第五話 スタンピードがやってくるそうです①

 冒険者ギルドの中は騒然としていた。受付の前では何人ものガラの悪い男たちが受付嬢に詰め寄っていた。


「おい、スタンピードの恐れがあるって、どういうことだ」

「このところ、異常など無いと言う話だったではないか」

「平和だって聞いたから、ここに稼ぎに来たっていうのによ。どういうことだ?」


 詰め寄る男たちに困惑しながらも、受付嬢は必死に返答していた。ちなみに、スタンピードとは何らかの理由で魔物が一斉に街などにやってくる現象である。


「えっと、噂なんですが……。最近、山の中に住んでいた災厄級の魔物が動いたようで、それから魔物が逃げようとして街の方に移動しているみたいなんです」


 なるほど、どうやらヤバい魔物のお陰で、それにビビった魔物たちが一斉に逃げ出そうとしていると。そして、そのルート上に街があると言うことだな。しかし、動くだけで魔物が一斉に逃げ出すなんて、どんなヤバい魔物なんだろうか……。


「なんだよ、災厄級の魔物って」

「なんでも……。伝説の黒龍みたいなんです」

「マジかよ、おい」

「ぶふぉぅっ」

「おい、嬢ちゃん。どうした?」


 ヤバい魔物に興味を持っていた僕は、それが隣にいるファヴィだという事実を聞かされて、思わず飲んでいた果実水を吹き出してしまった。


「あ、ああ、いや、何でもないです」

「ん、ああ、そうか」

「ちょっと、ぼ……僕は用事を思い出しちゃったので、行きますね。あははは」


 そう言って、ファヴィとミーナの腕を掴んでギルドから飛び出した。そして、裏路地まで引っ張ってきて、息を整える。


「ユーリ、どうした?」

「どうしたもこうしたも……。この騒ぎの原因ってファヴィじゃないか」

「ん? ああ、そういうことか。だが、我が動いたのはユーリを迎えに行くためだぞ。原因と言うことであればユーリも当てはまるわけだが……」

「えええ……」


 確かに、ファヴィが動いたのは、僕が結界を壊したのが原因だし、それで気付いて迎えに来たのが原因なんだろうけど、僕は別に迎えに来てほしいなんて頼んでないし、完全に被害者である。


「いやいや、僕は迎えに来てなんて言ってないよね?」

「だが、迎えに来るなとも聞いてないぞ」

「そんなこと言うファヴィなんて、キライだ!」

「何……?! キライ、だと……?!」


 言い合いになりそうになったところで、思わずキライだと言ってしまった。そのことにショックを受けて俯いていたが、おもむろに顔を上げる。


「ふふ、ふふふ。そうか、その魔物の群れが悪いのだな。よし、我がサクッと全滅させてきてやろうぞ。それで機嫌を直してくれるか?」


 その目は完全に虚ろだった。あっさりと全滅させると言っているが、その手段は碌でもないことが明らかだった。


「ファヴィ、ストップ、スト──ーップ」

「なんだ、ユーリよ。これから我はお前の機嫌を直さなければならないのだ」

「いやいや、さっきのは間違い、僕はファヴィのことが大好きだよ。だから一緒に対策を考えよう」

「好き、スキ? 大好き! よし、分かった。お前の言葉に従うとしよう」


 何とかファヴィを抑え込んだものの、何の力もない僕には何も思いつかなかった。その時、ふとミーナと目が合った瞬間、僕の頭の中に閃きが訪れた。


「そうだ、ミーナ。君に全てを任せるとしよう」

「えっ?! 私、ですか?」

「うんうん、ロベルトから君のことはとても優秀だと聞いているからね。君なら、この状況を何とかできると信じてるよ」

「いやいや、無理ですって、こんなの一人で何とかできるわけないじゃないですか」

「別に一人でとは言わないよ。何人か冒険者の人たちに手伝いをお願いするとしよう」


 僕たちは、再びギルドに赴いて、スタンピードの対策のために冒険者を斡旋して欲しいと伝えた。しかし……。


「おいおい、そんな数人でどうにかなると思ってんのかよ。俺たち全員がかりでも、やべえっていうのによ」

「そうだそうだ。いくらお金が貰えるからって、命には代えられねえぜ」

「それなら、全員で行くのであれば良いってこと?」


 僕がそうつぶやくと、ギルドにいた全員の動きが一斉に止まった。そして、しばらくすると全員がバカにするように笑い声をあげる。


「ぶははは、冗談はよしてくれよ。領主命令ならわかるけどよ。お嬢ちゃんみたいな子供が言ったところで、誰も動いちゃくれねえよ」

「うん、それじゃあ、領主命令ってことで。それならいいよね」

「えっ?!」

「こちらの聖女ユーリ様は、先日、この街周辺の領地を下賜された伯爵様でございます」


 僕がそれならと領主命令にしたら、再び全員の動きが止まる。今度はみんな先ほどよりも驚いた顔をしていた。私の言葉が正当であることをミーナが補足してくれたことで、全員の顔が真っ青になった。三十秒前には酔っぱらって顔が真っ赤になっていた人もである。


「うん、そういうわけだから……。ここにいる人全員、彼女の指示でスタンピードを蹴散らしてね。あ、もちろん、報酬は払うよ」

「……じょ、冗談じゃねえ。付き合ってられっかよ」

「そうだ、命あっての物種だ」

「酷いなぁ。僕は別に君たちに死んでほしいなんて思ってないよ」

「ふざけるな! スタンピードなんて、全員で避難するのが普通なんだよ!」

「大丈夫、こっちには優秀なミーナもいるし、いざとなったらファヴィもいるからね」

「それに黒龍を退けた聖女ユーリ様もいるんですよ」


 いやいや、ミーナさん。僕は何もできないよ? それに黒龍は隣にいるからね。しかし、その言葉に、ギルドにいた人たちが一瞬で沸き立った。


「マジかよ。伝説の黒龍を退けた英雄がいるなら、勝てるかもしれねえ」

「俺たちは英雄のおこぼれを倒せばいいだけか。それなら何とかなるぞ」

「英雄……誰のことですかね?」

「ユーリ様に決まってるじゃないですか」


 いつの間にか僕が英雄として祭り上げられていた。それどころか最前線で戦うことになっていた。僕一人で何とかできるんだったら、君たちいらないよね? そう思いながらも、何とか最前線に立つのを回避するために頭を必死に回転させる。


「確かに僕は英雄なのかもしれない。いや、何かの奇跡が起きて英雄になったのかもしれない。だが、こんな幼気な少女の背中に隠れているような臆病者で良いのか? 冒険者としてのプライドは無いのか? 男なのに女の子の背中に隠れているなんてダサいと思わないのか!」


 そして、苦し紛れに演説をぶちかます。もちろん、趣旨は「このチキン野郎どもめ」ということだ。しかし、僕という英雄がいながら、わざわざ危険な最前線に向かおうと言う者はいなかった。


「よく考えてみろ。私は領主だぞ。最後方で街の人たちを守る義務がある。そのために君たちに命令をしているんだよ。それでも君たちは後ろの方で頭を抱えて震えているつもりかい?」


 少し彼らのやる気を引き出そうと思ったが、意外と効果があったらしく、全員が「やってやるよ!」という感じでやる気を出してくれた。やっぱり、ちゃんと話し合わないとダメだね。


 そんな感じで始まったスタンピード防衛戦は、遠くから土煙を上げてやってくる魔物たちが見えたところから始まった。


「ユーリ様。お茶とお菓子でございます」

「ありがとう、ミーナ」

「しかし、良いんですか? のんびりされていて」

「大丈夫、大丈夫。とりあえず、ミーナは彼らに指示を出しに行ってよ」

「かしこまりました」

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