<6・五年一組の意地!>
話をまとめると。
実際のところ、白亜も自分の状況を全て理解しているというわけではないらしいのだ。
普通の少年として、イギリス人の母と日本人の父の間に生まれた息子として生活していたところ。ある日の夜、突然異世界の夢を見て――それが自分の前世であるということを思い出したというのである。二年くらい前のことだそうだ。彼は確かに、異世界に君臨する“魔王”と呼ばれる存在だった。そして絶大な魔力を持って人間たちの世界を支配しようとし、その結果“勇者”と呼ばれる戦士たちと戦って、最終的に討たれたというのである。
ただし。彼が思い出せたのは、己が大まかにどういう容姿としていたのかということと、魔王として勇者に討たれたというごく一部の記憶のみ。何故己が人間たちと敵対しようとしたか、世界征服などというバカげた真似を考えたか、なんてことはまったくわからないのだそうだ。魔法の力も、恐らくほんの一部しか戻ってきていないとのこと。
魔王として死の間際、何か強い未練があったのは間違いない。
ただそれが何の未練だったのかはやっぱり思い出せず、そしてこの世界に転生しようとして転生してきたわけでもないという。
記憶を思い出してから、あの勇者同盟なる者達が周囲を嗅ぎまわるようになった。彼らは口々に“悪しき魔王が転生してきている、そいつを殺さなければ世界の平和はない”のだそうだ。明らかに、白亜をつけ狙っている。白亜がその“魔王の生まれ変わり”だと断定されたのは今回が初めてだが、勇者同盟なる者達の中には危険なやり方や乱暴なやり方をする者もいて――白亜以外にも、数名の生徒が怪我をしたり、強引に連れ去られそうになったこともあったのだとか。
そんな状況で、一か所に留まっていることなどできない。
両親には正直に話して――彼らがどこまで信じてくれたかはさておき、実際に不審者につけ狙われているのは事実であるため――記憶の一部が戻ってからもうこれで三回目の転校だったというのだ。
「だから、橘田。俺は……」
「れ・も・ん!」
「……れもん、俺は、その……もう俺の存在がバレてしまった以上、この学校に留まり続けるのはあまりにも危険だと思うんだけど」
やっぱりもう一度転校したいと、両親に言い出すべきでは。襲撃のあった翌日、れもんに腕を引っ張られて登校しながら彼は言ったのだ。引っ張られて、といっても正門からだが。学校の入口までは、白亜は近所の子たちと一緒に通学班で登校しているためだ。
「話を聞いたあたしの結論なんだけどさ」
彼の手を引っ張って靴箱へ。上履きに履き替えつつ、れもんは言ったのだった。
「勇者同盟、だっけ?ここで転校して一度あいつらを振り切っても、あまり意味がないと思うんだよな。だって、転校してきて一週間そこらで見つかったんだぜ?また見つからないなんて保証がどこにあるよ。はっきり言っていたちごっこだ。でもって、白亜の家のお金だって無限じゃない。引っ越すたびに金かかってんだろ?先に資金が底をついてにっちもさっちもいかなくなるの、白亜の方なんじゃないか?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「それに、少なくとも今お前を“担当”してるやつは、荒っぽい手段を好むタイプじゃないと思うんだよな。河原に、あたし以外いないタイミングでわざわざ襲撃してきてる。最後まであたしを説得しようとしてた。でもって、学校とか、通学班で登校中に何もしてこなかった。……無関係の多数の子供を巻き込むのは嫌だ、ってそう思ってると思うんだよな」
希望的観測なのかもしれない。ただ、相手が人目を気にせず襲ってくるようなタイプでないならば、対策の取りようはあるというもの。
即ち、基本的に彼が常に人目のある場所にいれば、そうそう向こうも襲ってこられないということだ。
「あたしに任せておけって。これでも、うちのクラスのリーダーっぽいポジションにいるからさ!」
「それ自分で言うのか。まあそんな気はしてたけど……」
彼の手を引っ張りながら、教室へ向かう。この時間ならば、殆どのクラスメートは登校してきているはず。まずは、生徒間での認識を固めておきたい。
「おはようれもんちゃん。今日はちょっと遅めだね……って、ええ?」
稀が、目を丸くしてれもんを見た。その隣でお喋りしていた女の子達が、きゃあ!とすぐ隣の白亜の姿を見て悲鳴を上げる。まるで町中でアイドルに出くわしたかのような反応だ。白亜が転校してきて、かれこれ一週間過ぎたというのに。
「え、え?二人とも、随分仲良しだけどどうしたの?そういう関係になりましたって?」
「そういう関係ってどういう関係だよ。事情があんの。これからみんなの前で説明すっから」
「みんなの前?」
「おう。みんなの前で、だ。重大事件だからな」
何をするつもりなんだ、と白亜は隣でおろおろしている。れもんは黒板の前に立ち、教卓にどーんと両手を置くと――そのまま宣言したのだった。
「みんな注目!あたしにちゅうもーく!聞いてくれ、重大事件が発生した!」
何事だ、なんだなんだ、とお喋りしていたクラスメートたちがこちらを見る。廊下でふざけていた男子たちも、ひょっこり教室の中に戻ってきた。
「お、おい、れもん。本当のことなんか話してもきっと信じて貰えないぞ」
こそっ、と白亜が耳打ちしてくる。わかってるって、とれもんは頷いた。
いくら子供だって、いきなりファンタジーな話を受け入れるのは難しいものだ。れもんは実際にモンスターを召喚するおじさんと、魔法を使う白亜を見てしまったから信じざるをえなかったけれど、それ以外の子供達は違う。
だったらまず、信じてもらいやすいところから話すべきだろう。
「実は昨日、ここにいる紅葉白亜が……不審者に襲われた!」
「え、ええええええ!?」
「一応警察にも行ったけど、怪我をさせられたわけじゃないのと、犯人に逃げられちまったせいで警察にもできることが少ない。……というか、白亜は前の学校にいた時からも、変なやつらにつけ狙われることが少なくなかったらしい。それで、みんなに迷惑がかかると思って、距離を取ってたっていうんだ。……そりゃー、こんだけイケメンだったら、変態が沸くのもわからないことではないけどな。だからって許せるもんじゃない!」
そこで!とれもんはぐいっ、と教卓に身を乗り出して宣言したのだった。
「これは、白亜だけの問題じゃない。何故なら、こいつはもうあたし達五年一組の仲間だからだ。お前ら、仲間が変態に狙われて許せるか?ムカつかないか?あたしは鬼ムカついてる!絶対に、変質者なんかにこいつを渡したりしねえ!みんなはどうだ?」
ぐるり、と教室を見回す。一瞬の沈黙の後。ばばーんと真っ先に立ち上がったのは――このクラスでもれもんと同じくらい正義感が強い少年、
「許せねえ!変態死すべし、慈悲はない!」
大体、うちのクラスはれもんと速人の二人を中心に回っているようなもの。れもんが宣言し、速人が同意すれば、基本異議を唱えるような者はいない。
彼は友人達に、なあみんな!と呼びかけてくれた。
「オレらみんなで紅葉のやつを守ってやろうぜ!」
「賛成!」
わあああああああああああああ、と歓声というより、怒号に近い声が上がった。
「そうだ、その通りだ!」
「はあああああああああああああああ!?私達の紅葉くんに変質者あああああああああああああああああ!?絶対許せないわっ!」
「おっしゃぶっ殺そうそうしようそうしましょう、ええそうするべきです!」
「小学生狙うなんてサイテー」
「よくわかんないけど、みんなで紅葉のボディーガードすればいいんだな?おっけー任せろ!」
「最近は男の子でも油断ならないって本当だったんだなあ……」
「いや、なんていうか紅葉くんなら結構納得ではあるというか妙な説得力があるのがなんとも」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお変態狩りじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ぶっとばああああああああああああああああああああああああああああああああああああす!」
「おおおおおおおおおおおお、いえええええええええええええええええええい!」
「クラスみんなで守るぞー!」
「気にしなくていいからね紅葉くん!僕達を頼ってね!」
「いっけえええええええええええええええええええええええええええええ!」
とまあ、こんなかんじ。正直、一部殺意高すぎるコメントがあってちょっと怖いのだが、まあ大丈夫だと信じることにしよう。
白亜は目を白黒させて、クラスメートたちと、それかられもんの方を見たのだった。
「うち、こういうクラスだから」
にやり、とれもんは白亜に向かって笑う。
「ちょっと……というかかなりヘンというか、まあヘンタイ一歩手前の奴とかもいるにはいるけど。団結力が高いんだよね。そりゃもう、異様なほどに。……多分こんなクラス、他にはないよ。あんたを守るのに、一番最適な場所なんじゃないかな」
「……でも、みんなにいつも一緒にいてもらったら、迷惑をかけるんじゃ……」
「迷惑だなんて思う奴、他にはいないよ。まあ、そうだなあ。それでもお前がどうしても気に病むってなら、そのうち別のことで返してくれればいいさ。例えば……」
ちらり、とれもんは自分の机の方に視線をやった。昨日は早く帰って宿題をやろうと思っていたのだが、あの事件があったせいか興奮して何も手につかず、結局ほったらかしになっているのである。
正直、結構まずい。一人であの宿題を片付けられる気がまったくしない。特に、社会科の宿題が。
「……あたしが溜めに溜めてる宿題を片付けるお手伝いをしてくれるとか。白亜が、めっちゃ勉強苦手っていうなら頼まないけど」
「……そんなことでいいのか」
「そんなことでいいの!」
ぽん、と彼の肩を叩く。当たり前のことだ。人にはみんな、得意なことと苦手なことがある。一人でなんでも完璧にできる戦士に、仲間なんて必要ない。なんでもできないからこそ、誰かと補い合い、絆を深め合っていくことができるのではないだろうか。
「あんたも、あたしも。自分が得意なこと、好きなことで人に恩返ししていけばいいんだよ。誰かに助けて貰った分をまた人に返していく。そうやって、みんな笑顔になって、セカイって回っていくんじゃないかなーって思うからさ」
あ、あたし結構いいこと言ったんじゃね?とれもんが笑いかけると。こわばっていた白亜の口元が、ほんの少し緩んだのだった。
「……そっか、うん。……ああ、そうかもしれない」
一歩ずつでいいのだ、自分達は。何もかも、一気に全て解決していこうなんて思わなくてもいい。
まだまだ自分たちの物語は、始まったばかりであるのだから。
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