどうなったのだろう。

しばらくは出勤表にたまに顔を出していた。

やがて在籍している女の子が激減して、電話はつながらず事実上閉店となった。

空っぽのホームページが今でも残っている。


男女の逢引きを小説を綴っている有名なブロガーが


「職業に貴賤はないっていうけどそれは貴賤がある前提としての言い方だ」


と書いてあって、まさにその通りだと思う。

あらゆる出会いと別れに貴賤はなくて、男と女に定型文も方程式もない。

くっだらない現実とどうでもいい常識が上辺ばかりを撫で回す。

嘘が真になり、口約束が契約となり、誓いがいつの日か拘束になるように。


感じた一抹の痛みとか喜びとか、

それを忘れないでいられたらその人にとってそれだけがリアルだと思う。



なんとなく成り行きで電話して、ホテルの一室で時間を過ごす。

意気投合して連絡先を交換はしなくて、次に会う約束はお店を通じてする。

何度目かのプレイでも告白はしない。それまで通り手を繋いだり、キスすることもあるかもしれない。


お互いのことは実はほとんど知らない。住んでいる場所も本当の年齢も名前さえも。

その表情も声も感触もいつか思い出せなくなる。思い出してもらえてないであろうことも忘れていく。


出会ってもいない二人は別れる。

お互いの幸せを願って。

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