14、
今日は祝日なので授業もお休み。
私はグナーと一緒に帝都の商業区を歩いていた。
舞踏会の話を聞いた数日後、ドレスの件をグナーに相談したら「旦那様に仕立てていただきましょう」と即座に返答された。
「旦那様はフリッカ様のためなら喜んで応じてくださるはずです」
「それが分かっているから嫌なのよ。ドレスってすごく高いでしょ……。公爵邸に行く際に着るドレスなんて、下手すれば家一軒建つんじゃないかしら」
「では、休みの日に帝都の服飾店に行ってみませんか。ドレス布地や装飾品がどの程度の値段なのか見にいきましょう」
グナーの提案に私も頷いた。
やってきたのは、通称“服飾通り”。
街路に面する店は全てが服飾関係の店だ。服の仕立て屋、アクセサリーの店、諸外国のさまざまな布地を扱う店。
目を楽しませる彩りと華やかな雰囲気はそこにいるだけで私を明るい気分にさせた。
「わっ……かわいい。いろいろなデザインの布があるのね」
仕立て屋の棚には、見たこともない刺繍のレースや柔らかく波打つ白色の布地などが並んでいる。
こういうもので仕立てたドレスは素敵だと思うけれど……すごく高そう。
仕立て職人が作業しているテーブルの横に、木製人形に着せられたドレスが飾ってあった。
胸元が大きく開き、くるぶしまで届く長い丈のそのドレスは淡い水色。パニエによってふわりと広がった裾にはスカラップレースが施されていて清い色気を感じさせる。
花柄の刺繍と金銀の装飾が至るところに散りばめられていて、ドレスそのものが宝石箱のようだった。
「素敵ね」
思わず呟く。
自分だって小さい頃はお姫様やドレスに憧れていた。
前世でもお金のない家に生まれて――今の比ではないほどに貧乏だった――かわいい洋服もほとんど買えなかったから、せめて結婚式では綺麗なドレスを着たいと思っていた。
でも全然モテなかったし殺されてしまったしで、それは叶わぬ夢となってしまったけど。
「これをお嬢様が着たら、きっとお似合いになると思います。お嬢様は妖精のように可愛いお顔をしてますから」
グナーが顔を赤くしてさまざまな角度からドレスを眺めている。
褒められるのは嬉しいけどちょっと恥ずかしい。
「そ、そうかな」
「ええ。そうです。お嬢様に悪い虫がつかぬよう大切に育ててきた旦那様のお気持ちも痛いほどに分かりますわ」
そんなにかわいいか……?
じゃあなんで男が言い寄ってこなかったのだろう。
私の考えていることが伝わったのか、グナーはなんとも言えない表情で答えた。
「領地でのフリッカ様は少々やんちゃでしたから。知識のない方を言い負かし、怒鳴って拳までお見舞いすれば男性のほうからは近寄ろうとはしません」
そう、ね。
そうね。
もうちょっと意気地のある男がいればよかったのに。
「あの、店主様。こちらのドレスはおいくらですか」
グナーが聞くと、店主が面倒くさそうに手を振る。
「あんた平民だろ? これは貴族用のドレスだから売れないよ」
「この方は子爵家のご令嬢です」
「え、そうなの? そいつは失礼。徒歩で来る貴族なんて初めて見たな」
店主はようやく手を止めてこちらを見た。
「とは言ってもこれは既製品だからなあ。ドレスは布地や装飾を選んでもらってから仕立てるのが普通なんでね。支払いも小切手だし……まあコイン換算なら金貨350枚ってところかな」
「金貨350枚!?」
予想していたとはいえ高い。高すぎる。
帝都の高台に上質な一軒家、建つ。
「お嬢さん、ドレスじゃなくてワンピースはどうです? 昨日仕入れたこの布を使えば、ドレスにも負けない綺麗な召し物になりますよ。もちろん値段はぐっと下がって金貨10枚」
店主の出してきた布も素敵なものだったけど、さすがにワンピースで公爵邸に行くわけにはいかない。
目の前にとんでもない値段を突きつけられたせいか、思ったより気落ちしている自分がいた。
グナーもさすがに言葉を失っている。
田舎者は流行最先端のドレスの値段も分からないってわけね。
世知辛い。
見るからに気落ちしている主従を憐れんだ店主が、眉を下げつつ街路の先を指差した。
「ここを行けば、もう少し安く布地を売っている店があるけどね……」
けれど店主はさらに言葉を継ぐのを躊躇っているようだった。
「奥に行けば行くほど治安が悪くなる。帝都のスラムに女性だけで行くのはおすすめしないよ」
◇
城壁の方向へと街区をまたぐと、ガラリと雰囲気が変わる。路地は全体的に薄暗かった。
服飾の店が並んでいるのは同じだが、老朽化した建物が多い。素材の問題なのか壁が崩れている店もある。店と店の間隔は不均一で、品物が雑多に並んでいた。
気にせず前に進む私に、壁際に座り込む人々がちらちらと視線を寄越してくる。
「……お嬢様。やはり引き返したほうがいいのではありませんか?」
「グナーが一緒にいるから大丈夫よ。それにほら見て、さっきよりずっと安いわ。これなら私の所持金で買えるかもしれない」
このときの私の頭の中は「安いドレスを買うこと」でいっぱいだった。
ようするに油断していたのだ。
熱心に布を見ていた私の後ろで人がぶつかる音がした。
え? と思って振り返ったときにはグナーが駆け出していた。
「待ちなさい!」と鋭く一喝するグナー。
その先に知らない男が走っているのが見える。
財布泥棒だわ、と一瞬でピンと来た。
「グナーに加勢しなきゃ……!」
布を置いて侍女の後を追いかけようとした私の腕を掴んだのは、痩せた手だった。
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