11、

 入学初日に生徒を殴ってしまったものだから、遠くから猛獣を見るような世知辛い視線に囲まれて学校生活がスタートした。

 ただ、遠巻きにされたことで以後は大きな衝突も起こらなかった。結果良ければ全て良し。


 寄宿学校の勉強は退屈なものがほとんどだったが「戦略・戦術」や「狩技」の授業は楽しかった。


 特に「戦略・戦術」が良い。

 集団戦術に特化したバナヘイムと、騎士一人一人の力を生かそうとする帝国の戦術は全く違うので、比較すると新たな発見があった。



 一方で私を悩ませた科目。

 それは閨房けいぼう学。つまりは男女の営みの授業である。


「うっひ……」


 教科書をめくると生々しい挿絵と説明が視界に飛び込んできた。


「貴族にとって血筋を絶やさないことが最重要と言っても過言ではありません。夫を支えるのも女性の大切な役目ですが、何よりも子を成すことが求められます」


 うう……顔が熱い。

 正直、こういうのは慣れてない。

 

 教室を眺めてみると、みんな真剣に聞いていた。

 ここで授業を受けている生徒たちは爵位の高い貴族と結婚するためにここにいるんだから、そりゃあ真剣にもなるわよね。


 ………世継ぎ、か。

 貴族の頂点である皇帝にとっても大切な仕事になるんでしょうね。


 彼はどんな女性と結婚するんだろう。

 馬鹿が嫌いだから、彼が満足しそうな女性はそうそういないと思うけど……。


 でも、皇帝はこの国のトップなんだからどんな女性でも選び放題なわけで、すっごく綺麗な人やその……閨房のあれそれが上手な人ならいいと思うのかもしれない。


「なんだろう。なんかすごくイラっとする」


 別に今の彼を縛り付けるつもりはない。すでに決まった相手がいるならその人と幸せになってくれればいいと思っている。思って……いる。


 ただ、論文出版だけは手伝ってもらわないと困るけど。


 ……………。


 もし私があの日殺されなかったら、夜に彼とデートして、それで。


「キス、とか?」


 も、もう婚約だってしてるわけだから、その後、彼のへ……


「うっうわわわわわわわわ」


 脳が熱くなりすぎて私は机に突っ伏した。

 無理無理無理。

 私みたいな純情な女の子がこんなやらしいこと考えるなんて無理に決まってる。


 などともやもやしている間に、閨房学の先生がとんでもないことを口にした。


「閨房でのふるまいをしっかりと身に着けた淑女は、殿方からの寵愛を受けることができます。今度の公爵邸で行われる舞踏会では多くの殿方が訪れるそうですから、それまでにしっかりと学んでおきましょう」


 ―――おん?

 舞踏会?

 初耳なんですけどそれは何!?


 授業を終えて教室を出ると、校長先生が鼻歌まじりに庭の花に水をあげていた。


 即座に突撃して舞踏会のことを聞くと、


 「そういえばフリッカさんには伝えるのを忘れていたわね」と早々に真相を明らかにされた。


 忘れないでよ。



「三カ月後にテューリンゲン公爵邸で舞踏会が開かれるんですよ。公爵はこの学校にも寄付をしてくださっていて、生徒の実地授業も兼ねて舞踏会にお招き頂いているの」


 おいおいおいおい、それは結構大事な話じゃない?


 話しているうちに楽しくなったらしく、校長先生はステップを踏みながら舞踏会の様子を説明し始めた。


「公爵様や大公様といった高貴な方もいらっしゃいますし、将来の旦那様に会える舞踏会としてみなさんとっても楽しみにしてくれているんです」

「へえ、そうなんですね」

「テューリンゲン公爵邸には帝国一と呼ばれる薔薇の庭園があってとても見事なんです! フリッカさんもきっと感動しますよ」

「わー楽しみ」

「それに、もしかしたら皇帝にもお目通りが叶うかもしれません」

「ふーん陛下が…………………えっ!!!!!」


 ほんわか校長がほんわかしながらさらに衝撃的な情報を提供してきた。


 ゲオルグが舞踏会に来るの!?


「先帝は毎年いらっしゃってましたが、今上帝はあまりお顔を出さないそうなのでまだお目にかかったことがありません。でも、もしかしたら今年は来てくれるんじゃないかって楽しみにしています」


 ゲオルグは自分に益があるかどうかで取捨選択するタイプだから、歌や踊りに興味を示すことはなさそうだ。

 でも、有力貴族との付き合いは皇帝である彼にとっても無価値とは言えない。


 よーし、一縷いちるの望みにかけようぞ。


「それぞれのご実家で薔薇園に映えるドレスを仕立ててこられるので、みなさんの素敵なドレス姿を見るとつくづく教師をやっていてよかったと……」

「へえへえ……ん、ドレス? 仕立てる?」


 やっかいな言葉を聞いた。


「……もしかしてドレスって自分で用意するんですか?」

「ええ。当初は学校で用意していたんですけど、みなさんがご自身で用意したいと言うので近年はそうしてもらっています」


 私はその場に崩れ落ちた。


「フリッカさん? 大丈夫ですか」と校長ののほほん声が聞こえてくるが無視する。


 みなさんのご家庭はドレス一着仕立てるくらい造作もないんでしょうけど!

 うちは弱小子爵家なんです!


 公爵邸で着ても恥ずかしくないドレスって一体いくらかかるんだろう。

 寄宿学校への入学費用も出してもらった手前、両親にもドレスを仕立ててほしいなんて言えない。


 まさかこんなかたちで試練が訪れるとは思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る