第八話 魔王が王都に向かっているようです①
「それはそうとして、そろそろ魔王を追うぞ」
「えっ、さっき大丈夫って言ってなかった?」
「せいぜい時間稼ぎ程度だな。あまり悠長にはしておれん。我とユーリの愛の巣を壊させるわけにはいかんからな」
教会を勝手に愛の巣認定するな、と心の中でツッコミを入れつつ、竜の姿になったファヴィの背中に僕とミーナが乗ると、大空へと羽ばたいていく。そして、魔王を追って全速力で飛ぶ──のかと思いきや、ドラゴンテイルの街に降り立った。
「追いかけるにも距離があるからな。準備は必要だろう」
「確かに、カバンの中には遭難用のチョコレートしか入っていないからね。他のお菓子も買っておくことにするよ」
「……もう少し普通の物を買ったらどうだ?」
「いや、だから遭難用のチョコレートじゃなくて、クッキーとかマシュマロとかキャラメルとかにするんじゃない」
「……そういう意味ではないのだがな」
ファヴィがやれやれと言った感じで、頭を撫でてくる。撫でられるのは良いんだけど、ちょっと恥ずかしい上に、子供扱いされているようで複雑な気分だった。そんなこともあったが、昼食を取りつつ、三時間ほどで準備を整えた僕たちは再びファヴィの背中に乗って魔王を追いかける。
「だいぶ時間取っちゃったけど、これ追いつけないんじゃないの?」
「心配するな。魔王も空を飛べるとはいえ、我よりは遥かに遅い。王都までは我でも一日かかる距離だからな。余裕で追いつくだろう」
「なるほど……。でも不安だから、なるべく急いでね」
「わかっておる。我に任せるがよい」
僕たちが王都に到着した時、辺りはすっかり暗くなっていた。
「だいぶ遅くなっちゃったけど、魔王はまだいないみたいだね」
「時間的には、もう到着していてもおかしくは無いはずなのだが……。また、アイツは寄り道しまくっておるな」
「何で寄り道してんの?」
「ああ、魔界には何もなくて食糧事情はかなり悲惨だからな。こちらの美味しい食べ物を食べるのも魔王がこちらの世界にやってくる目的の一つだ。もっとも……お金など持っていないから、基本は食い逃げだ。そのスタンスの違いが、王国と魔界が敵対している理由の一つでもある」
「……ってことは、食い逃げされまくるから敵対しているってこと?」
「それだけではない。王国の連中は魔王を食い逃げの現行犯で捕縛したことがあって、それを魔王は逆恨みしているのだ。アイツが王都を灰燼と化すと言っているのは、それが理由だ」
魔王が王国と敵対している理由を知った僕は、あまりのくだらなさに呆気に取られてしまった。ただ、魔王の話ではファヴィも王国に敵対していたらしいんだけど、それは何故だろう……。
「そんな理由で……。でも、魔王はともかく、ファヴィは何で敵対してるの?」
「黒いからだ」
「えっ?」
「黒いからだ。イリアス聖教の象徴色は白なのは知っておるだろう。彼らにとって黒は邪悪な色なのだよ。それと魔王による食い逃げの被害をうまく使って、黒い翼をもつ者は王国の敵であるとすり替えたのだ」
「イリアス聖教としては黒いヤツを敵にしたかったから、ちょうど王国に迷惑をかけていた魔王に便乗してファヴィを悪いヤツだと吹き込んだってこと?」
「そうだな。いきなり襲われたので全力で反撃をしたら、かつての王都が瓦礫の山になってしまったのだ」
どうやら、イリアス聖教が裏で糸を引く感じになっていて、それに煽られた王国がファヴィを襲ったら返り討ちにあって王国が滅亡した、ということらしかった。完全に教会が一番悪いじゃないか。これは何としても円満退職して退職金を頂かねば……。
「そう言えば、王都が襲われてもしばらくは平気なんだよね? アイツって誰のことなの? 僕も知ってる人?」
「もちろんだ。ロベルト・アーケリアスだぞ。知っておるだろう」
魔王と互角に戦える人間の一人が、あの腹黒メガネであることに僕は驚きを隠せなかった。だがファヴィが言う以上、それは間違いはないのだろう。それなら夜中に何かあっても、彼が何とかしてくれるはずに違いない。そう思った僕は早々に休むことにした。
「それなら、僕たちが頑張る必要ないか。今日は教会に戻って寝ようか」
「そうだな。ここで待っていても仕方ないだろう」
僕たちは少し離れたところで降りて、歩いて王都に入る。すっかり日も落ちていたため、王都の入口で衛兵に色々と職務質問されてしまった。しかし、そのやり取りの中で噂の聖女だと知ると状況は一変した。あっさりと中に入れてくれただけでなく、先ほどまでの職務質問についての謝罪までされてしまった。
そこで言い合っても仕方ないので、謝罪だけ受け取って王都へと入る。さすがに夜に開いているのは酒場くらいだった。
「ちょっとお腹空いたし、何か食べて行こうよ」
「そうだな」
「そうですね。ユーリ様」
僕たちは『キツツキのウソツキ亭』という酒場に入った。この店は冒険者ギルドの隣にあるせいか、冒険者と思しき人たちがたくさん客として食事をしていた。冒険者が集まる店は美味しい店が多いのだ。荒くれ者の多い冒険者は味覚がおかしい人間が多いと思われがちだが、実はお金をパーッと使う人が多いため、いろんな店に行く。結果として、安くて美味しい店に定着するため、こうして冒険者の人たちがたくさんいるところは美味しい店であるともいえる。
「ファヴィとミーナは何にする?」
「我は肉だな。塊で。それと蜂蜜酒だ」
「私はペスカトーレのパスタでお願いします。ドリンクは……果実水で」
「ぼ……私は……野菜サンド、でいいかな? ドリンクはお茶で」
ヘルシーな野菜サンドとお茶で、と言った瞬間、二人が心配そうに僕を見つめてきた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「ユーリ様にしては珍しいですね。あ、もしかして、ケーキ食べます?」
ミーナがデザートメニューを差し出しながら訊いてきた。
「いやいや、今、ダイエット中だから……」
「何を言っているのだ。そんな骨みたいな身体で……」
「そうですよ。貧相な身体だとモテませんよ」
「むむ、ユーリがモテるのは困るな……」
「もう、ファヴィのためにダイエットするんじゃないんだけど。でもファヴィって、人型だと結構スリムじゃない。ぼ……私も、もう少し痩せないとバランスが悪いでしょ」
それを言っている最中、僕のお腹が鳴った。それを聞いたファヴィが僕に笑顔のまま近づいてきて、耳元で囁いた。
「そんなにお腹を空かせてるんだったら、体型なんか気にしないで食べるがいい。我はユーリが美味しそうに食べている姿が好きなのだからな」
その攻撃はあまりに威力が高すぎた。イケメンと笑顔と囁き声のコンビネーションは僕の心を一瞬で虜にしてしまった。僕は高鳴る胸の鼓動を感じながら、努めて冷静な表情を保つ。
「もう、わかったよ。それじゃあ、僕は子羊のラグーパスタとクアトロフォルマッジのピザで!」
「ふふふ、そうだ。我慢は良くないぞ。ユーリは我の番だからな。体型など気にしなくても問題ない」
どうやら僕のダイエットは明日からになりそうだった。こうして、お腹も満たされた僕たちは教会へと戻り、ゆっくりと休息を取ることにした。この時は、翌朝、しかも早朝に魔王が王都に襲撃をかけてくるとは予想すらしていなかった。
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