第3話『神様の代理人』

この街の住人にとって、命と等価のものである"名前"。それらを管理する立場にある彼らは、「神様の代理人」と呼ばれている。


住人たちが"母"と慕う「ミス・エヴァー」が住まう家の近辺、いわゆる街役場のようなものが集まる通りを歩き、パンプキン・オレンジの漆喰が塗られた、少々こじんまりとした家の前に立つと、ちりん、とドアについたベルを鳴らす。……すると、ドアのちょうど目線の位置にあたる部分の窓がスライドし、暗い赤色の瞳がこちらを覗いた。


「ネームメーカーの家へようこそ。コールネームのあと、ご用件をどうぞ」


「ピピリだ。増えすぎた名前の整理に来たよ」


その返答を受け取ると、問いかけの主は窓を一度閉めてから、ドアを開けてオレを家の中へ招き入れる。彼こそが、この街で「神様の代理人」と呼ばれる兄弟のその兄、ネームメーカーのアンリ。真ん中で分けた、肩に触れる程度の紫がかった青髪、閉じた片目には傷がある、痩せ気味の青年だ。……彼がオレに対して行った問いかけは、この街にとってとても重要な意味を持つ。


というのも、だ。住人たちに危険を及ぼす「ゴースト」たちは、みなそろって"名前"を持たない。つまり、"名前"を聞く、ということが、ゴーストの危険から逃れるための方法、ゴーストと人を見分けるための手段なのだ。オレ達スイーパーが見れば、うっすらと透けたように見えるゴーストたちも、そうでない者には普通の人間となんら変わりなく見えることが多く、もっと言えばオレ達スイーパーですら、ただ見ただけでは見破れない場合だってある。


そしてそのゴーストたちは、名前を聞かれても答えられず、名前を失ったがゆえに人々に忘れ去られ、けれど再び人々とのつながりを得ようと、飢えたように名前を欲し、人々を襲っては名前を"食べてしまう"。もちろん名前を食べたところで、「ゴースト」が元のように生き返るわけでもなく、名前を食べられた人間は同じように、街を彷徨う思い出の抜け殻──「ゴースト」に成り果ててしまう。その負の連鎖を止めるために、オレたちスイーパーがいて……、つまり、名前が命と等価であるということは、そういうことだ。この街で名前を失う事──、人々に忘れ去られてしまうこと──、それらは、「死」と同義なのだ。


「名前を憶えてもらう事」「名前を知られること」はゴーストにならないために重要なことではあるが、それは同じくらい、名前を狙うゴーストたちに襲われる危険に晒されることでもある。その対策として、この街の住人は(基本的には)二つの名前を持つ。"コールネーム"というのは、この街で暮らすうえでの呼び名、いわば普段使いの"名前"だ。そして、"バースネーム"。こちらは滅多なことでは他者に教えてはいけない、命そのもの、"本当の名前"。

コールネームで呼び、呼ばれることで、オレたちは互いの存在を憶えようとする。バースネームは呼ばず、隠すことで、オレたちは互いの命を守ろうとする。……"思い出に連れていかれないように"と、確かだと言える『現在(いま)』を繋ぎあって、この街の人々は生きている。


さて、オレは「増えすぎた名前の整理」と彼に伝えたが、オレたちスイーパーは、これらに加えて更なる"名前"をいくつか持つことになっている。ゴーストがもたらす危険と距離が近いオレたちには、"名前"はそれだけじゃ足りないってコトだ。


「増えすぎた名前……か。といっても、ピピリ。君の二つ名は"シザーハンズ"、それにお姉さんと合わせて"スイープツインズ"。それ以外に増えた記録はないけどね。最近スコアが振るっていないのかな?」


「やめろよネームメーカー、心に刺さるから」


「あはは、それに比べてあだ名はどっと増えたね、これのことか。悪名だけは評判ってとこみたいだ」


「あー、ホント。そりゃドーモ、って感じ」


「二つ名」というのは……、スイーパーとしての通り名であり、仕事用の名前だ。スイーパーに選ばれた15歳の誕生日、それを知らせる一通の手紙に記された、我らが"母"であるミス・エヴァーから与えられた名前。スイーパー同士であれば、危険を避けるために大抵はこの二つ名を名乗り、それを呼び合う。そして、ゴーストをスイープした記録を「スコア」と呼び、その成績への報酬として新たな二つ名を与えられる場合がある。汚れ役のオレたちにこんな言葉を使うのも可笑しな話だが、二つ名は、スイーパーに与えられる、ある意味での名誉の証だ。


また週ごとに「スコアランク」という各スイーパーのスコアのランキングが発表され、スコアの累計によって、E(ずぶの素人)からS(大スター!)までの、スイーパーとしてどの程度の腕前を持つかを示す「クラス」が与えられている。"シザーハンズ"と呼ばれるオレと、"ブルーテール"と呼ばれる姉のレファは揃ってCクラス……、まあ、ようやく一人前というところだろうか。近況としてはアンリの言った通りで、スコアランクでも中の下の順位がほとんど、と……、あまり成績は振るっていない。


「"真っ赤なサソリ、"母親殺し"、"金の亡者"、"いい子ちゃん"……、それに"臆病者"、か」


「それが気に食わない」


「"臆病者"、かな?」


「呼ばれる理由は予想がつく。だから余計に気に食わない」


「なるほどねぇ……」


先ほど彼に用件で伝えた通り、オレが此処へ来たのは"あだ名"の整理のためだ。あだ名というのはその意味の通り、自分が持つ名前以外に、街の住人たちから呼ばれることで増えていく名前だ。増えれば増えるほど、この街での名前の役割である"繋がり"が多くなるわけで、これといったデメリットは特にない。……が、オレはその"臆病者"というあだ名に関しては、どうしても呼ばれたくない理由があった。その内容は伏せるが、──ソレに見当がつくからこそ、どうしても認めたくない、というものだ。


「残念だけど、このあだ名は消せないよ。……君も知っているだろう?呼ばれる本人にとって"強い意味"を持つ名前や、呼ぶ人々が強い感情をもって呼んでいる名前の場合は、おれたちネームメーカーでも手出しがしづらい。本人や呼ぶ人々、その名前に関係する人間に影響を与えてしまうからね」


「あっそ……。ならいいや、別に」


「あはは、意外とあっさりだね」


ネームメーカーは兄であるアンリが「ライター(Writer)」、弟のノアが「イレーサー(Eraser)」の役割を持ち、それらの能力を用いて、名前を増やしたり、消したりといった管理の全般を行っている。この街では名前は命と等価といったとおりで、いわば彼らは「医者」のようなものでもあるのだ。……どんな理由があっても、そんな立場にあって、街の住人たちの安全を請け負っている彼の言葉に頷かないわけにはいかない。しかし、あまりいい気分はしないので、まあね、とだけ返事をして、オレはさっさとこの話題を終わらせた。そして、この家を訪れたもう一つの理由──つまりは、本題についてアンリに切り出す。


「んで、本題なんだけどさ。……名前を"盗む"ゴーストについて、なんか知らない?」


「……、"盗む"? 食べる、じゃなくて?」


アンリは、オレの言葉にきょとんと眼を丸くした様子で聞き返す。……その噂を聞いたのは、街をふらついている時だ。街の要人や、金持ちの奴らを集めて開かれる『ダンスパーティー』、そこに招待された幾人かについて、とある"違和感"を感じることがある、という話。


「イメージチェンジ、と言えばそうかもしれないが、印象が変わったような気がする、ってさ。とは言っても、それはあくまで"違和感"ぐらいにしか感じられない、確証が得られない。しかし、その人ではないような、変わってしまったような、そんな気がする。……住人たちには、その程度のことしかわからないらしくてね」


「名前を"盗んで"……、盗んだ名前の人間に"成り替わる"ゴースト、……ってこと?」


名前は命と等価のもの、この街で生きるための「存在証明」。名前を盗んで、その相手に成り替わる、それが可能だとすれば、噂に聞いた"違和感"にも説明がつく。今の段階では推論に過ぎないが、……調査をしてみる意味はありそうだ、とオレはアンリに告げた。


「へぇ、そう言う事なんだね。それで君は……、そうか。あのリリィのショーのトリックに通じるものがないかと探っているわけだ」


「イエス、オフコース。それで、キミに協力してほしいってワケ」


そう言う事なら承ったよ、とアンリは返事を返すと、手元のファイルを開き、白紙の「住民票」を取り出す。そこへさらさらと事項を記入して写しをとると、ハンコを一つ押し、それをオレに差し出した。


「架空の住人として登録しておいたよ。この名前を使えば、お役人達にも顔が通るし、招待状を手に入れるのもいくらか容易になる。スイーパーと知られずに潜入して調査することができると思うよ」


「流石はネームメーカー。助かったよ、ありがと」


オレは礼をしたあと、「住民票」の代金を彼に支払う。一応言っておくけれど、こんなことができるのは相応の金額を支払えることと、スイーパーとしての信用があるからであって、さすがに金も信用もない一般人に架空の住民票なんてものを渡すほど、彼らの審査もガバガバじゃあない。代わりにそれが可能であるオレたちは、この街の人間を守るという責務を真摯に果たすべきだとオレは思っている。……多分、それが"いい子ちゃん"なんてあだ名がつく所以なんだろうけど。


「確かに受け取ったよ。それじゃあ、気を付けて。また何か協力できることがあればいつでも応じるよ」


「オーケー、この件については解決するまで内密にお願いネ」


「おっと。もちろんそうするつもりさ」


「世話になるぜ。それじゃ、また」


手を軽く振って別れを告げると、アンリはにこやかな表情でオレを見送った。オレはネームメーカーの家を後にし、自分の事務所へ向かう。うまくアタリが引けるといいけど……、ショーのことだけじゃない。オレがずっと確かめたいこと、──"あの子"についての手がかりにも、なるかもしれない。いや、……なってほしい。もはや、藁にも縋る思いだ。


「名前を盗むゴースト」が潜むであろうダンスパーティー。まずはその招待状の入手、新品のドレススーツの用意に、ダンスのステップのおさらい……、


──準備することは山積みだ。オレはそれらを一通り頭の中で並べながら、帰路を急いでいた。

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