第七話 ニートを更生させるようです①

「ところで、君たちは何をしているの? 封印を解く準備を──してるわけでもなさそうだけど」

「ああ、準備なんて要らないからな? マスターがいらっしゃるのを待っているだけだ」

「ふぅん。マスターはまだ来ていないの?」

「ああ、マスターは魔王教の中でも高位のお方。移動にも時間がかかるのだ」


 僕は彼らとチョコレートを食べながら情報収集をしていた。


「えっ? 魔王教だって? さっき中二病って言っていなかった?」

「チュニービオは魔王教の中でも一部の人間が集まって作られた組織だからな。封印を解いて、魔王の力で世界を統べるのを目的としているんだ。魔王教原理主義とも言われている」

「原理主義……」


 それは知っている。教えに忠実な人たちのことを指す言葉だったはずだが、何故か過激派と同じような意味で使われている言葉だ。しかし、それが中二病って、もしかして、魔王も中二病なのかな?


「魔王って、もしかして右目が疼くぜ、とか言ったりするの?」

「なんだそれは? そもそも俺たちも魔王様は良く分かってないんだがな」


 良く分からないけど魔王を絶対視するって、結構ヤバい人達なんじゃないかと、僕の危機感が必死で警告をしているような気がする。しかし、逃げる前に封印とやらを確認しておく必要があると思ったので、ゲートに触れてみることにした。


「うわぁぁぁぁ」


 ぽよぉぉん、という音と共に、僕の身体は吹き飛ばされてしまった。危うく地面に落ちるところで、先ほどの男の人が受け止めてくれた。


「おいおい嬢ちゃん、大丈夫か? 封印は障るとさっきみたいに弾き飛ばされるから気をつけな」

「なるほど、これはなかなか……」


 封印の厄介さを身をもって実感した僕は、彼に助けられたこともあって、マスターが来るまで待つことにした。中二病のマスター・ニートを更生しなければいけないという使命感を前に、先ほどまで感じていた危機感は感じられなくなっていた。


「お、マスターがいらしたようだぜ」

「ボクがマスター・ニートである。皆の者、待たせたな」

「「「お待ちしておりました、マスター」」」


 アルパカ三頭に引かれた小型の馬車、というか台車に乗ってやってきたマスターが降りると、彼らに向かって右手を上げて挨拶をしていた。それに呼応するように彼らは頭を下げる。


「これは……すごいおおきいです……」


 そう、マスターは体重二百キロを超えるような巨漢だった。もちろん筋肉ではなくぜい肉という意味で……。


「ちょっとマスターって太りすぎじゃないですか? あの体型でニートはヤバいですよ」

「何を言ってんでぃ。あの体型が儀式に必要なんじゃねえか」

「マジで?」

「おう、これから儀式に入るからよぉぉく見てろ」


 情報収集のために隣の人とこそこそと話をすることにした。しかし、そのせいでマスターに見つかってしまった。


「おい、そこの女は誰だ?」

「へい、こいつはウチの下部組織のメンバーらしくて、偶然、森で迷っていたみたいでさぁ。今は街で諜報しているらしいですぜ」

「ふぅむ。どこかで見たような……。まあいい、さっそく儀式に入るとするか」


 そう言って、ニートは馬車から降りて封印の方を向くと呪文を唱え始めた。そして、封印に向かって自身の身体を発射する。高速で封印にぶつかったが、まるでスポンジのように跳ね返ってきた。僕の時と同じように地面に落ち──そのぜい肉によって衝撃を吸収して立ち上がると再び呪文を唱え始める。


「これ、何をやってるんですか?」

「何って……。封印を解くための儀式に決まってるじゃねえか」


 ニートがやっているのは、ひたすら自分の身体を封印に向かってぶつけているだけだった。これを見て儀式と分かる人間がどれほどいるのか分からないが、彼らの表情は真剣そのものであった。


「くそぉぉぉ、これでもダメなのか? この脂肪でも足りぬのか……」


 やってることはコントのようなのに、失笑すら許さない張りつめた空気が漂っていていた。僕は気を紛らわせるために隣にいた男の人に話を振ってみる。


「ねえねえ、これ、ホントに何をやってるんですか?」

「だから、封印を解くための儀式だっていってるじゃねえか」

「でも、封印に体当たりしているだけじゃないですか。別にマスターじゃなくても、みんなで体当たりすれば良いんじゃないですか?」

「あの封印を解くには、ただ体当たりしただけではダメなんだって。古文書には『ふにゅっとしたものをぶつけることで解除されるだろう』と書いてあったんだよ」

「なるほど、それで……あの身体ということ?」

「そうだ、この日のために日々歩かず食べまくっておられたのだぞ!」


 どうやらこの儀式のために仕方なく引きこもっていたようだ。これも仕事だと考えると、ニートはニートではないのだろうけど……。だが、彼らは何が問題か分かっていない。僕はヤレヤレと言った感じでニートに近づいていく。


「もう、あきらめた方がいいんじゃないかな」

「何を言ってるんだ。ここまで頑張ってきて、今さら引けるわけが無いだろう!」

「いやいや、無駄だよ。君の目的はどうやっても達成できない」

「ど、どういうことだ。何が悪いと言うのだ!」


 どうやら、彼は本当に分かっていないらしい。だが、ここで彼を更生させられなければ、中二病のピザデブヒキニートになってしまう。それだけは避けなければと、気合を入れなおした。


「そもそも、魔王から世界の半分を貰うなんて嘘だからね」

「な、お前……。なんでそのことを……」


 突き付けられた事実に驚愕の表情を浮かべるニートを横目に、僕は話を続ける。


「それは……。ぼ……私も一度だけ(ゲームで)騙されたことがあるからね。そういう意味では僕は君よりも先輩ってことになる」

「な、何だと? ボクだって魔王様に会ったことが無いと言うのに、なぜお前ごときが……」

「それはまあ、いいじゃないか。そんな嘘を真に受けて、君がダメ人間になってしまうことの方が問題だよ」

「そんなことはない。魔王様に世界の半分を頂けば、働く必要もなくなるからな」


 僕はため息を吐いた。ありもしない話を真に受けて、それを前提にニートになる人間も見たことがある。しかし、そう言った人たちが理想的な現実を手に入れたのを見たことが無かった。


「やれやれ、ぼ……私も中二病だったことがあるから分かるけど、そう言うのは、辞めても黒歴史というものになって苦しめ続けるんだよ」


 何とか説得しようと言葉を尽くしたが、なかなか理解してくれない彼に対する言葉にも自然と熱がこもってくる。そして、とうとう黒歴史という言葉を出した瞬間、急に怒りだした。


「何が黒歴史だ! これはボクが古文書を読み漁って仕入れた確かな情報だぞ!」

「……古文書だって、ノンフィクションばかりって訳でもないじゃないか。正しいとは限らないよ」


 実際に僕が世界の半分をくれるって騙されたのもフィクションだからね。


「……思い出した。お前、あの忌々しいイリアス聖教の聖女じゃないか」


 ニートがそう叫ぶと、周囲の男たちの視線にも警戒の色が混じり始める。


「さては、儀式の邪魔をするつもりだな。聖女まで送り込むとはな。だが、ここでボクがお前を倒せば心起きなく儀式ができると言うことだ」


 今度は僕の方に向き直って、呪文を唱え始める。ほどなくして、彼の身体が僕に向かって発射された。当然ながら、その攻撃を回避する術が僕にあるはずもなく、受け止めるために身構える。

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