第八話 魔王が王都に向かっているようです②
そのころ、魔王はひたすら王都に向かって飛んでいた──わけではなく、あちこちに立ち寄ってお土産を買っていた。
「おお、これは美味しそうなお菓子だな。店主、これを貰ってくぞ」
「へい、こちらは100ゴールドでさぁ」
「ツケで頼む。じゃあな」
お菓子の箱を五箱ほど袋に詰め込んで、そのまま飛び去って行った。彼の背後からは「泥棒だー!」という声が聞こえたが、魔王がそんな声を気にするはずもなく、次の街へと飛んでいく。そんな調子で各所を回っていったため、魔王が王都に着くころには、既に日が落ちかけていた。
「ふむ、王都に着いたが、もう夜ではないか。仕方ない、ここの宿で一泊して明日滅ぼすとするか」
魔王は王都に降り立つと、道行く人に宿の場所を尋ねて、一番高級な宿に宿泊することにした。
「主人、一番いいのを頼む」
「はいよ、十万ゴールドだ」
「ツケで頼む」
「できるか、ボケがっ」
「手荒な真似はしたくなかったが、致し方あるまい。『魅了』」
魔王の手から放たれたピンクのハート形の光線が宿の主人を射抜く。その瞬間、主人の魔王に向ける視線が変わった。
「むむ、仕方ないだろう。一番いい部屋をあてがってやる。その代わり、俺もそこに泊まるからな」
「やむを得ないな。それくらいは認めてやる」
「よし、それじゃあ交渉成立だ」
魔王は部屋の鍵を受け取ると、最上階へと向かう。そこはいわゆるスイートルームと呼ばれる部屋だった。もちろん、一番いい部屋と入っても、だいぶ年季の入った部屋ではあるが……。
「まあまあではないか。俺が一夜を過ごすに相応しい部屋だと言えよう」
そう言いつつ、何をするわけでもなくベッドに結界を張ると、そのまますやすやと寝てしまった。寝ている間、少しだけ外が騒がしい気がしたが、魔界では常に命を狙われる魔王にとって日常茶飯事のようなものだった。むしろ、この日の騒がしさは普段に比べれば静かなもので、朝までゆっくりと休むことができた。
翌朝、魔王の朝は早い。まだ日もろくに上っていない時間に起きると、結界に宿の主人が張り付いて寝ているのが見えた。どうやら結界を破ろうとして力尽きたらしい。少し思案してから、結界と魅了を解除した。結界がなくなり、地面に落ちた主人は、その衝撃で目を覚ました。
「いててて、おい、昨日、ここに泊るって言ってただろうが。変な魔法使って入れないようにしやがって……」
「入るも何も、ベッドは隣にもあるではないか。そちらに寝れば良かろう」
「何言ってんだ。お前と同じベッドに寝なきゃ意味がねえだろうが」
「なにゆえに?」
「なにゆえって……。なんでだ?」
「俺はお前の指示に従って、部屋の鍵も開けていたし、隣のベッドには結界を張っていなかったぞ。文句はあるまい」
「ん……。ああ、よく覚えちゃいねえが、確かに俺の言った条件には従っているようだな。何でそんな条件出したか意味が分からねえが……」
魔王に言いくるめられて、宿の主人は頭をかきながら部屋から出ていった。魅了が解除されたことで、交渉した理由まで失われてしまったようだ。宿の主人を見送って、魔王は朝の支度を整えて、宿から飛び立つ。もちろん、宿のアメニティは全てカバンに突っ込んである。彼の行動に抜かりはなかった。
「よし、ならば行くぞ。今日、ここから、俺の覇道は始まるのだ」
そう言って、魔王は王都の上空へと飛び立った。
「クククッ。あの時、俺を辱めた王国に正義の鉄槌を降すのだ」
そう言いながら、両手を上げ、そこに膨大な魔力を集中させる。それは、そのまま王都に降り注いだだけでも甚大な被害を及ぼすほどのものである。
「そうはさせませんよ」
魔王の集めた魔力に向けて、五本の光の槍が放たれた。
「何者だ」
「ふふふっ、お久しぶりですね。アークヴァレンツァ」
「き、貴様は……ロベルトかッ。貴様のせいで俺は牢屋に閉じ込められたんだぞ!」
魔王はロベルトに向かって牙を剥いて怒りをぶつける。しかし、そんな魔王の怒気などどこ吹く風でロベルトは受け流していた。
「どうせ、またあちこちで無銭飲食をしてきたのでしょう。今回も大人しく牢屋に入ってもらいましょうか」
「ふざけるな! 俺はツケてもらってるだけだ。お金ができたら、ちゃんと払う……つもりだ!」
「信用の無い人にはツケなんて認められませんよ。あなたみたいなねッッ。ホーリーランス!」
ロベルトが再び光の槍を放つも、魔王は手を軽くかざしただけで振り払ってしまった。
「くくくっ。以前の俺と一緒にしてもらっては困るな。勇者のいない大賢者など、あれから鍛錬を重ねた俺の敵ではないわ! グラヴィティ・ハンマー!」
「くっ、そんな努力するくらいなら、仕事をしなさい。エル・グロウリィ!」
闇の魔力によるハンマーと光の魔力による球体が、王都上空でぶつかり莫大な衝撃波を放つ。建物や人に被害は無さそうではあるが、地面が衝撃により振動する。王都の人たちの悲鳴が聞こえるが、ロベルトは無視して魔王と向き合ったまま、魔力を練っていく。
「ふん、そこまで衰えてはおらぬか」
「な、舐められては困ります……」
涼しい顔をしている魔王に対して、ロベルトの表情は明らかに激しく消耗していることを物語っていた。魔王を警戒しながら、ちらりと教会の方を見る。そこには魔王襲撃を報せるため、聖女ユーリの部屋へとミーナが向かっているハズであった。
その頃、ミーナはユーリの部屋の扉を激しく叩いていた。それだけでなく、無理矢理に扉を開けようとも試みていたが、びくともしなかった。
「何なのこれ……。ユーリ様を呼び出すどころか、中に入ることすらできないじゃない」
こうしている間にも、ロベルトは命を削って魔王と戦っているのである。こんなところで挫けるわけにはいかないと、ミーナは扉に体当たりし続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます