第六話 怪しい人たちが蠢いているようです②

 翌日、僕たちは不審な男たちの後をつけて山の麓にある森に入っていった。入ってすぐにミスティさんに霧を出してもらって追跡していく。彼女の出す霧は僕たちに近づくほど濃く離れるほど薄くなる上に、彼女の近くにいると音まで消してくれるので見つかる心配はほとんどなかった。


 問題があるとすれば……、僕たちも霧の効果を受けているので遠くまで見えないことと、音が消されるため会話でのやり取りができないことだった。そのため、霧の影響を受けないミスティさんにみんなでついていく感じなのだが、僕のことが心配なのかファヴィがちょくちょく振り返って僕の方を見てくるのだ。


 だが、僕だって子供じゃあない。人についていくくらいなら問題なくできるはずだ。そんなわけで、ジェスチャーで「心配はいらないから前を見て」と伝えた。


 そうして森の中を進んでいった僕たちだが……、今、僕は一人で森の中を歩いていた。僕の周りには怪しい男も霧もなく、視界はとてもクリアだった。


「困ったなぁ。苔の付いた岩を踏んで滑って転ぶなんて思わなかったよ……」


 そう苔で滑って転んで……、気づいたら誰もいなかったのだ。焦って立ち上がってまっすぐ走ったけど、全然追いつく気配が無いので、こうして探しながら歩いているわけだ。


 今の僕の状況は、多くの人が遭難したと言うかもしれない。だが、現代知識を使えば方角は分かるので、僕はひたすら北を目指すことにした。街の北にある森に入ったのだから、北を目指せば目的にたどり着けるだろう。現地で合流すればいいと楽観的に考えていた。


「とりあえず、疲れたし少し休憩しよう」


 僕は岩に腰を下ろして、非常食のチョコレートを取り出して口に入れる。遭難時の備えとしてチョコレートを持っておくのはアウトドアの常識だからな。少し休憩して再び北に向かって歩き始めた。


 三十分ほど歩いただろうか。森がわずかに開けて、その先に遺跡のようなものが見えた。


「あれが魔界へのゲート……」


 僕は茂みの中から様子を伺うと、五人ほどの怪しげな男がゲートの前でたむろっていた。あたりの様子もうかがってみたが、他のみんなはまだ来ていないようだった。


「うーん、僕だけじゃ何もできないんだよね……」


 どうしようか考えあぐねていたら、切り株にかかとが引っかかって転んでしまった。


「おい、誰かいるのか?」


 一瞬で絶対絶命のピンチに陥った。しかし、僕は運が悪い。だから、こういった状況でもやり過ごす方法があることを知っているのだ。


「にゃーん」

「……?!」

「にゃーん」

「……?」

「にゃー……んっ?!」

「何やってんだ、お前」


 上手くやり過ごしたつもりだったんだけどなぁ。などと考えながら、僕は両手を上げて敵意がないことを主張する。


「いやぁ、森の中を散歩してたら迷っちゃってね。うろうろしてたら、ここにたどり着いちゃったんだよ」

「そ、そんな言い訳が通用するとでも思ってるのか?!」

「言い訳じゃないよ。証拠を見せてあげるから」


 バックパックを下ろして中身を漁る。


「お、おい、何をする気だ。大人しくしてろ!」

「いやいや、ぼ……私が敵じゃないってことを証明してあげるだけだって」


 そう言ってカバンの中からチョコレートを取り出して、天に掲げた。


「な、な、なんだそれは?!」

「これは遭難した時の必須アイテム、チョコレートだよ。ほら、どうぞ」


 そう言いながら、チョコレートを男たちに配る。


「こ、こんなもの食えるわけねえだろ。毒が入ってるかもしれねえじゃねえか!」

「やれやれ、このぼ……私がチョコレートに毒なんてもったいないことする訳ないじゃないか。まったく、これだから中二病は……」


 毒が無いことを証明するために、僕もチョコレートを食べながら話していると、何故か男たちが急にチョコレートを落としていた。


「ああ、もったいないなぁ……」

「お前、何者だ?」

「何者って、さっきも言った通り、森を散歩してたら迷っただけの美少女だよ」

「ならば、なぜ俺たちがチュニービオだと知ってるんだよ!」


 先ほどまでは警戒心こそあったものの、何だこいつ的な雰囲気だったのが、一気に敵対的な雰囲気になっていく。


「あはは、いやだなぁ。ぼ……私も昔は中二病だったからに決まってるじゃないか。まあ、君たちみたいな精鋭じゃなかったけどね」

「なんだ、俺たちの下部組織の構成員だったのか。それならそうと早く言えよな」

「悪かったよ。社会に溶け込むために、少しそういうものから離れていたからね」

「そういうことかよ。お、このチョコレート美味いじゃないか」


 僕が先日ミーナと王都中を回って見つけたお店のチョコなのだから美味しいに決まっている。男たちも機嫌が良くなったようで、僕はこの隙に情報を聞き出すことにした。


「それはそうと、君たちは何をしているの? もしかして、道に迷った?」

「はっはっは、お前じゃねえんだから、んなわきゃねえだろ。俺たちは、これから魔界のゲートの封印を解くんだよ」

「あの遺跡みたいなのがゲートなの?」

「そうだ。今は封印されていて、ただの石の寄せ集めみたいになってるがな。これからマスターが封印を解くための儀式に向かっているところだ」

「マスターって?」

「マスター・ニート様だよ」


 って、ニートかよ……。そんなことを考えていたら、胡散臭い顔になっていたらしく、男が補足してくれた。


「ニート様は、見た目はちょっと残念なんだが……。魔界のゲートの封印を解いて、魔王から世界の半分を貰おうとしているんだ。そこに我々チュニービオのための王国を築く予定なのだ」


 どうやら、ニートが魔王から世界の半分を貰って中二病の王国を作るつもりらしい。これは僕も本気を出さなければいけないようだ。

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