第四話 結界はあったようです②

「どうしよう……」

「良かったではありませんか。これなら教会から給与はいらなくなりますよ」


 ニッコニコで笑顔を向ける腹黒メガネをジト目で睨みつける。明らかにお金が浮いたことによる笑顔であった。


「給与はいただきますよ。もちろん、辞める時には退職金もね」

「えええ、領地があるんだから、そんなはした金なんて要らないですよね?」

「聖女として働く以上はちゃんと貰えるものは貰いますから!」

「ちっ、強欲聖女め……」

「ああん、なんか言ったか?!」

「あ、いえいえ、すみませんでしたぁぁ!」


 正当な権利を要求した僕に、ロベルトが悪態をつくと、それを見咎めたファヴィが詰め寄って、即座に謝罪する。速攻で手のひら返しするなら、最初から悪態つくなよと言いたくなる。国王からは何故か結界でファヴィを追い払ったことになっていたわけで、その褒章としていろいろ貰ってしまった以上、結界がありませんとは言えなくなってしまったのだ。


「ユーリよ、何か気になることでもあるのか?」

「さっき結界壊しちゃったんだよね」

「知ってるぞ。お陰でユーリの存在を知ることができるようになったのだからな」

「マジか」


 どうやら結界を破壊したことによって、黒龍が目覚めて王都までやってきたらしい。すなわち、僕が黒龍を王都に呼び寄せた犯人だったわけだ。だが、この事実がバレたら処刑では済まないだろう。すぐに、この話は聞かなかったことにした。


「ふむ、要は下等な魔物や魔族が入って来なければ良いのだろう?」

「ファヴィ、何かいい方法あるの?」

「もちろんだ。これを使うがよい」


 そう言ってファヴィが取り出したのは謎の黒い塊だった。


「これは?」

「これは我の鱗だ。これをどこかに置いておけば、魔物は恐れて近寄って来ぬ」

「では、教会の地下にある結界装置の所に置いてはいかがでしょうか?」

「そうだね。そうしようか」


 こうして、教会の地下から結界装置が撤去されて、台座の上にはファヴィの鱗が置かれることになった。


「これでいいだろう。そんなショボい結界装置よりも魔物避けにはなるぞ」

「ありがとう、ファヴィ」

「うむうむ」


 結界装置で悩んでいた僕の問題を無事に解決したことで、ファヴィはご満悦だった。それを見て、安堵した表情のロベルトが話しかけてきた。


「さて、当面の依頼は完遂しました。しばらくは依頼も無いでしょうから、自由にしていただいて構いませんが……」

「うーん、それなら……。せっかくだし、貰った領地に行ってみようかな」

「なるほど、それはいい考えですね」

「温泉もあるっていうし、旅行がてら行ってこようかなと」

「わかりました」


 無事に腹黒メガネから許可を貰った僕は、さっそく温泉旅行の準備を始めた。


「それじゃあ、ファヴィ。そろそろ行こうか」

「私も身の回りのお世話のためについてまいります」

「ありがとう、よろしく頼むよ」


 教会で一泊した僕たちは教会を出たところで巨大な馬車に大量の荷物を積み込んでいるロベルトと遭遇した。しかも、彼の服装はいつもの法衣でなく、カジュアルな服装だった。


「何やってるんですか?」

「え、旅行行くんですよね」

「えっ、僕たち三人だけで行く予定なんですけど」

「そんなの許される訳ないじゃないですか。俺も付いていきますよ」


 そうロベルトが息巻いていると、教会の中から、彼の部下である司教の一人が慌てた様子で飛び出してきた。


「だ、大司教。どちらに行かれるのですか?」

「バカンスだ」

「バカンスだ、じゃありませんよ。勝手に聖女召喚を進めた挙句、それが終わったと思ったら結界を破壊した挙句に、祝福に行くとか言って出て行っちゃったじゃないですか。あの後、大変だったんですよ」

「なるほど、それはご苦労だった。それじゃあ、後はよろしく頼んだぞ」


 そう言って、制止を無視して馬車へと乗り込んだ。


「聖女様たちも早くお乗りください」

「いや、ぼ……私たちは乗合馬車で行きますよ。それでは」

「あ、え? ま、まって──うわぁぁぁぁ」


 慌てて馬車から飛び出そうとして、大量に積み込んだ荷物に押しつぶされそうになるロベルトを後目に、僕たちは乗合馬車の駅へと向かった。


「しかし、なぜ乗合馬車なのだ? しかも、これは少し先の駅までの切符ではないか」


 ファヴィに教会の馬車に乗らなかった理由を聞かれて、僕は言葉に詰まる。理由が理由だけにファヴィに言うのは恥ずかしかったが、いずれは言わなければならないことでもあったため、勇気を出して言うことにした。


「そ、その……。僕は別の世界から来たんだけど、竜とか乗ったことないから、良かったらファヴィの背中に乗ってみたいな……。なんてね。あはは、失礼だよね?」

「我がユーリを乗せて飛ぶことに何の問題があるというのだ。そもそも、お前を迎えにいったのだぞ。当然、お前を背中に乗せて帰るつもりだったからな」

「えっ、いいの? それにミーナも一緒なんだけど……」

「もちろんだ。ユーリを手伝ってくれるのだろう。何ら問題ない」

「ありがとう」

「ふふっ」


 ファヴィが気分を害すると思って、なかなか言い出せなかったが……。実際に言ってみたら、少し嬉しそうに答えてくれて、心が温かくなるのを感じた。


「どうだ、乗り心地は」

「うん、とっても気持ちいいよ。凄い速いし」

「ふあぁぁぁ、はやいです!」


 乗合馬車で近くの駅まで行った後は、ファヴィの背中に乗って飛んでいく。もちろん竜の姿に戻ったおかげで天候は最悪だ。しかし、彼の背中に乗った途端、落雷だけでなく風圧などの影響を受けなくなっていた。それでいて、空を飛んでいると心地よい風が身体を抜けていく感覚があり、非常に快適な空の旅を楽しんでいた。ミーナも少し怖がっているようだが、それでも楽しんでいるようだった。


「それは良かった。もっとスピードを上げても平気か?」

「うん、風は感じるけど、息苦しい感じとか吹き飛ばされる感じがないから不思議だね」

「が、がんばりましゅ」

「はっはっは、それは我の加護の力だよ。それじゃあ、お言葉に甘えて速度を上げていくぞ」


 もちろん、楽しんでいたのは僕たちだけである。途中にある街や村では、突如として空が黒雲に覆われて、あちこちに落雷があり、さらには災厄の象徴である黒龍が飛ぶ姿が目撃されたことで、世界が滅亡するのではないかという噂が立ったりした。


 そんな下界の状況など、まったく知らない僕たちは超音速で空を駆け抜けて、その日のうちに目的地のドラゴンテイルの街まで到着してしまった。もちろん手前の駅で降りて乗合馬車で街に入ったので、先ほどまでの不穏な天気が嘘のように晴れ渡っていた。


「むむ、なんか今日は騒がしいな」

「そうですね。なんか街の人が浮足立っている気がします……」

「そうなの? 確かに人が大勢行き交っているけど、栄えている街だって聞いているし、こんな感じじゃないの?」

「栄えていると言っても、温泉を中心とした観光地だからな。普段はもっと落ち着いているぞ」

「なるほど……」


 確かにファヴィの言う通りであった。僕は日本にいた頃の渋谷のようなイメージで考えていたけど、観光地であることを考えると、この人通りはおかしかった。


「とりあえず、冒険者ギルドに行ってみようか」

「そうだな」

「はいっ」


 この時は、この騒ぎの原因が僕たちにあることなど、知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る