聖女(仮)~名ばかりの召喚聖女は退職金でスローライフを目指します~

ケロ王

第一章 聖女(仮)はスローライフをお望みです

第一話 聖女召喚されたようです①

二階堂悠里にかいどうゆうりよ。お前は聖女として異世界グロウワーズに行くのだ」


 気付いたら、僕の目の前には白いひげを生やしたお爺さんがいて、意味不明なことを喋っていた。そもそも、聖女と言っているけど、僕は男である。名前から女性と間違えられることはあるけど、面と向かって間違えられたことは初めてだった。


「あ、もしかして……。はいはい、お家はどこですか?」

「バカもん、ボケとらんわ!」

「そう言えば……。ここはどこだろう。そこの爺さん、ここってどこか分かります?」

「話を聞けっ! ここにいるのは何故か思い出すのだ!」


 目の前の爺さんにボケてるとは思えないくらい凄い剣幕で怒鳴られて、ここにいる原因について思い出してみることにした。


 ◇◇◇


 今日も僕は終電で会社から帰宅しているところだった。勤務先はブラック企業というヤツで、書類上は朝九時から夕方五時までの勤務時間なのだが、実際には朝六時に出社して終電で帰るという毎日を送っていた。


「とは言うものの、この会社に拾ってもらわれなければ路頭に迷ってたところだからなぁ……」


 僕は昔からとても運が悪かった。この職場も、何社も落ちて、何とか潜り込めた会社だった。ブラック企業とは言うものの、仕事が忙しいというわけではなかった。だが、そのことを隣の席の倉敷洋子くらしきようこさんに話したら、ジト目で睨まれてしまった。


「それは、二階堂先輩が、ちゃんと仕事をしてくれないからですよっ。もう、いつもいつもちゃんとしてって言ってるのに……」

「あはは、これでもちゃんとしてるつもりなんだよね。この間は、完成した試作品を運んでいたら、偶然落ちていたバナナを踏んで滑って壊しちゃっただけなんだよ」

「その、バナナを踏んで滑って転ぶっていうのが、ちゃんとしていないってことなんです!」


 もの凄い勢いで詰め寄ってくる彼女にたじたじになりながらも、必死で言い訳を考えていた。


「そ、そんなこと言われても、そこにバナナを捨てた人が悪いんだよ」

「この際だから、言わせてもらいますけど、普通の人はバナナで転びませんから!」

「あはは、面目ない」


 プリプリと怒りながらも、これ以上は僕に何か言っても無駄だと分かったのか、大きなため息を一つついた。


「まぁ、あんだけ色々あって、本人がピンピンしているのは納得いきませんけどね」

「あはは、まあ、昔から身体だけは頑丈だったから」

「先輩の場合は、頑丈っていうレベルじゃありませんけどね……」


 そんな和気あいあいと会話する彼女と、個人的にお付き合いがあるかというと、そんなことは無かった。そもそも時間が無くて、通勤時間でWEB小説を読むのがせいぜいだからだ。


「お、『悠久の光』の最新話が来てるじゃん」


 スマホを開いて、お気に入りの小説の最新話がアップされていることに気付く。この小説は『悠久の光~召喚された聖女は王太子殿下と真実の愛を誓う。悪役令嬢な聖女様はお呼びではありません~』という名前の小説で、召喚された主人公の聖女ユーリが王太子であるカイルと真実の愛を見つけるという話で、そこに邪魔者として公爵令嬢のエリザベスが立ちふさがり、ユーリから聖女の座を奪って追放しようと画策するという話だ。


 駅から家までの道を歩きながら、スマホで小説を読んでいると、急に僕の身体が光輝いた。


 ブッブーブッブーブッブー


 けたたましいクラクションの音。その音の方向を見るとトラックが迫ってきていた。どうやら光り輝いていたのは僕の身体ではなく、トラックのライトだったようだ。そして、そのままトラックに轢かれてしまい、意識を失ったのだった。


 ◇◇◇


「そうでした、トラックに轢かれたんでしたね」

「そうじゃ」


 ここで僕はとんでもないことに気が付いてしまった。トラックに轢かれて、気づいたら、どこか分からない場所にいる。そして、目の前には神様っぽい(たぶん)お爺さんがいる。これはもう異世界転生と考えて間違いないだろう。そして、チートスキルを貰って異世界でヒャッハーな生活をするという展開に違いなかった。


「なるほど、僕は死んでしまったのですね。それで異世界に転生させようと……」

「死んでないが。そもそも、何でトラックにはねられて無傷なんだ」

「えっ、異世界に転生するんですよね?」

「さっきも言ったが、お前はグロウワーズという異世界に召喚されるのだ」


 異世界転生では無いようだが、異世界召喚でもチートスキルが貰えるパターンは確かにある。少し残念ではあったが、まだ希望は残っていた。


「なるほど、異世界召喚ってヤツですか。それで、どんなチートスキルをくれるんですか?」

「ふむ、召喚特典の話だな。安心せよ。お前には『聖女(称号)』を与えてやろう」


 僕には自称神の爺さんが何を言っているのか、すぐには理解できなかった。


「いやいや、何を言ってるんですか。僕は男ですよ。見てわかりますよね?」

「大丈夫だ、問題ない。向こうの世界に行くときに女の身体にしてやろう」

「それなら安心……なんて言うと思いました? そもそも、『(称号)』って何ですか」

「お前は異世界では聖女と呼ばれるのだ。聖女として召喚されるのだから当然だな。はっはっは」


 さも、自分はやり切ったと言いたそうに鷹揚に笑う自称神だが、僕はふつふつと湧きあがる怒りを抑えながら下手に尋ねる。


「それで……。他にチートスキルは何を頂けるのでしょうか?」

「いや、『聖女(称号)』だけだが。十分ではないか」


 いやいや、十分ではないよ! 何を言ってるんだ、この自称神の爺さんは。本当にボケているんじゃないだろうか。僕は今回の異世界召喚に不安を抱いていた──否、不安しかなかった。


「いやいや、聖女って奇跡とか起こせるんですよね?」

「そうだな、あの世界の聖女は結界を張ったり、祝福を施したり、病気や怪我を治したりと色々できるな」

「そ、それじゃあ僕は……?」

「……人間、与えられるだけで満足するだけではいかんぞ。何事にも努力は必要だ」


 この爺さん、努力の一言で終わらせるつもりだ。そう感じた僕は必死の交渉を試みる。


「称号だけでどうにかしろって無茶苦茶だと思わないんですか? どうやって聖女として生きていけって言うんですか?」

「まあ待て、聖女として生きていけるように、お前の身体を女にしてやると言ったではないか。さすがにワシも男のまま聖女をやれとは言わんよ」


 そこじゃない、そこじゃないんだよ。僕が言いたいのは。女だから聖女になれるんだったら、世界の人間の半分は聖女だよ! もっと、チートなスキルを寄越せって言ってるんだよぉぉぉ!


 そんな僕の心の叫びが聞こえないのか、自称神の爺さんは腕時計をチラッと見た。


「おおっと、もうこんな時間じゃ。名残惜しいが、そろそろ召喚に応えねばならん。健闘を祈る」

「ちょ、待て、待てよぉぉ……」


 そう言うと、僕の足元に人がすっぽり入るサイズの穴を作り出した。当然ながら、その穴に落ちてしまう。


「ちくしょぉぉぉ、覚えてろぉぉぉぉ!」

「天の上から見てるからな。頑張るんだぞぉぉぉ!」


 明らかにやる気のない応援をされながら、穴の中をどんどん落ちていく。しかし突然、浮き上がる感覚がして落下速度がゆっくりになっていく。そして、静かに地面に足を付けて着地するが、力が抜けていてへたり込んでしまう。そして、先ほどまで真っ暗だった周囲が急に明るくなった。

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