第六話 怪しい人たちが蠢いているようです①
「いやぁ、腹黒メガネがいないと毎日がハッピーだわ」
「ユーリ様ぁ。ここって酒場ですよね。私たち未成年ですよ」
「酒場って別に酒飲むだけの場所じゃないよ。実際、これだってお酒じゃないでしょ」
「それはそうですが。私たちのような教会の人間が、こういう所に来るって言うのもまずいんですよ」
「堅苦しいこと言うな。人間の年齢など誤差に過ぎん」
「そりゃ、ファヴィからしたらそうだろうけど……」
腹黒メガネがバカンスから帰ってきて仕事漬けになっている頃、僕たちは毎日のように酒場で宴会をしていた。もちろん、(外見が)未成年なのでノンアルコールだ。ホントはアルコールが飲みたいし、別に実際には成人してるので飲んでも問題無いはずではあるのだが、さすがに未成年であるミーナの前で悪い大人の見本を見せるわけにはいかない。
ノンアルコールでも、気心の知れた人たちと、こうして飲み食いするのは悪くない。しかし、わざわざ僕が酒場に来るのは別の理由もあった。それは──。
「おい、なんか最近怪しいヤツらが北の方に向かっているみたいだぞ」
「そう言えば、昨日も変なヤツらを見たな」
「もしかして魔王教の奴らじゃねえのか?」
「ありうるな。お前もあまり関わるんじゃねえぞ」
そう、ロベルトの部下である司教さんに頼まれて、市井での情報収集を頼まれているのだった。教会としては、そう言った情報を集めたいけれど、偉い人たちは酒場に行くと目立つし、かといって、下級神官などに頼んでも信頼できない、ということで、僕たちに白羽の矢が立ったのだ。
だけど、僕たちの見た目だと逆に目立つんじゃないかなぁ。なんて思っていたけど、酒場によくくる冒険者たちは、もっと奇抜な人間が多いせいか意外と目立たなかった。教会の偉い人たちはダイエットをすればいいと思いました、まる。
ちょっと話が脱線しちゃったけど、今回は世間を騒がせている魔王教の情報を集めてくるのが目的だった。最近、信者の動きが活発らしく、彼らの目的をあぶり出したいとのことだった。
「そうだな、ヤツら魔王復活とか目指しているんだろ?」
「そうだ、それで世界の半分を貰うとか言ってるんだぜ。正気とは思えねえよ」
うんうん、そうだね。世界の半分を与えるとか言うのは絶対に嘘だと分かる。僕も昔は世界の半分をくれると言われて騙されたことがあるから分かるんだよ。ニセモノの復活の呪文を掴まされて、何百回も入力させられ、間違っていないか確認させられ、それでもダメで調べた挙句、ニセモノだと知った時の怒りと憎しみは忘れられない。
「それで、アイツらは魔王というか魔界のゲートが封印されているっていう黒龍山脈に向かっているんだろ?」
「しかし、本当にあるんかねぇ。そんなの」
「今回はかなりマジもんらしいぞ。先日起きたスタンピードで封印の一部が破壊されたらしい。それで封印の場所が判明したって噂だ」
「うひゃぁ、魔界のゲートが開いたら、王国もやべえんじゃねえの?」
「そうだな。教会は秘密裏に動いているらしいが……。魔王は特に王国に恨みを持ってるって話だからな。逃げる準備だけはしておいた方がいいぞ」
「んだな」
どうやら、彼らは魔王復活というか、魔界のゲートの封印を解くのが目的らしい。そのために黒龍山脈に向かって──って、それって僕の街の北の山脈じゃないか! スタンピードの討ち漏らしはロベルトがバカンスついでに始末してきたみたいだけど──さすがは大司教──今度は魔王教だなんて、ホントに運が悪い……。
「さて、どうしようかなぁ」
「全員始末すれば良いではないか」
「全員神の下に送るべきです」
僕がどうしようか悩んでいたら、ファヴィとミーナが意見を述べる。二人とも言ってることが同じだよ……。ファヴィはともかくとして、ミーナも似たような意見になっているのは相手が魔王教だからだろうな。そんな話をしながら、僕たちは食事をして教会へと戻って報告した。
「ありがとうございます」
ロベルト大司教の部下であるデブリン司教は酒場での情報を伝えると、頭を下げてお礼を言ってきた。この辺りの人間性をロベルトも見習ってほしい。
「それで、ご相談にはなるのですが……。この魔界のゲートの調査もお願いできますでしょうか?」
「そうですね。ぼ……私の領地の話でもありますし、向かう予定ではありますが、教会として依頼されるのであれば、無償という訳には……」
「ふふふ、そこはご心配なく。ちゃんと予算は取ってありますので、十分とは言えないかもしれませんが、お礼はさせていただきます」
「わかりました。きちんと調査してきます!」
司教の依頼を受けた僕たちは、せっかくだからとロベルトを誘いに行ったのだが、仕事じゃなくてバカンスだって言ったのに、何故か慌てて逃げ出してしまったんだよね。怖いってフリしてたから、期待に応えてあげようとしたのに。
「仕方ないかなぁ、僕たち三人で行くとしよう」
僕とミーナは再びファヴィに乗ってドラゴンテイルの街まで飛んでいった。もちろん、街の近くで飛ぶと迷惑が掛かるので、隣の駅まで乗合馬車で行くのも前回と一緒だ。あっという間に街まで付いた僕たちだが、街へ入ってすぐに異様な雰囲気を感じ取っていた。
「なんか不審人物が多いね……」
「どうしますか? やりますか? 殺しますか?」
彼らを魔王教だと思っているミーナはいつもより好戦的だ。まったく、彼女がこれではファヴィに示しが付かないじゃないか。
「ダメだよ。怪しい服装しているからって殺してたら、国王だって殺さなきゃいけなくなっちゃうじゃないか」
僕の感性から言えば、国王のキンキラキンの趣味の悪い服も大して変わらない。むしろ、彼らの服装の方が中二病として受け入れられるんじゃないかと思う。
「まずはアイツらの動きを追ってみるしかないかな」
「空から行くか?」
「何でだよ」
「どうせユーリの尾行では、遅かれ早かれ見つかるだろう」
「うっ、それはそうだけど、ファヴィが飛んでたら目立つよね?」
「ふふふ、ここをどこだと思っているのだ。黒竜山脈だぞ。黒竜の一匹や二匹、飛んでいてもおかしくないわ」
僕はファヴィしか知らないけど、他にも黒竜がいるような発言を不思議に思った僕はさりげなく聞いてみた。
「黒竜って、他にもいるの?」
「いるわけないだろうが。我は最上位の竜であるぞ」
「……ダメじゃん。却下だよ、それ」
一匹しかいない上に、最上位の竜が自分たちの真上を飛んでいたら警戒するに決まっているだが僕はあっさりとファヴィの提案を却下した。
「やっぱり素直に通りがかりの人を装って尾行するのがいいんじゃないかな」
「まあ、それしかないですよね……」
「むむ、仕方あるまい。だが打てる手は打たせてもらうぞ。明日の夜には戻る」
そう言って、ファヴィはギルドから出て行ってしまった。
翌日、ファヴィがいないので、僕はミーナと一緒に街で買い物を楽しんだ。その晩、ファヴィは一人の女性を連れてきた。
「も、もしかして、ファヴィの彼女?」
「何を言っているのだ、我の番はお前だろうが」
「そそそそ、そんな滅相もない。ファーヴニル様の彼女なんて……」
さりげなく定番の質問を投げかけたら、二人とも挙動不審になって否定していた。嘘ではないはずなんだけど、挙動不審過ぎて逆に言い訳っぽく聞こえてしまうな。
「まあいいや。それで、この人は?」
「はい、ワタクシ、ミスティカリアと申します。ミスティとお呼びください」
「こいつは我の部下の一人で霧竜なのだ。尾行にはうってつけだと思ってな」
彼女も一応は竜らしい。ぱっと見はそうは見えないんだけどね。
「霧竜ってことは霧を出して見つかりにくくする感じなのかな?」
「あ、はい、そうです」
「なるほど、それはちょうど良いね。よろしくお願いします」
「あ、はい」
僕はミスティさんと握手を交わした。ちょっとだけドヤ顔で僕たちを見るファヴィが鬱陶しかったが、気づかない振りをすることにした。
「ま、まあ、我がこうして紹介してくれたおかげで、問題なく尾行できそうだな。少しは感謝してもいいんだぞ?」
ファヴィは褒めてもらいたそうに、こっちを見ていた。
「……。ありがとう。助かったよ、ファヴィ」
「おおお、そうじゃろそうじゃろ。さすがは我の番だな」
チョロい。だが、扱いやすいのは良いことだと納得することにして、僕は話を進める。
「それじゃあ、ミスティさんを先頭にして後をつけるってことでいいよね?」
「はい」
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