第五話 スタンピードがやってくるそうです②
僕はお茶とお菓子を嗜みながら、ミーナの指示で待ち受ける冒険者を最後方から見守っていた。隣にはファヴィもいるので、突破されても最悪何とかなるだろう、という安心感もあった。しかし、冒険者たちにとっては、命を賭けた戦いであった。そのことが彼らの表情からもうかがえる。
「結構、たくさんいるね。大丈夫かな……」
「ユーリには我が付いておるから大丈夫だろう。アイツらは知らんが」
「そんなこと言っちゃダメだよ」
そんなことを話している間にもスタンピードはどんどんと近づいて──近づいて、こない?
「あれ? なんかどんどん数が減ってる気がするんだけど」
「ふむ、どうやら、我の気配を感じ取った弱い魔物から逃げ出しているようだな」
「その姿でも分かるものなの?」
「もちろん、竜の姿の時に比べれば落ちるが……。それでも魔物や魔族なら、我の気配は感じ取れるだろう」
どうやら、近づくにつれてファヴィの気配に圧されてきた弱い魔物は、そのまま逃げだしているようだ。結局、街の近くにやってきたときには、その数は数匹にまで減っていた。
「おいおい、どういうことだ? スタンピードじゃなくて、普通の魔物の襲撃みたいな感じになってるぞ」
「だが、相手はCランク以上の魔物だ。油断するとやられるぞ」
どうやら向かってくる魔物はCランクが大多数で、一部にBランクが混じっていて、そしてAランクが数匹いるような感じだった。高ランクの魔物は冒険者の手に余るものだ。しかし、それはパーティーという限定された人数と構成で戦う時の話だ。こうして何十人もの冒険者で取り囲んでしまえば、Aランクの魔物すらも、あっという間に撃沈させられてしまう。
もちろん、負傷者もそれなりに出てはいるが、後方にいるミーナはこう見えて優秀な女神官である。回復魔法もお手の物という感じで、負傷した人たちを一瞬にして治療していた。もちろん、それだけではない防御系の強化魔法も使っているようだ。そのせいか、Aランクの魔物の攻撃であっても、大した負傷者は出ていないように見えた。
「いやあ、終わったね。意外とあっさりだった?」
「これも聖女様が魔物を間引いてくれたおかげです」
「ホントだ、それに嬢ちゃんの回復もあったから、全員ピンピンしてらぁ」
被害甚大になると思われたスタンピードだったが、蓋を開けてみれば死者ゼロ、負傷者は全て回復済みという有様だった。おまけに上位ランクの魔物素材が手に入ったことで、冒険者の方も臨時収入でほくほく顔だった。
「いやぁ、こんな素晴らしい聖女様が領主になってくれるんだったら、ここは安心だな!」
「そうだな。ここはダンジョンもあるし、拠点にもうってつけだ」
「俺はここで一旗揚げるぞ!」
口々に、聖女兼領主の僕にお礼を言って去っていく冒険者だった。お礼を言われたことと、この領地に定住してくれることを嬉しく思っていた。しかし、これが後々大変なことになるとはこの時は思っていなかった。
「えっ、ナニコレ?」
「何かたくさんいますよ」
「どうする? 我が蹴散らしてくれようか?」
「ちょっ、ファヴィ。ダメだよ! とりあえず僕が話を聞きに行くから、二人は待ってて」
翌日、領主の館の前に街の住民が大挙して押し寄せてきたのを見て、事情を聞くために館の外にいる彼らの所へ向かう。そして玄関から外に出た瞬間、押し寄せてきていた人々が一斉に跪いた。
「な、ナニコレ?!」
「昨日は、この街の危機に際して犠牲を出さずに解決できたこと、感謝いたしております。これも聖女様のお力があればこそ。どうか末永く、我らを導いてくださいますよう……」
街のリーダーと思しき人が言い終えると同時に、跪いたまま一斉に頭を下げる。まるで軍隊のような足並みの揃った動きに、恐ろしいものの片鱗を味わったような気分になった。
「あ、あのっ。頭を上げてください。ぼ……私は皆さんのために頑張っただけなんです。あなた方に感謝してもらいたくてやったわけじゃないんですからね」
実際には後ろでお茶とお菓子を嗜んでいたことは置いておく。それで、自分のために頑張ったのだと伝えようとしたら、なぜかツンデレのような語尾になってしまった。しかし、それを聞いた彼らはますます感動してしまったようで、揃って涙を流していた。
「ううう、素晴らしいお方だ。しかも、謙虚でいらっしゃる」
「やはり聖女様は我らの王に相応しい」
「いや、領主ですからね。独立とか目指しませんよ?!」
僕が王様になる流れが作られようとしたので、バッサリと切り捨てる。しかし、興奮冷めやらぬ人々は、その程度では折れなかった。おかげで彼らをなだめるのにメチャクチャ苦労した……。ホント勘弁してほしい。
そんなドタバタはあったものの、四日ほど温泉や観光を楽しんだ僕たちは、再びファヴィの背に乗って王都へと戻っていった。行きはファヴィの背中でビクビクしていたミーナも、帰りはだいぶ慣れてきたようで、空の旅を楽しんでいたようだ。
「えっ、ロベルトがバカンスに?」
王都に戻ってきた僕たちは、ロベルトがあの後、馬車でのバカンスを強行したことを知った。街は王都からかなりの距離があって馬車だと数日かかるので、ちょうど街に着いた頃じゃないかな。僕たちは腹黒メガネが当分不在なのを良いことに、王都観光を満喫することにした。
◇◇◇
「ふぅ、やっと着きました……。さて、少しでも休暇を楽しみますよ! しかし、聖女様はまだ到着していないようですね。乗合馬車を乗り継いだら時間もかかって当然。彼女たちが来るまで待っていてあげましょう。ふふふ、俺の優しさに聖女様も見直してくれるに違いありません」
ドラゴンテイルの街に到着したロベルトは、さっそく休暇を楽しむ気満々だった。そんな彼の耳に、男の叫び声が聞こえた。
「大変だ、聖女様が追い払ってくれたスタンピードが戻ってきたぞ!」
「何だって? 聖女様が帰られたのに気付いて戻ってきたのか!」
「え、聖女様?」
「おう、兄ちゃん。聖女様の関係者か?」
「あ、はい。俺は彼女の保護者みたいなものです」
「それならちょうどいいや。スタンピードが来そうなんだわ。ちょっと手伝ってくれや」
そう言って、男はロベルトを引きずっていく。
「あ、ちょ、まって、まってぇぇ」
制止をするも止まることなく引きずられて、街の外に待機していた冒険者たちの中に放り込まれる。
「こちら、聖女様の上司だそうです」
「おう、この兄ちゃんが聖女様の上司だって? なんか弱っちくみえるんだが」
「いやいや、上司って言うんだから、聖女様よりも強いはずですよ」
「ま、そうだな。それじゃあ、上司の兄ちゃんよ。バッチリサポート頼むわ」
「ちなみに聖女様は死者ゼロだったからな。上司だっていうなら、お前にも期待してるぜ」
期待していると言いつつ重圧をかけてくる冒険者にロベルトがたじろいでいる間にも、冒険者たちは次々とスタンピードと激突した。死に物狂いで強化や回復をかけるロベルトの尽力によって、一昼夜にわたるスタンピードは無事に死者ゼロで収束したらしい。
スタンピードで精魂尽き果てて抜け殻となったロベルトは、フラフラの足取りで温泉にたどり着くと療養がてら無事に温泉を満喫した。そして、ようやくまともに歩けるようになった頃には数日が経過していた。その間に、仕事が溜まり過ぎてロベルト退任の意見が出てきているという連絡を受けて、療養も半ばで王都まで帰ってきた。そして半月も不在にしていたことを司教たちに追及された挙句、溜まりに溜まった仕事を消化するために一週間ほど徹夜で仕事漬けになったようだ。
「ば、バカンス怖い……」
仕事漬けから解放されたロベルトは、想像以上にやつれていた。
「これはバカンスに誘って欲しいって言うことだね」
「そうなのか? 怖いと言っているように聞こえるが……」
「あれは『フリ』ってやつだよ。ああやって、怖いっていうと、みんな面白がって与えるから、欲しいものを怖いって言うことで、貰えるようにするんだ」
「なるほどな。さすがユーリだ。詳しいな」
「えへへ、そんなことないよ」
彼に付き添いしてもらうために、僕はロベルトに近づいて背後から声を掛けた。
「ロベルトー。今度バカンス行こうよ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ──」
僕が声を掛けた瞬間、ロベルトは全速力で逃げ出した。
「あれ? 逃げちゃったよ。なんでだろうね」
「……」
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