第三話 祝福したら竜がやってきたようです②
「見つけたぞ……」
僕が声のする方を見ると、巨大な漆黒の竜が空に浮かんでいた。
「バカな、黒龍だと!?」
「知っているのか、ロベルト!」
「うむ、黒龍はイリアス王国の前身であるイリアス大帝国を一晩で滅ぼしたと言われるドラゴンだ。かの者のある所には雲が暗く垂れこめて、稲妻が鳴り響き、嵐が起こると言う。その嵐を自在に操り、口からは炎を吐き、しかし、その鱗はあらゆる武器や兵器を跳ね返すと言われている。まさに災厄のような伝説だ」
「伝説……?」
伝説って……、目の前にいるんですけど。そう訴えながら、ロベルトの目を見るが、彼にとってもお手上げのようだった。
「黒龍だ」
「なんで、こんなところに……」
「村はもうおしまいだ。せっかく聖女様に祝福してもらったのに……」
お手上げなのは村人たちも同じようで、黒龍を見上げながら、揃って頭を抱えていた。ロベルトの『お手上げ』もいわゆる人生の終わりを意味する『お手上げ』のようだ。そのことに気付いて、再び黒龍を見上げる。一瞬、黒龍と目が合ったような気がした。その直後、黒龍はこちらに向かって静かに降りてくる──より先に稲妻が僕に直撃した。
「うわぁぁぁぁ」
再び雷に打たれて弾き飛ばされる僕を追いかけるように地面スレスレを滑空しながら、僕の前に降り立った。周りの人たちは「ひぃぃぃぃ」という悲鳴を上げるだけで何の役にも立たなそうだ。
「見つけたぞ……。お前を迎えにきたぞ……」
「その前に、言うことがあるんじゃないの?」
「何だと!?」
そう、この雷の原因が黒龍なのであれば、先ほど吹き飛ばされたのは、こいつが原因で間違いない。なのに、ごめんなさい、の一言もなく、迎えに来たとか失礼じゃないだろうか。
「おーけー、まずは、この天気を何とかしてよ。さっき雷に打たれたの見たでしょ? それとも、ぼ……私を殺しに来たんですか?」
「い、いや、それはない。だが、この天気は我の力では……。いや、少し待っておれ」
そう言って、黒龍は黒い鱗の鎧をまとった長い黒髪を持ち背の高い美形の青年に変化した。それと共に、先ほどまで不穏だった空模様は、一転して青空に変わっていた。
「これでどうだ?」
「うん、問題ないね。それで何の用なの?」
雷に打たれる心配のなくなった僕に、もはや敵などいなかった。黒龍に向き合うと、用件を尋ねる。
「先ほども言ったが……。お前を迎えに来た。お前は我の番なのだ」
「番?」
「最も愛しいと感じる恋人だと思えばよい」
「ふぅん。それでどうするつもりなの? ぼ……私は王都に戻る予定なんだけど」
「お前が我の下に来ないと言うのであれば、我がお前に付いていくだけだ」
それも当然か……。などと考えていると、ロベルトが会話に割り込んできた。
「恐れながら、黒龍様。あなたほどの方が王都に来られますと、国民が困惑されます」
「ならば、どうすれば良いのだ?」
「ええっと……。聖女様を連れて行っていただいた方が……」
どうやら、ロベルトは私を黒龍に売り払うつもりのようだ。さすが腹黒メガネ。痺れも憧れも無いけど……。しかし、そんな話を黙って聞いているような村人たちではなかった。
「おい、聖女様を生贄にするつもりか? 俺たちの村に祝福を与えてくれた聖女様を……」
「え、あ……」
「どうなんだ? 王国は聖女様を裏切るのか? そんなら俺たちだって考えはあるぞ」
「あ、いや、聖女様は渡しません。渡しませんから……」
「ならば、我が王都に付いていく、ということで良いのだな」
「いや、それは……」
教会で一番偉いはずの大司教であるロベルトだが、まるで中間管理職のように村人の突き上げと王都の平和の板挟み状態になっていた。その間にも、チラチラと助けてほしそうにこちらを見ていた。正直、こっち見られても助けられるような力はない。気分的には、こっち見んな、って感じなんだけど……。
「そもそも、その姿には、どのくらい変化してられるの?」
「どのくらい? 好きなだけ、この姿でいられるが」
「それなら問題ないんじゃないの? ねえ、村長さん。この姿だったら怖いと思う?」
「そ、そう言われれば、あんまり威圧感がありませんね」
村長の言葉に村人たちも揃って頷いていた。実際、僕から見ても人型になってからは怖いと感じなくなっていた。
「それじゃあ、王都に連れて行ってもいいですよね? ロベルト大司教」
あえて笑顔で腹黒メガネに詰め寄る。しかし、彼も強情で、一向に首を縦に振ろうとはしなかった。
「しかしですよ。こんな危険な魔物を王都に入れられるわけないじゃないですか。いつ爆発するか分からないんですよ」
「我の番に意見するなど不敬であるぞ。お前のようなゴミは跪いて命令に従うだけでいいのだ」
ロベルトの勝手な主張に黒龍が怒りの感情を向けると、頭を抱えて蹲ってしまった。もちろん、勝手、というのは黒龍にとっての、だけど。
「分かった。そこまで言うなら王都に来ても良いけど、条件がある」
「何だ?」
「さっき、黒龍がぼ……私の命令に従うだけでいいって言ってたけど、それを君にも適用してもらう。要するに、少なくとも王都にいる間は僕の命令を絶対だと思うように」
「ふん、なんだ、その程度か。容易いことだ」
「ロベルト大司教もよろしいですよね?」
「う、ま、まあいいだろう」
僕が決めた落としどころに、納得しきれない様子ではあったが、それ以上の譲歩を引き出すのが難しいと思ったのか、しぶしぶながらも納得してくれたようだ。
「細かいルールなんかは王都に戻って決めよう。それでいいよね?」
「もちろんだ。ふふふ、久々の人間の街。楽しみではある」
何故か、僕以上にノリノリの黒龍だった。そう考えて、今さらながら彼の名前を知らないことを思い出したので、さりげなく聞いてみることにした。
「ふふふ、良かった。あ、私の名前はユーリって言うんだけど……」
「ユーリか、いい名前だな。我の名前はファーヴニルだ、ファヴィと呼ぶがよい」
「ファヴィだね。それじゃあ、これからよろしく頼むよ」
「ああ、任せておけ」
「ユーリ様、ファヴィ様、お茶でございます」
固く握手を交わした僕とファヴィとお茶を差し出してくれたミーナの横で、ロベルトはため息をつきながら窓の外を見ていた。
「はぁ、とんでもないことになりました……」
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