<2・転校生がやってきた!>

「紅葉くんは、お母さんが外国の方なの」


 向日葵先生が、彼の“変わった容姿”について説明した。


「とはいえ、育ったのは日本だから日本語で話してくれて全然OKだそうです!皆さん、仲良くしてあげてくださいね」


 先生がとん、と少年の背中を押す。

 彼は少し緊張した様子で教室全体を見回すと、ぺこりと頭を下げてきたのだった。


「……みんな、その、よろしく」

「きゃああっ!」


 一部のミーハーな女子から、控えめな悲鳴が上がる。そりゃ、アイドルタレントでもやっていますと言われても筋が通りそうな美少年がやってきたのだ。盛り上がらないはずがない。

 彼は先生に言われるがまま、空いていた一番後ろの席に座った。れもんほどではないが、クラスの他の男子たちと比べると長身な方に入る彼である。目が悪いわけでないなら、後ろの席でも問題ないだろう。

 ということは必然的に、れもんと同じ行(長身なので、基本的にれもんは一番後ろの席になるのだ)に座ることになるわけで。


――ほんと、きれーな顔してる。


 窓際、一番後ろの席であるれもんからすると、少し離れた位置。声をかけるほどの距離ではない。彼の前後左右になった少年少女たちが、よろしくねー、と明るく話しかけているのが見える。彼はぎこちなく頷きながら、机の上に筆記用具を出していた。

 やっぱり、こんな時期に転校なんて事情があるのだろう。そして、急に新しい学校になってさぞかし不安に思っているに違いない。


――よし、二十五分休みに声かけたろ!


 まずは、彼が何が好きなタイプなのかを知るべし。話してみるべし。

 れもんは自分の役目をよくわかっているつもりだった。自分が積極的に話しかけると、他の子たちもなんとなく後に続きやすくなるということを。




 ***




 ところが。

 クールで大人しい見た目通り、なかなか白亜少年のガードは固いのだった。

 彼が転校してきてから一週間ばかり。れもんは思い切ってアタックを繰り返したのだが。


「なあなあ白亜くん、親睦を深めるためにも、ドッジボールなんていかがかね?」


 わざと冗談めかして声をかけてみれば、“日の光にあんまり当たりたくないし、運動苦手だから”と断られ。


「なあなあ!じゃあ一緒に本読もう!ってあたしあんま活字得意じゃないけど、簡単なラノベとか児童書とかならわかるし!どうよ!」


 と話しかけてみれば、“一人で読書したいから”とこれも断られ。

 愛想がない、というわけではないのだ。係の仕事についてとか、授業についてとか、そういうことで話しかけたりかけられたりというのはある。しかし遊びになった途端、妙にすげなく断られるのである。それもどこか、ものすごく気まずそうな態度でだ。

 最初は、単純に一人でいたいのかなと思ったものである。教室でぽつんといるタイプには“一人が気楽でそうしている”タイプと“友達がいなくてやむをえず一人でいる”タイプの二通りがあるものだ。最初は、彼は一人でいるのが気楽でそうしているのかと思っていたのである。休み時間に友達と喋ったり、遊びに連れ出されることで妙に疲れてしまうなんて人もいないわけではないからだ。

 ところが。


「給食ううううううう!このために生きてるううううううううううう!担々麺最高なりいいいいいいいいい!」


 ひゃっほう!と同じ班の男子が騒いでいるのを見て、どこか目元口元をほころばせている彼。それに気づいてか同じ班の女子が“紅葉くんも担々麺好きなの?”と尋ねれば、うん、と頷いている。


「昔から、拉麺とかうどんとか、そういうのが好きで。でも、前の学校の給食あんまり美味しくなかったから……ここのは美味しく手本当に良かった」

「おおお、それはそれは!あ、なんならおかわりするといいよ。ここの男子ども煩いから、残ったブツの争奪戦毎回激しくて。ジャンケンに参加しそびれると残念なことになるよ、奴らハイエナみたいだから!」

「誰がハイエナだ誰が!」

「ハイエナってさー、リーダーは女なんだよなー……」

「お前ら、なんか言いやがりましたかあ?」

「ナンデモナイデス!!」


 そんな茶番のような少年少女たちのやり取りを聞いてくすくす笑っている。そして、ちゃっかりおすすめされたように担々麺の麺おかわりジャンケンに参加していた。人と仲良くしたくないわけでもないし、人と一緒にいて楽しくないわけでもないのだ、とれもんは察する。では、ただ休み時間だけ、一人でいたいタイプなのだろうか。


――なら、放課後ならお話できるかなあ?


 誰かと一緒にいたいのに、いられない事情があるのだとすればそれを知りたい。もし困っているならば助けたい。

 お節介とはわかっていたが、そこで立ち止まるという選択肢はれもんにはないのだった。




 ***




「あのさあ、白亜くん!」

「…………」


 放課後。れもんはギリギリのところで、彼を捕まえることに成功したのだった。授業が終わって早々、まるで逃げるように教室を出て行ってしまった彼。その足が思ったよりもずっと早かったのだ。

 れもんはクラスでも一番か二番くらい俊足だという自負がある。そのれもんが、廊下と階段を全力疾走する羽目になった。どうにか追いついたのは、階段を一階まで降りたところであったのだ。

 すぐそこは靴箱。ギリギリセーフだったと言える。


「……最初から思ってたんだが」


 彼は手を掴んだれもんを見、嫌がるのではなくどこか戸惑ったような顔を向けてきたのだった。


「何ではじめから下の名前呼びなんだ?」

「え、嫌だった?ごめん。あたし基本的に、友達になりたいやつは最初から下の名前で呼ばせてもらうことにしてるんだ。後で呼び方変える方がなんか気まずい気がしてさ。嫌なら苗字にするけど……」

「……別に、いい。ただ、俺のこと下の名前で呼んだクラスメートは、久しぶりだと思ったから」

「?」


 その目に過ぎった、どこか寂しそうな色。ひょっとして、とれもんは思ったことを口にする。


「前の学校で、虐められてたとか?だから、ちょっとみんなのこと警戒して距離を取ってたりする?」


 十分あり得ることだ。というか、どうして気づかなかったのだろう。こんな変な時期に転校してきたわけだ。事情があるのは明らかで、それが親の仕事の関係だけとは限らないではないか。

 それこそ、前の学校でいじめられて、逃げるように転校してきたなんてこともあり得るはず。よくよく考えてみれば、白亜をみんなに紹介する時の先生の態度もなんだか妙だった。彼がみんなに嫌われないか、馴染めるかどうか、おかしすぎるほど心配していたような。

 最初は、銀髪に紫目という、変わり種すぎる容姿のせいかと思っていたのだが。


「何があったのかわからないけど、うちのクラスなら大丈夫だよ。あたしが知る限りいじめはないし、ぐちぐち悪口言うような奴もいない。仮になんかするような奴がいたら遠慮なく言ってくれ、あたしがぶっとばしてやるから!」

「……何でそんなに俺に構う?まだ会ってから一週間も過ぎてないのに」

「何言ってるんだ、その最初の一週間が肝心なんだって!最初の段階で失敗しちゃうと、そのままずるずる教室の空気の一部みたいになっちゃうってこともあるもんだ。クラス替え直後に風邪で学校休んじゃって、それで馴染むまで苦労したってやつをあたしは知ってる。だったら、最初から教室の空気じゃなくて“仲間の一部”になれるように、積極的に取り込んでいきたいって思ってさ」

「お前がそこまでする必要は……」

「あるんだなこれが!だってあたし、このクラスが大好きだから!」


 どーん、と胸を張って言い放った。偽らざる、れもんの本音を。


「あたしは、今のクラスが好きだし……いや、今までのクラスだってそうさ。クラスのみんなと友達になるってのは、あたしの最低限の目標なんだ。できれば、学年全員友達になりたいし、学校全員友達でいたい!だって、その方が毎日楽しいだろ?で、困ってる奴がいたら助けるんだ。あたしが大好きなヒーローなら、絶対そうするからな!」


 そんなれもんを、少年は目をまんまるにしてまじまじと見つめる。そして。


「……ヒーローなんて、この世にはいないよ」


 どこか悲し気な声だった。

 まるで、何かを諦めてしまったかのような。


「祈れば助けてくれる、都合の良いヒーローも神様もこの世にはいない。そして、なれるとも思っちゃいけない。だって仮に……お前がスーパーマンみたいに空を飛んだり、怪物をやっつける力があったとしてもさ。今この瞬間、地球の裏側で殺されそうな人を助けることができる?できないだろ?全ての人を助けられるなんて考えてるなら、むしろ傲慢だ」

「え、そりゃそうだろ?世界中の人全部なんか助けられるわけねーじゃん。どんな正義のヒーローだってさ。みんな、手近な人を助けるだけで手いっぱいに決まってる」

「そうだろう?でも、それじゃ助けられない人がたくさんいる。それなのに正義のヒーローを名乗るなんて、傲慢なんじゃないのか」

「難しいこと考えてるんだなあ、お前。もっとシンプルでいいとあたしは思うぞ。答えは一つ、“そんなこと、ヒーローはみんなわかってやってる”だ」

「え」


 どういうことだ、という顔でれもんを見つめる白亜。彼の方が少しばかり背が低いので、必然的に見上げるような形になるのだ。


「誰も彼も助けるなんてできない。それでもヒーローになりたいっていうのはきっと……手の届く、ほんの一部の人を助けたいからじゃないかな。世界を救うだの守るだの言ってもさ、本当に大事なのはみんなそうなんだよ。名もなき人じゃないんだ。すぐ傍の家族とか、恋人とか、友達なんだ。人はそれを、傲慢だって言うのかもだけど」


 ぐっと拳を握って言う。

 その考えは、幼いころ憧れたヒーローの受け売りだった。


「ヒーローたちみんながみんな、そうやって……すぐ傍の大事な人達を全力で守ろうとするから、世界が救われるんじゃないかなってあたしは思うわけ。それでいいんだよ。ヒーローは一人じゃなくていい。だからあたしもさ、この町の、この学校の、ちっぽけなヒーローの一人でいたいんだよ。で、自分にできることを精一杯やるし、守りたい奴を守るんだ」


 だからさ、と白亜に笑いかける。


「何か困ってることがあったら言ってくれよな!もうすでに、あんたはあたしのクラスメートで、守りたい奴の中に入ってるんだから!」


 その言葉を、彼はどんな気持ちで聞いたのだろう。動揺したように視線を逸らして、やめてくれ、と呟いたのだった。


「お前は、いいやつだと思う……橘田れもん。でも、だからこそ……俺に関わらないでほしい」

「なんで?」

「嫌な思いをさせたくない。前の学校だって……」

「あ、ちょっ……」


 話を聞けたのはそこまでだった。白亜は逃げるように、そのまま靴箱の方へ立ち去ってしまったのである。明確な拒絶。れもんは追いかけることもできず、その場にぽつんと立ち尽くすしかなかったのだった。

 今の、泣きそうな目。何かを言いたくて、でもそれを無理やり押し殺したような顔。


――なんなんだ、一体……?


 その正体を知るのは、そんな出来事のすぐあとのことだったのである。





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