第七話 ニートを更生させるようです②

「危ないっっ!」


 ニートの身体が僕を貫こうとした瞬間、ファヴィの声と共に横からの衝撃により吹き飛ばされる。


「ぐぇっ」


 身構えていた方向と別の方向からやってきた攻撃は完全にクリーンヒットだった。カエルの潰れたような声を出しながら、僕の身体は封印の方に向かって吹き飛ばされる。吹き飛ばされながら、体勢を変えると、満足そうな表情をして右の親指を立てているファヴィの姿があった。ファヴィは僕の代わりにニートの身体を受け止め、そのままはじき返した。


「さすがニート。ファヴィにぶつかっても平気なんて、そのぜい肉は伊達じゃない」


 そんなことをつぶやきながら、僕の身体は封印にめり込んでいく。


 パァァァァン!


 甲高い音と共に弾力のある感覚が消えて、僕の身体は地面に落ちた。


「あいたたたた」

「ユーリ様、大丈夫ですか?」


 地面に落ちてボロボロになった僕の身体を遅れて到着したミーナが抱き上げる。そして、そのまま立ち上がりニートたちを睨みつけた。


「ユーリ様を、こんなボロボロに……。お前たち、許しません!」


 怒りに震えるミーナ。しかし、ニートたちは歓喜の声を上げる。


「解けたぞ! 封印が解けた! これで世界の半分はボクの物だ!」

「「「マスター、おめでとうございます!」」」


 振り返ると、先ほどまであったはずの結界は無くなっていて、魔界へのゲートが不思議な光を放っていた。


「な、バカな。封印が破られるなど……」

「これって……。ふにゅっとしたものをぶつけるって言ってたよね……」

「ユーリ様、ご存知なのですね」


 その事実を認識した途端、周囲の音が遠ざかっていく。そして、静かに右手で左の二の腕を摘まむ。


 ふにゅ。


 明らかに少し前よりも脂肪が増えていた。しかし、僕は再び冷静になると、今度は右手を左の胸に持っていく。


 ふにゅ。


 脂肪はあるにはあった。だが、この脂肪は二の腕に比べて明らかに貧弱過ぎる。その冷酷な現実に打ちのめされている僕にとって、封印が破ってしまったことなど些末な問題だった。


「よし、ダイエットしよう。……明日から」


 僕は決意を固める。しかし、そんな決意とは裏腹に事態は刻一刻と変化していった。ゲートから黒い長髪をなびかせ、黒い翼を持った男が現れたからだ。


「「「魔王様!」」」


 ゲートから現れた魔王に跪くニートたち。魔王は彼らなど目に入らぬかのように周囲を見回すと、ファヴィの方を見て目を丸くする。そして、おもむろに震える右手で彼を指差した。


「き、貴様。何故、ここにいるのだ」

「ん? あ、アークではないか。久しぶりだな。デート中だよ」

「こんなところでか?!」


 デートじゃないよ? 何を言ってるんだ、このドラゴンは……。魔王だって驚いているじゃないか。それはそうと、ファヴィが魔王と親しそうな間柄なので、思ったより何とかなりそうな気がした。


「まあよい。ちょうどいい、ファーよ。これから王都を灰燼と化すのを手伝え」

「ふむ……」

「貴様も王国、ひいてはイリアス聖教に恨みがあろう」

「ふむ、無いことは無いが……。だが断る」

「な、バカな。何故だ……」

「あそこには我とユーリの愛の巣があるからな」


 さっきから何を言ってるんだ。愛の巣とか……。もしかして教会のことか?


「愛の巣、だと? そもそもこいつは人間ではないか。ぐぬぬ、腑抜けおって。まあいい、俺だけでやってやるわ!」

「ふん、行かせると思うか?」


 そう言いながら、ファヴィは黒竜の姿に戻る。すると、急に空が曇り始め雷が落ち始めた──僕に向かって。


「ちょ、ファヴィ。まって! ……あっ」


 落雷の一つが僕の身体に命中して、ニートの足元まで吹き飛ばされてしまった。


「ひぃぃぃ、く、来るなぁぁぁぁぁ!」


 ニートは慌てて立ち上がろうとするも、焦ってうまく立ち上がれず。這いずるように僕の所から逃げていった。あれほど熱く語り合った仲だと言うのに、冷たい男だ。しかし、僕の運の悪さを舐めて貰っちゃ困る。その体型で這いずるように逃げたところで逃げ切れるとでも思っているのだろうか。


「きゃぁぁぁぁぁ」

「うぎゃぁぁぁぁぁ」


 再度、僕を目掛けて降り注いだ落雷によって、僕とニートは思いっきり吹き飛ばされた。


「大丈夫か!」


 僕の身体が地面に激突する前に、人型に戻って慌てて駆け寄ってきたファヴィによって抱きかかえられた。


「うん、こう見えて頑丈だからね」


 親指を立てて微笑みかけると、ファヴィも微笑み返してくる。


「それは良かった」

「あ、でも、勝手に変身しちゃダメって言ってたよね。まったく……」

「すまぬ」


 ニートの方を見ると彼も無事だったようだ。それは、まるで彼のぜい肉が無駄ではないと主張しているように僕には思えた。


「ふはは、そんな人間ごときを庇い立てするとは堕ちたな。だが、ちょうどいい。俺はこのまま王都へと向かう!」


 そう言って、魔王は逃げるように飛び去ってしまった。


「あ、逃げちゃうよ。大丈夫なの?」

「問題ない、行先は分かっているからな」

「でも、グズグズしてたら王都が……」

「心配するな。王都にはアイツもいるからな。そう簡単には滅ぼされたりせんよ。と言っても、悠長にしている余裕がある訳でもないがな」


 ファヴィは魔王が飛び去って行った王都の方を見る。そして、魔界へのゲートを見てため息を吐いた。その憂鬱な表情を見て、罪悪感を感じた僕は彼に抱きついた。


「やれやれ、こうもあっさりと封印が壊されるとは思ってなかった」

「ご、ゴメン。ぼ……私の身体がふにゅっとしてるせいだよね。頑張ってダイエットするから許して……」

「ふっ、許すも何も、我はユーリのことであれば全肯定に決まっているだろうが。それに簡単に壊せるものではないと豪語していたのに、あっさりと壊されてヤレヤレと思っていたところだ。ユーリが気にすることは無いよ」


 そう言って、ファヴィは微笑むと僕の額に口付けをした。


「──もう、ファヴィのばかぁ……」


 恥ずかしさに顔が火照るのを感じながら、拗ねたように顔を背けながらつぶやいた。

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