第四話 結界はあったようです①
「聖女ユーリ、結界について確認がある。大人しく付いてきてもらおうか」
僕たちの馬車が王都に入った瞬間、兵士たちに囲まれてしまった。
「ど、どういうこと? ロベルト」
「も、もしかしたら、結界装置が壊れたことで罪に問われるかもしれません。聖女様、覚悟を決めてください」
「ど、どういうことですか?!」
「聖女様には黙っておりましたが、聖女召喚の儀はたくさんのお金とたくさんの人たちの生贄によってなされたものなのです。それによって召喚された聖女が偽物だったとなれば……。俺たちの首が飛びます。それはもう、物理的に……」
「マジか……」
どうやら、上手くいかなかったら、退職金をもらうどころか物理的にクビになってしまうようだ。祝福の儀式が上手くいったことに胸を撫で下ろしつつ、腹黒メガネを睨みつける。
「何はともあれ、祝福が上手くいって良かったですよ。お陰でギロチンだけは回避できそうです」
安心したような笑顔でメガネをクイクイッと上げる腹黒メガネであった。
「とは言うけど、ここまで大げさに呼び出されているし、結界の件って言われたから、ヤバいと思うんだけど……」
「大丈夫です。そこはそれ、俺の首もかかってますからね。全力で言い訳をしまくりますよ」
「ふん、ユーリが聖女であろうがなかろうがどうでも良いことだ。お前たちが我の番を殺すつもりなら、王国を滅ぼすだけのこと」
「ちょっと、それだけはやめて! せめて僕を攫って山奥に引き込もる方でお願いします!」
僕が処刑されるという話になったことで、動揺した僕を落ち着けるために、ファヴィがいざとなったら王国を滅ぼす宣言を始めてしまった。慌てて彼を宥めてみたけど、ミーナに至っては顔を真っ青にして震えていた。
「なるほど、そういう手がありましたか……。ファヴィを焚きつければ、交渉がスムーズにいくかもしれません」
僕たちのやり取りを聞いていたロベルトが悪い笑顔でつぶやく。しかし、それを聞いたファヴィは不機嫌そうにロベルトを睨みつけた。
「俺が従うのはユーリだけだ。貴様の言うことなぞ聞かぬ。そもそも貴様に我が名を呼ぶ許可を与えてはおらんぞ。死にたくなければ慎むことだ」
「ひ、ひえぇぇぇぇ。ずびばぜんでじだ!」
地の底から響くようなドスの利いた声に、ロベルトは瞬時に震えあがり、土下座して謝罪を始める。彼の結果は自業自得というものだが、その様子を見せられているミーナは傍から見ても可哀そうなほどやつれていた。
「やれやれ、ファヴィもロベルトも落ち着いてよ。僕がしっかり国王に交渉してあげるからさ。聖女って偉いんでしょ?」
「ま、まあ、王国の最高権威が国王なら、教会の最高権威は聖女ですからね……」
「それなら、堂々としていなきゃ。完全に失敗した訳じゃないんだから」
「そうだな。まあ、ユーリには我が付いておる。安心せよ」
「ありがとう、ファヴィ。助かるよ」
「ふっ、お安い御用だ」
そんな話をしている間に厳戒態勢で王宮まで連れてこられた僕たちは、そのまま謁見の間に連れてこられた。
「聖女様が参りました!」
案内してくれた衛兵が声を上げると、謁見の間の左右に控えている衛兵たちが一斉に敬礼をする。その中を玉座の前までやってくる。
「やっと参ったか……」
そう言って国王は立ち上がると、僕の目の前までやってきて跪いた。
「えっ?」
状況が呑み込めずに変な声が出てしまった。ロベルトから聞いた話では、国王と聖女は同格のハズ。だが、今の状況は聖女である僕の方が立場が上であることを示していた。
「あの……、何で跪いているんでしょうか?」
「それは結界により、王都を危機から救ってくださったからでございます」
「えーと、調子が悪くて結界が上手く張れてないって言ってますよね?」
「関係ありませぬ!」
どうやら結界を破壊してしまった理由として、調子が悪かった、というのは彼らには受け入れられなかったようだ。それなら、僕の方がヤバいはずなのだが、明らかに状況がかみ合っていなかった。
「えーと、結界が上手く張れなかったんですけど、調子が悪かった、っていう理由は通らないってことですか?」
「……何を、ご冗談を。伝説の黒龍を退けるほどの結界を張っておきながら、調子が悪かったなどと、人が悪い」
「伝説の黒龍? 退けたってどういうことですか?」
「先ほど、王都に伝説の黒龍が襲撃してきたのです。しかし、結界に弾かれて、すぐに南へと飛び去ってしまいました」
「……?!」
どういうことかとファヴィを睨みつける。しかし、当の本人は何も知らないと言うように首を全力で横に振っていた。
「これまで、結界で防げるのはオークやゴブリンなどの下級の魔物だけだと思っておりましたので、王国は終わりだと思っておりました。しかし、聖女様の結界により王国は黒龍の魔の手から救われたのです。この功績を称えて、王国では聖女様に伯爵位と王家直轄領を授けよう」
「ええええ?」
処刑どころか、爵位と領地を与える流れになっていた。
「いいえ、結構です」
「?!」
その重荷過ぎる功績にお断りを入れたら、国王の顔が真っ青になった。
「なるほど、伯爵位程度では足りぬと言うことか。仕方ない。聖女様に王位を譲るとしよう」
「ちょ、やめっ。それはマジでやめて!」
国王は断腸の思いだと分かるほどに思いつめた表情で、僕に王位を譲ろうとしてきたので大慌てで押し留める。
「では、伯爵位と領地でよろしいか?」
「……はい」
「それでは、授ける領地を決めるとしようか」
再び王位を譲ると言い出しそうだったので、大人しく伯爵位を頂くことにした。そのことに満足した国王は宰相に命令して、僕たちの前に地図を広げさせる。あまりの手際の良さに、僕たちが戻る前には方針決定をしていたに違いない。
「うーん、どこがいいんだろう」
この世界に来て日が浅いため、地図を眺めてはみたものの、どこが良いのか全く分からなかった。なるべく価値が低そうなところを探していく。とりあえずは、王都の近くの領地は除外して探してみることにした。
「あ、ここなんかいいかも」
僕が指し示したのは、王家直轄領にありながら孤立している山のふもとの街だった。さほど大きくもなく、山の麓と言うこともあり、王家にとっても痛くは無いはずだった。
「なるほど、さすが聖女様。お目が高い」
「えっ?」
「この街は王国で唯一、天然の温泉が湧き出るところだ。それに加えて北の山脈には強力な魔物も多く、冒険者たちの拠点ともなっている街だから、王家直轄領の中でも活気のある街だ」
「強力な魔物なんていたか……?」
「いやいや、やっぱり別の所でいいですか?」
国王の言葉に首を傾げるファヴィと慌てて別の場所にして欲しいという僕を見ながら、彼は首を横に振った。
「いや、これも何かの縁だ。この山には伝説の黒龍が眠っているという噂もある。まさに黒龍を退けた聖女様に相応しい土地であろう」
そう言って、半ば強引に爵位と領地を押し付けられた僕は失意のうちに王宮を後にした。
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