デーモン・タトゥの女

※直接的な性行為に関する描写が含まれますのでご注意願います。



私は汚れてしまった。

あるいは汚されてしまった。

いずれも呪詛のようについて回る感覚だ。

別に悪いことなんてしていないのに、自分の一部が修復不能になった感覚。

重い重い鎖が足首に絡みついて離れない、そんな錯覚。


ひとつの抱擁で、頭をそっと撫でられた感覚で、労いの一言で、

思いやりのある手のひらで触れられたその一瞬だけでもそんな呪いを

一瞬忘れさせてくれることが、あるいはあるのかもしれない。


何の慰めにもならないけど、そういう瞬間があると夢想してやまない。



就職したばかりの職場が、就労2日目で真っ黒だとわかりげんなりしていた。

早々に外回りという理由をこじつけながらフケようと決めた。

朝イチの時間にホテヘルをコール。

新社会人の鑑である。

2,800円/2時間くらいのナニか出そうな雰囲気のホテルへIN。

10,000円/60分でフリーのクーポンを使ったので期待はしていない。


待つこと15分で待機室からデリバリ。

パッと見明るそうな20代前半の中肉中背体型の女子。


「はじめましてきゃりーといいます。今日はよろしくお願いします」明るく染まったチョコレイト色の髪を揺らしながらきゃりーがこちらを見上げる。


ファーストインプレッション。人は見た目が9割。

最初の印象が覆ることはなかなかない。


ポップアイコンが着ていそうなゴシック調の服装、バカみたいに大きいピアス、と口ピアス。

その派手な水商売っぽい匂いとは相反する丁寧な物腰。

悪くない。

朝から仕事フケてデリバリしてるクソみたいな奴に言われる筋合いがないのは確かだけど。


「スーツなんですね。こちらには出張ですか?」

「そう。大阪から出張。午後からカンファだからそれまでに緊張ほぐそうと思って」


嘘120%の返答。信じてもらえたとは思わないけどなんでもいい。

世間話もそこそこにお互い服を脱がす。

ゴシックロリータのワンピースを脱がすとそこには…


「刺青入ってるの。大きいから隠せなくって」


あぁそうだ。コール前にWebページで刺青の有無はチェックしなかった。

今まで呼んだ女の中にも足首や手首、首筋や背中なんかにちょっとしたワンポイントが入っている女とは付き合いがあった。

ド派手な般若の面。きゃりーの両方の乳房に覆い被さる形でしっかりと掘り込まれていた。


「いいじゃんタトゥ。かっこいい!」


何の意味もない感想をこぼした。信じてもらえたとは思わないけどどうでもいい。

訳あってこういう店で働かざるを得なくなったのだろう。

きゃりーの境遇とイチモツの角度とは無関係なはずなのに、自然とちょっと萎えてしまう。


服を放る。

シャワーを浴びる。

イソジンでうがいをする。

ベッドへ移動する。


せっかくなので二人の般若が刻まれた推定Fカップで挟んでもらう。

すげえな。物理的な刺激は変わらないはずなのに、びっくりするくらい勃たない。

お互いに苦笑いしながら、攻守交代。

軽く指で愛撫して昇天。多分、いや確実に演技だったけど。

仕方ないので残り20分くらい雑談。

お互いのプライバシーには触れず、天気とか昨日食べたご飯とか本当にどうでもいい話をする。


タイマーが鳴る。

シャワーを浴びる。

服を着る。


あぁ俺の諭吉よ、、、と思いつつきゃりーを見送る。

ボロいラブホのドアを潜り抜ける前に。頭二つくらい小さいその体を抱擁。

ハグっていうより抱擁っていう言い方がぴったりくる。そういう瞬間ってあるよな。

1分くらいくっついて離れなかった。

なぜかそれが愛おしく感じて、頭をそっと撫でた。


「うれしい」


「頭撫でられることが?」


「うん。ぎゅっとされるのも。誰にもちゃんとそうされることがないから」


悲哀を感じさせない、それが当然というような笑顔できゃりーはそう言った。


「幸せになれるといいよな」

「うん、お兄さんもね」


そう言って振り返って、扉から出ていった。

もちろん、二度と会うことはなかった。



あなたを汚してしまった。

人と人の枠組みを超えたシステムを介して。


あくまでフィクションだけど男と女という一対の人間がいて、

刹那のやり取りが小さなドラマを生む。

ハッピーなエンドを迎えることはなくても、本質的にはそこには一対の同調して引き合ったふたりの人間がいたという事実があるだけだ。

いいも悪いもクソもないけど、そこに意味を見出してしまう。


それが遠く隔てられていると感じる度合いに合わせて、できれば幸せであってほしいと願ってしまう。

いかにも都合のいい話だ。

自分が直接関わることがないから「どうでもいい」とか「幸せを願う」とかいかようにでも言えてしまう。

面と向かっているときには気の利いたことなんてそうそう言えやしないのに。


だからあくまで贖罪と懺悔を重ねながら、その先で出会う人や物や出来事に相応しい自分でいようとしてみている。

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