4、

「フリッカ、どうしたんだい? 顔色が悪いよ」


 ハッと顔を上げれば、現世のパパが心配そうに顔を寄せてきた。


「大丈夫よ。いろいろ見て回ったから疲れちゃったのかも」


 いろいろと考え事をしていたら、今のパパに気を遣わせてしまった。


 私の返事に安心したのか、パパは「そうか」と言って背もたれに寄りかかる。でも、まさにそのパパ自身が浮かない顔をしている。


「パパも疲れたの?」

「うん? ああ、ちょっと嫌な噂を聞いてね」


 なんだか気になる。

 ぱっちりした可愛らしい瞳をパパに向けて、言外にアピールする。「お前には言ってもまだ分からないと思うが」と苦笑した。


「内乱が起きるかもしれないんだ」


 パパはとんでもないことを口にした。

 帝政国家で内乱なんて国が転覆するかもしれない。


 そういう話題は大好物なので詳しく聞き出したいところだが、体裁を忘れてはいけない。


「ないらんってなーに?」

「うーん……偉い人たちが喧嘩するかもしれないね」


 ほーん?


 次代の皇帝の座を狙う派閥間抗争かしら。

 帝国貴族は歴史的にも権力や富を巡って仲違いを繰り返してきたから、派閥同士の争いは珍しくはない。


 確か、ミドガルズの現皇帝は10代目。

 先代くらいから帝国の軍事力が衰えてきていて、隣接地に新しい国家が建国されたり、その隣の他民族国家が領土拡大を狙っていたりするという話だった。


 いずれも帝国の力が強かった時代には到底起こり得なかったことだわ。


「そうなんだ。こわいね」


 私はそれっぽい相づちを打って再び考え込んだ。




 自宅に戻ると、フェンサリル邸の前に立派な馬車が停まっているのが見えた。


「何だ? 今日は来客があるとは聞いていないが……」


 パパの声が上擦うわずっている。無理もない。馬車はパパの持つものよりもずっと豪奢だったからだ。


 車体ドアと御者席のハンマークロスには家紋が刻まれている。

 私は膨大な前世の記憶の中から、数百種類に渡る帝国貴族の家紋を引っ張り出して脳裏に思い浮かべた。


 あれはパルチヴァール伯爵家の家紋だ。

 パルチヴァール家は、騎士の家系でありながら貴族間の政治抗争を勝ち抜いて伯爵まで昇りつめた稀少な家柄だ。


 でも、こんな地方の子爵家に伯爵家の人間がわざわざ訪れるなんて……。


「旦那様!」


 私とパパが馬車を降りた瞬間に、筆頭執事のポンデムーチョが飛んできた。


「先ほどパルチヴァール家当主キオート様が来訪されて『旦那様とお会いしたい』と」

「伯爵家の当主が?」


 パパは顎に手をやって「あの噂は本当だったのか」と呟く。噂とは内乱の話に違いない。

 執事は不安そうに主を見ている。


「旦那様……伯爵家が連絡もなしに訪れるなど前代未聞でございます。一体何が……」

「大丈夫だよポンデムーチョ。フェンサリルの領地をやっかいないざこざに巻き込むつもりはない。それで、伯爵はどちらに」

「ここです」


 ポンデムーチョが口を開く前に、ローブマントを羽織ったキオート・フォン・パルチヴァール伯爵が従者数名を連れて母屋から出てきた。

 筋肉質で背が高く、眼光は鋭かった。


「まずは事前のご挨拶もなく来訪した無礼を詫びたい」

「パルチヴァール伯爵。本来であればこのような場所で対応するのも失礼かとは思いますが、あなたとお話するつもりはありません」


 パパは一息で言い放った。伯爵は表情を変えずに「なぜですか」と問う。


「私には自分の領地と家族を守る義務があります。あなたたちの反乱に関わるつもりはありません。もちろん相手側にも加担はしません」


 パパと伯爵がじっと見つめ合った。緊張は周囲にも伝播でんぱする。私も手に汗を握ってなりゆきを見守る。


 先に視線を逸らしたのは伯爵だ。


 けれど、同時に吐き出された彼の言葉には凍り付くような冷たさがまとわりついていた。


「では、ご令嬢に危害を加える用意があると言ったらどうしますか」

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