第三話 祝福したら竜がやってきたようです①
「あぁぁぁ、着いたぁぁぁぁ!」
「お疲れ様です。聖女様」
「あぁぁ、ありがとうぅぅ」
お尻をさすりながら馬車を降りると、ミーナが草むらの上にシートを敷いてくれた。お尻が痛くて硬い所に座れないことに対する配慮に感動してしまった。遠慮なくシートの上に座って休憩している間に、ミーナは村の人たちに話をしに行ってくれた。
「聖女様。村の宿屋を確保いたしましたので、そちらに参りましょう」
「分かりました。それから、聖女様は堅苦しいのでユーリって呼んでくれないかな?」
「……わかりました。ユーリ様」
名前で呼んで欲しいと伝えると、少し躊躇いがちだったが、提案を受け入れてくれたようだ。少し気安い関係になった僕たちは宿へと向かう。荷物を部屋に置いて、僕は少し硬いベッドに腰かけてミーナに尋ねる。
「祝福って、どんなことをすればいいの?」
「えっと、準備は皆さんがやりますので、ユーリ様は祭壇の前で祈りを捧げていただければ」
「ちなみに、祝福って成功したかどうかって、どうやって判断するの?」
「えっと、光が地面に降り注ぐ、ことがあります。いつも、という訳ではありませんが……」
どうやら、祝福が上手くいったかどうかというのは、傍目にもわかるものらしい。当然ながら、そんなことができるはずもなく、僕の聖女ライフは終了目前だ。
「そんな浮かない顔をして、どうしました?」
「いや、祝福が上手くいくと光が地面に降り注ぐんですよね。そんなの無理ですよ。もうぼ……私は終わりです」
ロベルトが不思議そうに尋ねてくるので、ため息をついて先ほどの話をすると、彼は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふ、聖女ユーリ様らしくもない。あなたはもっと挑戦的な人間ではありませんか」
「いやいや、一度もそんなことなかったですよね?」
むしろ聖女なんか、退職金をもらって辞めたいくらいだ。
「冗談ですよ。そんな奇跡みたいなことは滅多に起こることじゃありません。祈りを捧げるのが重要なんです。それに──」
「それに?」
「私とて聖職者の端くれ。一度や二度の失敗で見捨てるような真似はしませんよ。だから、簡単に辞められると思ったら大間違いです」
そういう所だけ聖職者っぽく振舞うところが腹黒メガネの所以とも言える。その一方で、僕が辞めないように必死になっているようにも見えることが気になっていた。
「もしかして……。ぼ……私が聖女じゃないと都合が悪いとか……」
「……そ、そんなことあるわけないじゃないですかぁ。俺は大司教ですよ。一番偉いんですから!」
明らかに図星とも言える態度に、僕の不信感はますます大きくなっていく。しかし、ここで追及したところで正直に話すとは思えなかった。
「ユーリ様。準備が整いました」
儀式の準備が整ったとのことで、ミーナが僕のところにやってきた。彼女はテキパキと法衣を着付けていく。幸いにも、今回は動けなくなるほど重くはないようだった。
「よし、それじゃあ。行こうか」
「はい、ユーリ様」
◇◇◇
ユーリが儀式に向かっている頃、王都は混乱の極みにあった。空は黒い雲が低く垂れこめて、雷鳴が鳴り響き、あちこちに稲妻が降り注いでいた。
「こ、これは……。もしや、かの伝説の黒龍ではないか……?」
「へ、陛下。あちらの空を!」
側付きの兵士が指差した方向には、嵐の中を悠然と飛ぶ漆黒の竜の姿があった。その姿を国王リチャードはカッと目を見開いて凝視していた。
「まさか、伝説の黒龍が存在していたとは……。もう、王国はお終いだ!」
「陛下、お気を確かに!」
空を見上げながら、絶望の声を上げる国王を叱咤激励する兵士だが、彼もまた絶望に囚われようとしていた。そんな中、黒龍は王都の上空を旋回しつづける。それはいつでも王国など滅ぼせると言わんとしているようだった。
「んんん? あれ、いないぞ? どこだ?」
一方の黒龍は番がいるはずの王都上空を旋回しながら詳しい場所を探していた。しかし、どこから探そうとしても南を指し示すだけだった。
「もしや、王都にいない? もっと南か!」
番のいない王都に用はないとばかりに、黒龍は南へと飛び去って行った。その姿を見送った国王をはじめとする王都の人々は一様に胸を撫で下ろす。
「そう言えば、先ほど新しい聖女が結界の修復の儀式を行ったそうだな……」
「はっ、ただ、調子が悪かったらしく、効果はあまり見込めないとのことです」
「ふむ……」
国王は黒龍を撃退したであろう王都の結界について思案していた。これまで、結界は中級程度の魔物を防ぐ程度の効果はあったが、魔王をはじめとする上級魔族や黒龍をはじめとする上位竜種は防げないとされていた。そして、彼自身もそこまで期待するものではないと納得していたのだが……。
「調子が悪くて、効果が見込めない、だと? それで黒龍を撃退できるわけが無いだろうが! ワシをバカにするのもいい加減にしろ!」
「陛下、落ち着いてください!」
報告に聞いていたのと、あまりに乖離した結果を見た彼の心に去来したのは怒りの感情だった。
「大丈夫だ。少し想定外過ぎて昂っていたようだ。しかし……。今回の聖女はもしかしたら規格外の能力の持ち主かもしれぬな」
「左様でございます」
「よし、お前たち、聖女様が戻られたら、丁重に王宮に連れてくるのだ。結界について詳しく問い詰めねばならんからな」
「「「はっ」」」
国王の発した号令に兵士たちが敬礼をして応える。そして、王都に戻った聖女を捕獲するために、王城から出ていった。
◇◇◇
黒龍が飛び去り、結界についての疑義が発生していた頃、僕は祭壇の前で祈りを捧げていた。空模様は先ほどから黒い雲が立ち込めていて、不穏な空気が漂っていた。そんな中にあっても、聖女として必死に祈りを捧げていた。しかし、祝福を与える力など元からないため、祈っても祈っても何も起こらなかった。
それどころか、そのうち雷鳴まで鳴り響いてきた。
「あ、マズいかも……」
祈りながら、そんなつぶやきが漏れる。ご存知の通り、僕はとてつもなく運が悪い。そんな状況で落雷とかあったら、確実に僕の真上に落ちるに違いなかった。祈りを捧げる聖女に雷が落ちるなんて最悪の展開だろう。僕は落雷が無いように必死に祈りを捧げていた。
「あっ、ヤバい!」
しかし、元より効果のない祈りに、どんな願いを込めたところで効果があるはずもなく、黒雲の隙間から三本の稲妻が降り注いだ──僕の頭の上に。
「うわああああぁぁぁぁ」
三本の落雷を受けた僕は、その衝撃で弾き飛ばされてしまう。それと同時に落雷の衝撃は祭壇も粉々にしてしまった。落雷のあった場所で無事なのは丈夫な僕の身体だけだった。
「ああああ、これはもうダメだぁぁぁぁ」
雷に打たれただけでなく、祭壇まで破壊されてしまった。突然の出来事に少しの間、呆然としてしまったが、我に返って振り返ると、村民たちは揃って大口を開けていた。
「あははは、祭壇、壊れちゃいましたね」
違う、そんなことを言いたいんじゃない。ちゃんとした言い訳をしないと、このまま聖女ライフが終了してしまう。もちろん退職金は腹黒メガネから頂くことには違いが無いが、いきなり終了となって、素直に払ってくれるかどうかは賭けになるだろう。自他ともに認める運の悪さを持つ僕にとって、賭けというのは必ず負けるものだった。
「ま、まさか、ぼ……私も雷が落ちてくるなんて、予想できませんでしたよ。自然災害ですし、仕方ないですよね……。あははは……」
居た堪れない空気の中、僕が必死で取り繕っていると、村長と思しき人が突然叫び出した。
「光だ!」
「「「そうだ、光だ!」」」
「まさか……、光が地面に降り注ぐのを、生きているうちに、この目で見ることができるとは……」
村長の叫び声に呼応するように叫び声を上げた村人たちは、今度は僕に向かって祈りを捧げていた。状況が良く呑み込めない僕ではあったが、許される雰囲気になってきたので、このまま押し切ることにした。
「みなさん、顔を上げてください。祝福の儀式は多少のトラブルはありましたが、無事に天へと届けられました」
「新しい聖女様はさすがだな」
「このところ聖女様の祈りなんてっていう話もあったけど、今回の聖女様は別格だなや」
「聖女様の奇跡が……」
僕が顔を上げて普通に接するようにお願いしたが、彼らは一瞬だけ頭を上げただけで、さらに激しく祈りを捧げていた。その姿は、聖女である僕よりも遥かに信心深い行いのように見えた。もっとも、僕は決して信心深いわけではないが、それでも腹黒メガネよりはマシだと思っている。
「よかった……」
「言ったじゃありませんか。やってみたら上手くいくかもしれないと」
「
問題が無かったわけじゃないけど、無事に祝福の儀式を村人に受け入れてもらえたことに僕たちは安堵していた。しかし、僕はこの時、自分自身の運の悪さを侮っていた。満足のいく結果に浸りながら帰り支度をしようと思っていると、急に突風が吹いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます