第9話『ウェルカム・トゥー・マイ・テリトリー』

この寂しい墓の街にも、じきに夏が訪れる。「氷の女王」とでも呼びたくなるような冷えたブルーの印象とは裏腹に、姉はその季節を愛していた。彼女の憧れは、南国の海の碧(あお)にある。幼い時にみた絵本の中の人魚のように、美しいひれをもつ自分が、色鮮やかな魚たちと共に光に透ける海を泳いだのを、何度も夢にみたのだと彼女は語るのだ。


まあ、つまり――オレの姉、レファは――待ち望んだこの日、ノリにノっているってこと。


「Order! キリング・イン・ザ・サマー!」


白い太陽の輝く爽やかな青空、真昼の街中に撃ち上がる空砲と共に響いたのは、彼女の「パーティーコール」のタイトル。「パーティーコール」とは、簡単に言えば多人数戦用のスイープ方法だ。


来る安息への扉まで相手の隅々に寄り添い囁くのがキリングコール、ならばゴーストたちをこちらのペース――自分のナワバリに大勢引き込み、スターのように魅了してみせるのが――オレたちスイーパーのとっておきのスキル、パーティーコールなんだ。


「聴こえるかしらMy dear,あたし以外をみつめるなんて許さないから。――撃ち抜いたさなかに海辺で寄り添いあうのを夢に見てよ、さざめく波を彼方に聴いてあたしが恋しいって言ってよ」


銃口から放つメッセージ。姉を取り巻く何体ものゴーストたちが、甲高い声をあげて消えていく。恋する断末魔。オレは思わずそんなふうにとらえた、甘くてクレイジーな叫び声。彼女に夢中なまま逝けるっていうなら、それは多分ハッピーな最期だ。事の済んだ舞台で満足気に口笛をひとつ吹いた彼女へ、オレは賛辞を贈る。


「腕を上げたね、姉さん」


「ええ。貴方がカレに夢中な間にね」


カレって?とオレが察せずにいると、「白百合のカレ」と姉はからかい気味に笑んで付け足した。なんと返すべきか咄嗟に浮かばず、オレはああ……、といった微妙な反応を漏らす。その間を、いやに明朗な声が遮った。姉と共にそちらへ目線をやれば、挑発的にきらめく黄金色の瞳と髪。一言で言えば、”キツネっぽい感じの美形”、かな?……黒いスーツを身にまとう、同業者の姿があった。


「荒稼ぎしてるね、スイープツインズ」


「どうも。デートのお誘いなら断るわ、ブラックスワン」


「手厳しいねブルーテール。君を退屈させない自信があるのに」


「ふうん。どうせ、決まり文句ね。……他のご用件は?」


なんの感慨もなさそうに口説き文句を一蹴されたブラックスワンは、わざとらしく残念そうなジェスチャーを挟む。そうして腕を組み首をかしげると、彼は芝居のように片眉をくい、と上げて問いかけてきた。


「用件というほどじゃないが、少し気になってね。何故、今になってAクラスを目指すなんて言い出したんだい?」


「あら。その件ならこちらにどうぞ?」


「なんだ、言い出したのは君か。シザーハンズ」


興が醒めたのがありありと分かる声色だ。あのさ、それにしたってもうちょっと隠せよ。心中でぼやきながら、あー、まあ……、だとか適当な返事をして、オレは場をやり過ごそうとする。なんでオレの方が気まずくなんなきゃいけないんだ?……、しかし。会話を切るにも不自然に思えてきてしまったので、仕方なく言葉を足した。


「そうだけど……。随分と残念そうなのは、なにか不都合でも?」


「いや?ブルーテールのためならAクラスのバッヂを資産で買い取るぐらいのことはしてやったんだがな」


「はあ……」


「ま、そういうことならこの話はナシだ。喜び勇んで君に貢ぐような真似はしない」


「左様で……」


つまりレファには喜び勇んで貢ぐってことか?……どうかしてるな。冗談であってほしいものだと願いながら(……あれ?もしかしてヒトのこと言えない?、と”あの子”のことを思い出したのはナイショね)、オレは続けて返す。


「どのみち、そんな怪しい取引はごめんだぜ。後が怖そうだからな」


「賢明な判断だと言っておくか?――けれどシザーハンズ。君が言い出したのなら、姉上に頼りきりというのも、どうも格好がつかないんじゃあないのか」


「それは……まあ……、ハイ……」


オレたち双子のようにチームを組み登録していれば、活躍に応じて、仲間にもスコアのボーナスが入る。今回とある理由によりAクラスを目指すことになったと相談すると、姉はすんなりと協力に応じてくれた。「だってあたしたち、唯一の肉親同士でしょう?」そういうとき、きょうだいとしての特別な繋がりってのを感じたりはするけど、だったら普段からもうちょっと優しくしてくれてもイイんじゃないかとは、正直思っている。


……オレの腑抜けた返事を受けたブラックスワンは鼻で笑うと、(マジでいちいち腹立つよなコイツ、)「グッドラック、スイープツインズ」と言い残し、ひらりと手を振ってその場を去っていった。姉の方をみやれば、彼女は肩をすくめる。呆れた。変わらないのね、彼って。


「スイーパーになる権利も"買った"って噂もあるけど、本当かな?」


「そんなことができるのかしら?だったら、あり得ないこと――、二つ名がブラックスワンなんていうのも、納得だけど」


「まあね。やっぱり、アイツはなんか『クロ』いぜ」


今は静けさを取り戻した、遺影のように陰鬱な街。ただ、空の色だけが鮮やかに目に映るのを、警告のように感じていた。過ごしてきた日常はどうやら、この先そんなに長くは続かない。オレは考えている。がらがらと崩れていく足場の上で、本当に、救いたいものへ臆さずに手を伸ばし続けることができるのか、……否かを。


◆◆◆


「ところでマイ・マジェスティ。オークションへの招待の条件に、Aクラスのバッヂを掲げたのはどうして?」


ゲイルは丁寧な手つきでコーヒーを淹れながら、問いかける。ビビッドなピンクとライトブルーの髪を斜めに分け、色眼鏡をかけた派手な見た目に、彼の細い体躯にフィットした、スマートなシャツとタイ。少なくとも彼は「一般社会」に生きる者でないのでは?と、疑うような印象があった。


「あら、答えは簡単よ。"ようやく一人前"のしがないCクラスのスイーパーじゃ、商材にならないわ!」


高らかな声で答えた女――ノーラは、ホワイトのフレンチネイルで唇を軽くなぞり、切れ長の目を愉快げにゆがめる。その顔のつくりや表情はゲイルとよく似ていた。けれど彼女の微笑みは、より欲深く邪悪にうつる。彼女は、ゲイルの姉だった。前下がりのボブヘアーはブラウンとゴールド、弟と揃いのバイカラーだ。


「とにかく、ヒーローが必要なの。私たちヴィランを引き立てるためのヒーローがね。彼には目立ってもらう必要があるのよ。――それにね?"自分から首を突っ込んでいる自覚"って大事なの。いざというときのセリフが違うもの」


すべては最大限、彼を利用するための手立てってこと。コーヒーの入ったマグを受け取り、軽く礼を挟むと、ノーラは"すべてが順調である”といったような調子で続ける。


「ゴーストの存在をめぐって、多額の金銭が動いている。価値のある土壌だと思わない?私はそれを"市場"として見てるの。スイーパーが独占している今の状況に介入できれば、大きな利益を生める。彼にとっては親友の運命を左右する一世一代のドラマだけど、私たちにとっては格好の"ビジネス!”だってこと!」


彼らは、件のマジックショーのスポンサーだ。……とはいえ、あのショーにおいて彼らの持つ決定権について考えれば、「運営会社」と表しても、そう間違いはないだろう。ノーラは社長、ゲイルはその補佐役。特等席の赤いソファに座り、黒いタイトスカートからのぞく脚を組みながら実に機嫌よく語るノーラを眺めて、ゲイルはつくづく「天職」だ、と感心していた。人を貶め、その不幸を喰いものにしてなお優雅に微笑む彼女に、”ヴィラン”はこれ以上ない程似合いの役どころだと、思わずにはいられないのだ。


「このプランが成功すれば、私たちはこの街を支配できるわ。みんな目を覚ますのよ。いつまでもミス・エヴァー(ママ)に甘えていちゃだめ、って。ハンドルは明け渡される。この街を"コントロール!"するわ、私たちがね」


ショーによって住民を扇動し、スイーパーの立場を危うくさせ、全く新たな「救世主」としてこの街を支配し、多額の利益を得る――まだ見えていない詳細はあるにしろ、ノーラの言う「プラン」について簡単にまとめればそうなる。彼女はコーヒーを一口、ソファにゆったりと背を預け、瞼を下し歌うように言葉をつなぐ。どのみち彼は諦めないわ、愚かな子は信じているの。自分が貴方の運命だって――ねえ、リリィ?


ノーラが呼びかけた先に、白百合の君が佇む。彼は微笑み、ノーラの足元へ柔らかな動作で跪いた。そしてその手を取り、口づける。まるで心からの忠誠を望んでいるように。


「僕は期待していない。でも、貴女が地獄に堕ちればいいと、今も本気で願っている」


立ち上がろうとするリリィが、ソファへついた手に体重を預けながらノーラの耳元へ囁く。彼にとって崇高ですらあった、恋人と妹の存在。それらを、いわば冒涜した自身らに向けて、忠誠という檻の中、激しく燃え続けているであろう復讐心に対し、ノーラは愉悦に満ち足りた様子でくつくつと笑ってみせた。


「あら残念。貴方の願いは叶わないわ。だって、」


――地獄の主は、私だもの。


彼女が艶やかに微笑みそう言うのを、見れば誰もが思ったろう。

ああ、違いない。――逃げられぬ此処は、悪魔の城だ。

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