<12・明日へ!>

 ダークネス・ベアーを倒してすぐ、銀杏は再び撤退してしまった。あの謎の転移装置?魔法?のようなものを使われてしまっては自分たちも追いかけようがない。白亜を攫う時にアレを使わなかったところを見るに、特定のポイントにだけ飛べる装置といったところだろうか。

 拳闘士。

 銀杏はれもんのことを、そう呼んだ。どうやられもんはいつの間にか、白亜の影響で自分のジョブを目覚めさせてしまっていたということらしい。


「よく考えたら、お前を助けにすっとんでいく時の時点でみょーに体が軽かったんだよなぁ」


 幸いにして今回、どちらも疲労はあったものの大きな怪我はなかったわけで。

 翌日も問題なく、二人揃って登校することができているわけだが。


「あの時にはもう、能力に目覚めてたってことでいーのかな?いくらあたしでも、学校の門をジャンプで乗り越えるとか結構ありえねーことしてたし、最後の攻撃の跳躍力もすごかったし……あ、白亜白亜白亜!最後のあたしの攻撃見たよな?超かっこよかったよな?あたしすごくね!?」

「……あの」


 彼に笑顔で話しかけるれもんに。白亜は呆れたように言ったのだった。


「その事件の翌日だよな?」

「うん」

「朝の通学路だよな?」

「うん」

「お前、通学班違うよな?」

「うん」

「……なんでしれっと俺の家の前まで来て、一緒に学校に向かってるんだ?しかも」


 彼がじっと目を落とすのは、あたしの手。

 正確には、白亜の左手をがっつり握っているあたしの右手、だ。


「そりゃ決まってる!今日からあたしがお前のボディガードをするためだ!よろしくな、お姫様!」

「だ」


 きゃあ!と白亜と同じ通学班の子たちが黄色い声を上げた。白亜が真っ赤になって拳を振り上げたからだろう。


「だ、だ、誰がお姫様だ、誰がっ!」




 ***




 白亜としてはきっと不本意なのだろう。それでも事実として、れもんは拳闘士の力に目覚めてしまったし、それで敵と戦えることも証明できてしまったのだ。白亜としてももう、れもんに側にいるななんて言えない状況であるのは間違いあるまい。

 そして、冷静になって考えてみると、力に目覚めつつあったのはれもんだけではないのでは?という気がしないでもないのだ。




『……いや、待った。一丁目のシャッター街なら話は変わるかも。あそこの商店街、どんどん店がつぶれて廃ビルだらけだから……南の方だし。ていうか』




 何故速人はあの時、銀杏が白亜を連れ去った先がわかったのか。

 確かにこの街に詳しい地元住民に違いなく、場所として心当たりがあったのも確かだろうが。今思うと彼は妙にピンポイントでその場所を示してみせたのだ。他の候補を挙げることもなく。

 そして。




『俺の勘。そっちにいるんじゃねえかって、そんな気がする』




 その勘はまさに当たっていたわけで。

 ということは本当に、そのような第六感が働くなんらかのジョブに目覚めかけていた兆候――なんてことも考えられるのではあるまいか。それがどうのようなものなのかは、知識のないれもんには見当もつかないことであるけれど。


――今回、速人がいなかったらあたしは白亜を見つけられなかった。きっとこれからも、みんなの力を借りることがあると思う。……だから。


 れもんは考えた末。知っていることを、実際に見たことをクラスの仲間全員に話すことにしたのだった。

 白亜を狙っていた不審者が本当はただの変態ではなかったらしいこと。

 相手が勇者同盟なんて、カルト教団じみたものを名乗ってきたこと。変な魔法のようなものを使ってきたこと。

 白亜が魔王の生まれ変わりであると彼らが信じてつけ狙っていること。自分は彼を守ると決めたということ。そして、みんなにもそのために協力を要請したいということ――。

 単なる変質者に狙われたというのとは違う。オカルトじみた話になってくるし、今度は信じてもらえなくても仕方ないと思っていた。しかし。


「実際、変な犬っころみたいなモンスターはいたしな。でもって、れもんがすげージャンプ力で校門飛び越えて、すんげー速度で走ってったのも事実だ」


 速人の援護があったのが効いた。

 教室で、自分が見たことをみんなにわかるように話してくれたのである。


「まあ、やることは変わらねえよな。みんなで紅葉白亜を守る!それだけだ!」

「おおおお!いいぜ、やってやろうじゃん!」

「よっしゃー!」


 こういう時、物怖じしないしノリのいい男子たちの存在は実に助かるというものである。速人とその仲間たちに加え、稀も信じると言ってくれたのが功を奏した。

 これからは、クラス一丸となって白亜を守る。

 子供なりの意地で、度胸で、知恵で。それだけのことなのだ。


「みんな、本当にいいのか?」


 当の白亜はといえば、少し不安そうではあった。みんなの気持ちが嬉しくないはずがない。しかし、敵がファンタジーな存在だとわかった上で立ち向かうということが、どれほどのリスクを伴うか。れもんだって心配な気持ちがないわけじゃないのだ。

 そして、彼の不安はそれだけじゃないようで。


「多分これからも、変な奴等は襲ってくるし。子供が太刀打ちできる相手じゃないのは確かなんだ……れもんみたいに目覚めた奴は別だけどさ。誰かが危ない目に遭うかもしれないし、怪我をするかもしれない。銀杏みたいに、ある程度配慮して襲撃してくる敵ばかりじゃないんだから」


 何より、と彼は続ける。


「勇者同盟ってやつらが、本当のことを言ってるかもしれないんだ。俺はいつか、世界に仇なす魔王になってしまうかもしれない。記憶が戻ってないだけでそうなる可能性はゼロじゃないし……自分でも自分のすべてを信じられるわけじゃないんだ。本当は世界のために、俺は消えた方がいいのかもしれない。……それでもか?」


 それはずっと。付け狙われるようになってから、白亜が一人悩み続けてきたことなのだろう。

 曖昧な記憶。曖昧な罪。自分がいつか本当に魔王に塗りつぶされてしまうかもしれない恐怖。

 勇者とは本来、世界を救うための組織であるはず。その組織が、小学生とはいえ魔王の来世である白亜が死ななければ世界が危ないと言う。それを信じて本当は自分で命を断つべきなのでは、なんて悩んだこともあったのかもしれない。


「いつかみんなは、俺を助けたことを後悔するかもしれない。俺はみんなを傷つける存在になってしまうのかもしれない。それでもみんなは、俺なんかを助けるってことでいいのか?」


 こんな時、どんな言葉をかけるのが正解なのだろう。れもんが悩んでいると、じゃあさー!と声を上げたのは稀だった。


「これは私の意見なんだけどね?魔王が世界征服をしようとする理由って結構決まってるとと思うんだよね。世界にムカついたからとか絶望したからとか、世界のすべてが欲しくなっちゃったとか。まあそんなかんじ?」

「ゲームとかだとまあ、そんな印象ではあるよな」

「うん。だから、そういうのをなくしちゃえばいいんじゃないかな?」


 ニコニコと、小柄な少女は太陽のような笑顔を見せた。


「白亜くんが世界のこと、壊したくなくなるくらい大好きになっちゃえばいいんじゃないかな!このクラスのみんなで、楽しいことたくさん教えてあげようよ。世界はすっごく面白いんだって、そう思えるようになったら……いつか魔王の記憶とやらが完全に目覚めても、世界征服なんて考えなくなるんじゃないかな?どうかな?」


 一瞬、教室がしん、と静まり返った。

 次の瞬間。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「さすが稀ちゃん、グッドアイデア!」

「ないっすー桃井!」

「つまり紅葉に楽しい遊びをたくさん教えればいいんだな!?宿題サボるコツと入ってはいけない場所とやべー肝試しスポットの案内なら任せとけ!」

「一緒にYouTuberになろうそうしよう!」

「し、下ネタ興味ある?」

「いやったああああああああああああああああああああああああああああ!」

「悪い奴らは全部ぶっ殺すわよーう!」

「いっぱい遊ぼうね紅葉くん!」


 怒号のような歓声。何やらちょいちょいやばい言葉ややばい声が聞こえてきたような気がするのは――気のせいだったと信じたい。

 とりあえず、下ネタを吹き込もうとしてるやつと、イタズラに誘おうとしている馬鹿は後で校舎裏に呼び出そうと決める。


――まったくもう、どいつもこいつも!


 何だかんだ言って、みんなどこかでワクワクしてしまっているのだろう。謎の美少年転校生の正体が魔王だったなんて。それをみんなで守るだなんて。危ないことがあるとしても――退屈な日々に刺激がほしいと望んでしまうのはまあ、仕方ないことではあるのかもしれない。


――ま、いっか。


 彼らに悪意がないことはわかっている。なんだかんだ言って、本気で仲間を守ろうとしてくれていることも。

 だからこそ、自分はこのクラスが大好きなのだから。


「なあなあなあなあ!」


 そして、男子の一人がいらぬことを言い出すのだ。


「紅葉ってさ、橘田とどーゆー関係?今日、手を繋いで登校してきたという目撃情報があってだな!」

「!!」


 ここにきてれもんはようやく気がついた。ひょっとしたら、ひょっとしなくてもかなり誤解を招くようなことをしていたのではないか、自分は。

 完璧に固まってしまったその時、白亜は困ったように言ったのだった。


「本当だ。これから一緒に来てくれるらしい。恥ずかしいけど」

「え、まさかそういう関係!?」

「そういうっていうのが、どういうなのかはわからないけど、でも」


 それは、稀のそれとは違う、まるで鈴蘭のような微笑み。


「俺は、れもんのことが大好きだぞ」


 果たしてそれは、どういう意味なのか。茹蛸のような頭になって、れもんは倒れかけたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生魔王とヒーローガール! はじめアキラ @last_eden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ