<8・守るための力が欲しい!>
ジョブ。
確か、某有名なファンタジーゲームなんかで、耳にしたことのある単語のような。
「なんかこう、一気にラノベ感出て来たね?」
思わずれもんがつっこむと、“俺も正直そう思う”と白亜はため息をついた。彼はよく教室で本を読んでいるし、ライトノベルの系列も読むのだろう。そういった用語には詳しいのかもしれない。
「はっきり言って、他になんと呼べばいいのかわからない。ジョブとは職業のこと……実際俺達が呼んでるジョブっていうのは職業ではなく能力のことだしね」
「スキル、の方が近そう?」
「単一能力ではないからそう呼ばないだけだ。……そうだな、能力と言う言葉よりも、“素質”の方が近いのかもしれない」
例えば、と彼は地面に棒で、軽く棒人間を書いた。あんまり絵が上手なわけではないらしいが、一応伝わるだけマシだろう。クラスには、女の子を書いたはずなのに触手のクリーチャーが爆誕するような、凄まじい画力の者も存在するから尚更に(それに比べれば己はまだ大丈夫な方だと信じたいれもんである)。
「例えば、俺から見るに……れもんは小さな頃から運動神経はいい方だろう?そして、見たところ小学生の女子としては相当筋力がある。実際、昔から結構力持ちだって言われてたんじゃないか?」
「え、それは、まあ」
そういえば、とれもんは少しだけ己の過去を思い出した。本格的に体を鍛えるようになったのは幼稚園でいじめを見てからのこと。けれど、それより前から結構身内では“れもんちゃんは力持ちね”と褒められることが多かった気がする。親戚のいくつか年上の小学生の男の子が運ぶのに苦労していた段ボールを、幼稚園児のれもんが軽々運んでいたなんてこともあったような。
「多分、お前は生まれつき筋肉の密度が高く、骨が丈夫なんだろうと思う。世の中には、体質としてそういう人間もいるって聞いたことがあるし。……そして、それも一つの素質で、才能ってやつなんだ。多分、お前は格闘技とか、スポーツ選手に向いてる」
彼はがりがりと、棒人間にマッチョな腕を書き足した。明らかにバランスがおかしいが、何を主張したいのかはわかる。
「俺の前世では、それがもっと顕著だった。その世界に生きる人間全てが、なんらかの“戦うための才能”を持っていたんだ。開花しているか、していないかの差はあったけどな」
「戦うための才能?力持ちとか、足が速いとか?」
「簡単に言えばそんなところだ。あとはものすごく計算が得意とか、魔法が得意なんてのもあるな。……恐らく、モンスターが闊歩するような世界だったから、人間たちもそれに合わせて進化・適応してきたってことだろう。モンスターと戦えないと、生き残ってこられなかったんだろうしな」
「おう、ものすごくRPGっぽい!」
なんかちょっとかっこいいぞ、とれもんはテンションが上がってしまう。もちろん、そんな場合ではないのは百も承知だが、ゲームは元々大好きなのだ。無論、外遊びほどではないけれど。
「ジョブ……“素質”に目覚めた人間は、戦うための能力を発揮する。その能力は、いくつかの職業になぞらえて大別されていた。ゲームでよくある剣士とか、狩人とか、盗賊とか、黒魔導士とかまあそういうものだな。力が強くて剣が得意で、剣技を他のジョブの技よりずっと早く習得できたら剣士……とか、大体そんな具合だ」
「ほへぇ」
「俺達の世界では、全ての人間がなんらかのジョブの才能を持って生まれてくる。ただし、一生それに目覚めないで終わる人間もいるんだ。戦いに縁遠い人間ほど、ジョブの能力なんてものは不要で終わるからな」
どうやら、ここまでのことは彼が取り戻した記憶に入っていたということらしい。既に結構な情報量で、れもんは覚えるだけでも必死になっているわけだが。
「前世の俺も、ジョブを持っていた。ジョブの名前も魔王という。むしろ、俺の魔王、という呼ばれ方もジョブの名前からきている。これが極めて稀なジョブだったらしくてな。簡単に言うと、基本的な魔法は全部使えるというものだった。今の俺は記憶が戻ってないから下級魔法のスペルしか覚えてないし、使えないわけだが」
そして、と白亜の顔が苦々しく歪む。
「魔王は、関わりの深い人間のジョブをいやおうなしに目覚めさせてしまうという力を持っていた。俺もそうだったわけだ」
「それ、何か問題でもあるのか?戦うための力ってだけだろ?」
「前の世界ならそれでよかったんだ。むしろ必要だったかもしれないくらい。でも……今の世界は違うだろ?平和な令和の日本で、剣だの魔法だのって力必要か?むしろ、あっていいもんじゃないだろ。大騒ぎになる」
「……確かに」
超能力でさえ、現実にあるのかないのかはっきり分かっていないのである。透視が出来る人だの、サイコキネシスが使える人だのという特番を見たことがあるが、大抵そういうものを見た視聴者はまず“これは本物か手品か”で議論を始めるのだ。
そしていざ手品でないと実証されたら、今度はその力で危害を加えられるのではないかと恐れるものである。剣士のような力ならば剣がない限り発揮されないかもしれないが、魔法使い系は違う。炎の一つでも出せば、やれパイロキネシスの能力者だのなんだのと、周囲に大騒ぎされるであろうことは目に見えている。
「……前の学校でも、そういうことがあって騒ぎになったのか。急に友達が、魔法使えるようになったり?」
れもんの言葉に、そうだ、と白亜は頷いた。
「俺が親に頼んで転校させてもらったのは、追っ手が迫ってたからってだけじゃない。他の人に余計な影響を与えて騒ぎになるからだ。そして、ジョブの力に目覚めた人間の近くに当然魔王もいる、と奴らにバレバレになるわけで」
「あー……」
「だから。……俺の傍にいると、お前もそのうち余計な力に目覚めて、振り回されるようになってしまう……と思ってるんだけど」
段々、彼の声が尻すぼまりに小さくなる。今まで、どれほど人目を気にしてきたのだろう、この少年は。本当は普通の子供並に遊んだり、自由に友達とおしゃべりしたりしたいのであろうに。
「それ」
だから、れもんは意図して明るい声を出して言うのだ。
「それ、最高だな!つまり、お前を助けられる力が、あたしにも目覚めるかもしれないってことだろ?かっけーじゃん!」
「そんな呑気なことじゃ……」
「わかってるよ。人間、本当は部不相応な力なんて無い方がいいに決まってる。そういうのに振り回されて、きっと不幸になる人間なんてこの世の中にたくさんいるんだろうなってことも。……でも、あたしさ。昨日あのおっさんに襲われて……お前が駆けつけてきたって気づいた時、思ったんだ。もし、あたしにもっと力があったら。一人であの狼くらい倒せる力があったら……お前に“逃げろ”以外の言葉をかけられたんだろうなって」
あの時、れもんは必死だった。けれど、できたのはただ叫ぶことだけ。白亜に逃げて欲しいと願うことだけ。
自分に、もっと戦う力があれば。そうすれば、白亜の方を襲う前に怪物たちを倒し、あのおじさんを撃退できたのかもしれない。そうすれば、白亜の正体があのおじさんにバレることはなかったかもしれないのに。
「誰かを無闇に傷つけたり、殺す力なんて欲しくないんだ。ただ、あたしは守る力が欲しい。誰かを助けるための力が、あたしにはそれができるんだって説得力と自信がある力がさ」
もう嫌なのだ。何もできずに終わるのは。自分の無力さを痛感するのは。
『うわああああああああああああああああああああああん!痛い痛い痛い痛い!痛いよお、痛いよおおおお!ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。誰か助けて、助けて、助けてえええええ!あああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
耳元で、離れない――泣き声。今思うと、あれは幼稚園のいじめの範疇を超えていた。
小学生並に体の大きかった一人の少年が、苛立ちのまま暴れまわって複数の子供達を傷つけてしまった事件。恐らく、彼もまた一種の“素質”の持ち主だったのだろう。それが、幼さゆえにコントロールできない怒りと相まって暴発したのだ。悪口を言った、そう思った少年少女たちを、次々椅子で殴りつけて攻撃したのである。
殴られた子の中には、片目を失明したり、鼓膜が破れた子もいたと聞いている。先生が、ほんの少し教員室に道具を取りに行った隙に起きた事件。血まみれの遊戯室を見て、彼女は間違いなく卒倒しそうになったはずだ。まさか一分、二分にも満たないうちにそんなことが起きるなんて思ってもみなかっただろうから。
あの時のれもんは、あまりにも弱かった。怖くて、机の下で震えていることしかできなかったのである。
同じヒマワリ組の生徒たちが泣き叫んでいるのを聞いて、ただただ怯えるしかなかった。みんなのことが大好きなのに、助けることもできない自分が情けなくて、みっともなくて、あまりにも許せなくて。
椅子でみんなを殴った男の子も、けして悪どい性格をしていたわけではない。ただ、他の幼稚園児より体が大きくて力があったことと、ちょっとぷっつんとしやすい性格が災いしたというだけだ。あの子は今、どうしているのだろう。どこかの教育施設にでも入ったのだろうか。幼稚園児だから、逮捕なんてことはなかっただろうが――もし人を殺していたらと思うとぞっとしてしまう。
あの男の子を、倒す力が欲しかったわけではない。
でも自分にもっと力があったら、きっと止められたはずなのだ。泣いている友達を助けることも、あの子が罪を重ねないようにすることも、きっと。だから、れもんは。
『あたし、強くなりたい!悪いやつをやっつけられるくらい、弱い友達を守れるくらい!あたしに、格闘技教えて!』
あの日誓った思いは、消えていない。
格闘技を習って、普通の女の子よりずっと強い力を身に着けた。相手次第ではあるが大人とだって戦える自信がある。けれど。世の中には、それでは足らない相手がいるということをはっきりと痛感したから。
「そのジョブとやら、目覚めるためにはどうすればいいのかな」
「お前……どうして、そこまで……」
れもんがはっきりと言えば、白亜の瞳の奥が動揺する。授業中であることも忘れかけていた、まさにその時のことだった。
「え」
彼の後ろに跳びこんできた、黒い影。そんなバカな、と声を上げたくなった。ここは裏門の内側、一応学校の敷地内だというのに!
「は、白亜!」
「!?」
白亜が振り向いた時にはもう、赤茶の狼――レッドウルフは、眼前に迫っていたのだ。
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