第一話 聖女召喚されたようです②

「おお、聖女様が召喚されたぞ!」


 僕の前に立って見下ろしてくる白いローブを纏ったメガネをかけた青年の声によって、一斉に歓声が湧き上がる。


「さあ、聖女様。お手を……」


 そう言って、彼は手を差し伸べてくる。


「いいえ、人違いです。聖女じゃありません。……えっ?」

「えっ?」


 慌てて聖女であることを否定する。そして、自分の出した明らかに女の子だと分かる声に驚いてしまった。それと同時に彼も聖女であることを否定されたことに驚いていた。


「ふふふ、ご冗談を。俺の目は誤魔化せませんよ。あなたは間違いなく聖女様でございます」


 おそらく安心させるつもりなのだろう。彼は柔らかい微笑みを浮かべながら落ち着いた声で言ってきた。仕方なく、その手を取って立ち上がると、彼の背がとても高く見えた。


「ロベルト。ロベルト・アーケリアスと申します。聖女様」

「ぼ……私の名前はユーリです」

「それでは聖女ユーリよ。とりあえずは、その服を何とかしましょう。湯浴みと着替えの準備はできておりますよ」


 良く見ると、僕の服は召喚前に来ていたスーツではなく、ぼろきれのような布だった。女の子となった身体は、少し縮んでいて、胸の所が少しだけ膨らんでいた。

 そんな僕の身体を、彼は両腕で抱えた。粗末な服のまま、彼の腕に抱かれただけでなく、彼のイケメンな顔が近くにあって恥ずかしさに顔が赤くなっているように感じた。しかし、彼は僕の身体をしっかりと抱きかかえたまま奥の部屋へと向かった。


「こちらが聖女様です。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」

「「はい」」


 二人の女神官の前で静かに下ろされると、今度は彼女たちに部屋の中へ案内された。


「まずは、こちらで湯浴みをしていただきます」


 部屋に入ると、すぐに着ていたものを脱がされて浴槽へと放り込まれる。そして、長い時間をかけて全身を撫でられた。男だった時と違って、全身の肌が敏感になっているらしく、入浴中はくすぐったさと戦う地獄のような時間だった。そんな地獄のような入浴が終わり、白を基調としたローブのような服を着せられて、ロベルトの前に突き出された。


「ふふふ、馬子にも衣装ってヤツだな」


 そんな失礼なことを言ってくるが、この世界のことがまるで分からない僕にとって、彼との関係は生命線だ。なるべく穏便に済ませるために冷静を装っていた。


「悪かった。少し揶揄いたくなってしまったよ。そんな怒った顔をしないで、ね?」


 しかし、上手く装えていなかったようで、彼は申し訳なさそうに言ってきた。微笑む彼の顔は正直ヤバいと思った。いまだに自分が男だと思っているせいで、彼の笑顔を直視してしまった。その瞬間、お腹のあたりがきゅうんってなっちゃって、心臓がバクバク言い始める。


「わ、わかりましたから。それで何の用ですか?」

「ふふっ、お披露目、だよ。聖女のね」


 ドキドキが収まらず目を逸らしながら尋ねると、そう答える。もったいぶった言葉に引っかかりを覚えたものの、彼に付いていくより他にはなさそうなので、大人しく付いていくことにした。


 そうしてたどり着いた先は、だだっ広いホールだった。中央には石の舞台があり、その周りには大勢の人がひしめき合っていた。


「ひぃっ」

「大丈夫、俺が付いているから」


 そう言われて、僕は半ば強引に舞台の上に引っ張り上げられた。恥ずかしさもあって俯き加減になっている僕をよそに、ロベルトが勝手に新しい聖女のお披露目を始める。


「皆の者、こちらが先ほど召喚により、この世界にやってきた、聖女ユーリです。これから正式に聖女として王国民のために祈りを捧げてまいります」


 彼の言葉に反応して、人々が歓声を上げる。その歓声が収まるのを待って、彼は演説を続ける。


「これから聖女として、王都の結界、瘴気の浄化、傷病者の治療など、粉骨砕身してまいりますので、皆様、よろしくお願いいたします!」


 思わず、ロベルトの後頭部を引っぱたきそうになって、慌てて左手で右手を抑え込む。勝手に話を進めんじゃねえ、と言いたくなる気持ちを抑えて、乾いた笑顔を貼り付ける。そもそも、聖女としての能力が無いし、粉骨砕身とかわが身を犠牲にしてまで頑張る気持ちもなかった。


 そんな詐欺っぽいどころか、詐欺でしかない演説が終わって、二人でお辞儀をして部屋へと戻る。一足先に僕が中に入って、先ほどの仰々しい服ではなく、ラフな服装に着替え終わってから、ロベルトが部屋の中へと入ってきた。


「お疲れさまでした、聖女ユーリ。そういうことなので、明日から、よろしくお願いしますね」

「いやいや、さっきから何もできないって言ってますよね? そもそも、聖女なんかじゃないって……」

「俺は聖女様のステータスが見れるんです。もちろん、称号として聖女と書かれていることもね」

「いや、それ、称号だけですって。自称神の爺さんが称号しかくれなかったんです」

「不敬な物言いではありますが……。神と対面されたということは、ユーリ様は紛うことなき聖女ということにでしょう」


 いくら言い張っても、彼は僕が聖女でないことを認めないだろう。そう考えて、今度は攻め方を変えることにした。


「それじゃあ、分かりました。では契約をしましょう」

「どういった契約ですか?」

「一つ目は、あなたが聖女に相応しい能力があるか見極めること、そして、能力がないと判断した場合は速やかに聖女の任から解くこと。二つ目は聖女の任を解く際に、退職金として五年分の給与を支払うこと」

「ふむ、それは良いですが……。そもそも聖女は無給なんですよ……。なので、五年分でもゼロです」

「えっ? 何それ。今すぐ辞めます!」


 たぶん、福利厚生的なヤツが充実してるんだろうけど、タダ働きと言われて頑張れるほど人間ができている訳でもなかった。


「それは困りました……。分かりました。仕方ないので、庶民の年収の十倍を毎月お支払いする、ということでどうでしょうか?」

「わかりました。それでは解任されるまで聖女として頑張りましゅ……」


 噛んだ。肝心なところで噛んでしまったよ……。だがしかし、今のところは聖女なので、無かった事にして話を続けることにした。そんなに貰えるなら、焦って辞める必要もないだろう。という打算的な考えもあった。


「す。それから粉骨砕身とかイヤですから、人間的な生活の保障を要求します!」

「人間的な生活がどういう意味かわかりませんが、そもそも聖女様がそんなに動くことはありませんよ。粉骨砕身って言うのは、単なる意気込みです。まともに受け取る人なんかいませんよ。ははは」


 他人事だと思って、あっけらかんと笑うロベルトを張り倒したくなったが、辛うじて自重する。この短い時間で何回煽れば気が済むのだろうか、このメガネは……。


「でも、癒しを求める人なんてたくさんいると思うんですけど……」


 病気や怪我なんてありふれたものだ。聖女に助けを求める人が少ない訳がないのは自明だろう。


「ああ、そういうことですか。求める人を全員助けるわけないじゃないですか。ちゃんとお布施を払って──寄付してくれた人だけに決まってるじゃないですか。聖女はタダじゃないんですよ」


 聖職者とは思えない俗っぽい発言に、彼が腹黒メガネじゃないかという疑惑が湧き上がってくる。


「でも、それでも……。ぼ……私が助けたいと思ったらお布施に関係なく助けても良いんですよね?」

「ダメに決まってるじゃないですか。そんなことをしたら、みんなお布施をケチるに決まってます。むしろ、お布施を出せば出すほど優遇されると思わせる必要があるのです」


 この時、僕は完全に彼を腹黒メガネ認定した。先ほどときめいていたが嘘のように冷めていく。ただ、僕のために仕事を減らしてくれると考えて、知り合い程度には付き合ってあげても良いと考え始めていた。


「わかりました。それでは、お仕事についてはロベルト様にお任せいたします」

「かしこまりました。何なりと言いつけてください。それでさっそくで申し訳ないのですが……」

「何ですか? 仕事ですか?」

「はい、王都の結界の修復が必要な時期に来ておりまして、是非とも聖女様にご協力いただきたいと。その後、立て続けで申し訳ないのですが、ゴールデンファームの村に豊穣の祝福を行っていただきたいのですが……」

「先ほど、どちらもできないって言いましたよね。これは聖女辞めるしかないです」


 その時、ロベルトのメガネがキラーンと光った。


「できないかどうかなんて、やってみないと分かりませんよ。神に選ばれた聖女ユーリ様であれば、やってみたら、できちゃった。なんてことも無いとは言い切れないでしょう?」

「うっ、そ、それはそうかもしれないけど。そもそもステータス見れるって言ってましたよね? それなら結界とか祝福を使えないの分かりますよね?」

「ふっ、偉い人は言いました。ステータスなど飾り、だと」

「いやいや、聖女の称号は思いっきり信用してますよね?」

「何を言っているのですか、称号だけで聖女だと認めてるわけではありませんよ。そもそもユーリ様は聖女召喚の儀式で召喚されたわけです。それに加えて、神と対面されているのです。これはもはや疑いようもなく聖女様でございます。決して称号だけで決めているわけではございません」


 あっという間にロベルトに追い詰められてしまった。もはや、反論したくても何も言い返せない。


「まあ、正直言いますと……。もう、受けちゃったんで、とりあえず形だけでもやってもらえれば問題ありません」

「問題しかないわ……」


 できるかどうか分からないのにできると答える。そんな人を会社で良く見たものだった。会社に勤めていた時は、死ぬ気で終わらせないと解雇されて路頭に迷うという恐怖があった。だからこそ、そんな不条理にも必死で頑張ってきた。


 だが、今は違うッッッ!


 解雇上等! 退職金をたんまりふんだくってやる! そして、憧れのスローライフだ!


「わかりました。やりましょう」


 そんな思惑を腹に抱えたまま、笑顔で彼に応えるのだった。

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