2、
ふわりと意識が浮き上がる。
真っ暗な世界から光を感じる世界へ。
心地よい昼寝から目覚めるのと似た感覚だった。
あれ―――私、生きてる?
さっきの黒い男は、夢?
なんだ、心配して損した。
それより早く出版社に行かないと。
目を開ければバナヘイムの街並みが――――。
ない。
代わりに映ったのは、茶色い木の天井。
代わりに感じたのは、窓から入ってくる風と、自分の体を包む柔らかい布の感触。
そして、
(あれ、なんだか体の自由が利かないような……?)
小さくなった自分の体と、もちもちもっちりした短い手足。
「バ、バブーーーーーーー!?!?!?」
(な、なんじゃこりゃーーーーー!?!?!?)
私、赤ん坊になってる!?
◇
「お誕生日おめでとう、フリッカ」
パパとママが笑顔で拍手をしてくれた。
近くに控えていた専属料理人や執事、侍女たちも揃って祝いの言葉をかけてくれた。
今日は私――帝国貴族、フェンサリル家子爵家令嬢フリッカの8歳の誕生日だ。
「パパ、ママ、ありがとう。大好きよ。それに……屋敷のみんなもありがとう。とっても嬉しいわ!」
肩下まで伸びた淡い金髪は、薄緑のワンピースと相まって控えめな主張で私のかわいらしさを引き出してくれる。
ぱっちりと開いた目は前世と同じブーゲンビリアの色。
20歳の天才美女に負けず劣らずかわいく育った8歳の美少女は、長テーブルに並べられている豪華な料理に
この8年間。私はさまざまなことを学び、理解した。
順を追って説明していこう。
まず、今の私はミドガルズ帝国西部の山間に領地を持つ子爵パパリーノ・フォン・フェンサリルの一人娘である。
フェンサリル家の領地は他の子爵家に比べても狭く、貴族と言われて想像するような豪奢な暮らしとは無縁の生活を送っていた。
領地内の集落はひとつのみ。そこで生活する民と作物を分け合い小さな森を管理している。
出世欲の強い貴族たちとは異なり、パパリーノは穏やかな性格で、今の慎ましい生活で満足しているようだった。
ちなみに私の名前は前世と全く同じ“フリッカ”だった。
これが本当にただの偶然なのか、それとも“転生”に関する何らかの秘密が隠されているのかは分からない。
8年前、バナヘイムの街中で外套の男に殺された記憶を持つが、今は赤ん坊になっている。
これは創世神話やお伽話に出てくる“生まれ変わり”や“転生”に近い現象に思える。
世界樹を中心に据える創世神話では、人々は死んだ後で樹に還り、生まれ変わって再び世界に舞い戻ると言われている。
まあ、私はそれを否定する説を提唱したんだけど。
この現象が本当に転生なのかどうかを考えるには手持ちの証拠が少なすぎるので、今はいったん結論を保留にするのがいいと判断した。
そんなわけで貴族令嬢に転生して以来、私はフリッカ・フォン・フェンサリルとしての人生を送っている。
「フリッカ。誕生日プレゼントは何がいい? 好きなものを言ってごらん」
「私、街道沿いのバザーで本を買いたいわ!」
娘を抱きしめ頬ずりするパパに、わたしは元気よく答えた。
街道と街道が交差する十字路では、書物や葉巻、茶葉といった趣向品を扱う大型バザーが頻繁に開催されている。
街道沿いで開かれるバザーには他国の商人も露店を出すことが許されている。そして、その中には古書店もあるはずだ。
前世で住んでいた都市連邦バナヘイムでは、売れない学者が書店主に才能を見出されて出版社と繋いでもらうケースがあった。
そう、私の狙いはバザーに出店しているバナヘイムの書店商に「論文を見てもらう」ことにあるのだ!
8歳にしてすでに
このテーマの着想は、2つ隣にある領地主がたまげたイケメン子爵だったことによる。
そのイケメンが領主に着任してからというもの、先代のときと比較して領地の取れ高および収入が倍以上になったという小話を、フェンサリル領の集落長が私に聞かせてくれたのだった。
まあ完成までの詳細は省くが、用意できる参考書も、見聞きできる情報にも田舎特有の制限があったにも関わらずなかなかに奇抜な内容の仕上がりとなった。
我ながら恐ろしい才能だと思う。
早速、我が家を訪れる書物商や家庭教師に見せたのだが、
「ここまで文字が書けるとはご令嬢の将来が楽しみですなあ」
とか
「難しい言葉を使いたがる気持ちは分かりますが作文は文法に沿って
とか寝言っぽいことを言われた。
こいつら……想像以上に学がない。
論文を読解するだけの力がないのか……。
帝国は中心部と地方、さらには領地を運営する貴族の地位によっても領内の教育水準に格差があるのだということを思い出した。
本当は帝国の首都であるアースガルズに連れていってもらいたいのだが、なにせ
というわけで、先ほどの「バザー行きたい」発言に至る。
バナヘイムは大陸でもっとも教育レベルが高い国なので、同国の商人であれば私の論文の素晴らしさが分かるかもしれない。
「フリッカは聡明だな。じゃあさっそく連れて行ってあげよう」
それに、前世の私――フリッカ・コロンナはバナヘイム国内ではそれなりに有名だったので、もしも死んでいるのであれば、バナヘイムの人間が知っている可能性が高い。
それも確かめてみたかった。
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