<3・転生魔王がなんだって?>

 明らかに、何か事情がある様子。

 それも、れもんがグイグイ行くから避けている、のとは違う。本当は友達と普通に喋ったり、仲良く遊んだりしたいのにそれができないのでは?という印象だ。

 そう、れもんを避けているというより――クラスのみんなを、全体的に避けていると言うべきか。


――絶対、なんかあるんだよな、アレ。


 悩みつつ、今日は一人で帰るれもんである。放課後は友達と遊ぶことの多いれもんだが、五年生にもなると“塾があるからちょっと”なクラスメートがぐんと増えるのだ。中学受験組というやつである。

 無論、勉強を始めている人は四年生よりも前から始めているケースもあるのだが、五年生になるとその割合が一気に増えるという印象なのだ。

 無論、れもんのように中学受験なんてまったく縁がない生徒もいるし、受験するけど通信教育や家庭教師だからというメンバーもいる。通信教育組は少しばかり時間の融通がききやすいようだ。また、クラブ活動で忙しくて遊ぶ機会が減ってしまったという子もいる。

 さみしいけれど、れもんとしてもそれを責めるつもりはまったくない。人それぞれ事情があって当然なのだから。まあ――本当は受験なんかしたくないのに、嫌々勉強させられているっぽい一部のメンバーは正直気の毒だと思っているけれど。


――今日は稀は委員会だし、瑛祐えいすけは塾、五月雨さみだれや速人はサッカークラブかあ。……みんな忙しいなぁ。


 そんなわけで。

 誰かさんを追いかけることを優先したというのもあり、今日のれもんは遊ぶ相手もいなくて一人で帰る羽目になったというわけだ。退屈だが仕方ない。早めに帰って大人しく宿題でもやるしかないか、とため息をつく。

 いや、流石に自分も、宿題をすっぽかしてばかりなのはマズイとわかっているのだ。あのいつもニコニコ明るい向日葵先生に“橘田さんは夏休みの宿題、二倍にしてもいいかしらぁ?”とブラックスマイルを向けられただけお察しなのである。――いくら中学受験予定でないとはいえ、成績がコレ以上下がるのはまずい。間違いなくお母さんのカミナリが落ちる。


――じゅ、塾になんて絶対入りられたくないし!やるしかないか、宿題……ぐぬぬぬぬ。


 そんなことを考えながら河川敷の土手の道を歩く。れもんの家は、小学校から少しばかり離れている。学区の一番端の端だったのが原因だ。おかげで行き帰りは毎日三十分ばかり歩く羽目になる。同じ通学班の一年生や二年生は、この暑い時期はかなりしんどそうだった。

 しかも、あまり日陰がない道を行かなければならない。例えばこの河川敷の道などがそう。見事なまでに木などが一切植えられていないため、カンカン照りの道をひたすら歩かなければならない。一応木陰のルートもあるのだが、そちらを行くとかなり遠回りをする羽目になるのでみんなに嫌われているのだった。

 また、この河川敷の道にはもう一つ問題がある。時々不良っぽい中学生や高校生がたむろしているということだ。令和の不良なので、昔のヤンキードラマや漫画であったような(お父さんがヤンキー漫画好きだったので、れもんも結構読んでるのだ)リーゼント頭の不良!なんてものは見かけたこともないのだが。それでもちょっとしたカツアゲや暴力くらいはある。つい先日、お小遣いを巻き上げられた下級生がいい例だ。

 まあ、小学生のチビッコからお小遣いをくすねるような不良なんて小物でしかないのだろうが――それでも迷惑には違いないし、何より子どもたちにとっては恐怖の対象なのも間違いない。もう少し治安が良くなってくれれば、暗くなってからも自由にこの路を行き来できるのだが。


――ま、あたしは別にヤンキーに遭遇しても、自力でぶっ飛ばせるけど……って、あれ?


 ぼんやりと川面を眺めながら歩いていた、その時だった。

 反対の道から、奇妙な人物が歩いてくることに気がついたのである。

 具体的には――全身“黒い”のだ。

 先述したように、今は六月の末である。既に梅雨はどっかに行ってしまったようで、蒸し暑い日が続いている。そんな夏日に、頭ですっぽり覆った黒いローブを着込んでいるのだ。さながら、ハリー・ポッターに出てくる魔法使いか何かのような。


――うっわ、暑そう。なんで平気なんだこの人?


 最初の感想はその程度のものだった。背丈からして大人だろうとは思われる。しかしローブというのは体格を隠すのに適しているようで、今の姿では男か女かも判別できなかった。れもんより大きいということは、一応男である可能性が高いだろうか。

 不気味だなと思いつつ、左にズレて避けて通ろうとした、その時だった。


「おい」


 唐突に、その人物が声をかけてきた。低い男の声だ。


「魔王の気配がするな。……お前、どこで魔王と接触した?」

「は?」


――魔王?魔王ってあの、魔王?ファンタジーとかに出てくるやつ?は?


 完全に思考がフリーズした。突然見知らぬ不審者に声をかけられたというだけでアレなのに、魔王とは一体何のことであるのか。大人のくせに、ラノベでも読みすぎたのか?


「何の話?ていうか、アンタ誰?」


 現代日本に、魔王なんているはずがない。男が沈黙するので、こっちも無視して通り過ぎようとしたその時だった。


「しらばっくれるなら仕方ない。子供相手でも、容赦をするなと言われている。世界を救うためにな」

「!?」


 次の瞬間、そいつがぐいっと手を伸ばしてきた。れもんはぎょっとする。ここは、河川敷の土手の上だ。右手は川で、左手は道路。男は今明確に、れもんを道路側に突き落とそっとしてきたのである。


「てめえ、何すんだ!」


 さすがに冷や汗を掻いた。れもんの動体視力と反射神経でなければ避けられていなかったことだろう。一気に警戒レベルが上がる。下手をしたら死んでいた。こいつは今、れもんを殺そうとしたのだ!


「ほう、いい目をしている。子供ながら鍛えているようだ」


 男はゆっくりとローブのフードを上げた。そこから現れたのは、白髪交じりの頭に髭を生やした中高年らしき男である。青い目、ということは外国人なのかもしれない。年配だが、昔はさぞかしモテただろうと思うような男前だった。


「確かに、事情を何も知らないなら仕方ないか。いいだろう、教えてやる。この世界に今、訪れている危機を」

「危機だぁ?何言って……」

「この世界は今、未曾有の危機に瀕している。かつてある世界を滅ぼした魔王が、この世界に転生してきてしまったがために」

「…………」


 正直いって、反応に困った。

 そりゃ、れもんとてファンタジーなアニメや漫画、ラノベは読む。そういうもののお約束も知らないわけではない。ただ、ああいったものが面白いのはあくまで“現実ではない”と割り切っているからだ。

 現実の世界に勇者も魔王も魔法もモンスターもいない。だから少なくとも、日本というこの国は平和なのだ。そりゃ、犯罪やトラブルがないとは言わないが――それでも何が現実で非現実なのかくらい、小学生の自分だってわかっているのである。

 それをまさか、年配の大人に諭されるなんて――どうすりゃいいの?になるのは当然だろう。


「えっと……おじさん、ラノベ読みすぎちゃった?」


 思わずツッコミを入れてしまう。


「もしくは、なんかよくわからない宗教の人?」

「……そのように言われてしまうのもわからないではない。私だって、自分が当事者でなかったらこんな話など信じていないのだから」


 しかしこれは事実なのだ、と彼は続ける。


「この地球以外にも、次元の狭間には数多くの世界が存在する。お前が言うところの、ライトノベルに出てきそうな世界から、理解することさえおぞましい地獄のような世界まで様々に。……本来なら異世界同士が交わることなどない。しかし時折、世界の安寧を保つシステムにもエラーが生じるのだ」

「エラー?」

「異世界の人間が、その記憶や力を保持したまま……別の世界に転生してしまうこと。世界のバランスを崩しかねない重大事案。そのような存在は可能な限り速やかに封印するか、排除しなければならない。……桃太郎の世界で魔法少女が無双して鬼を全て殺したら、物語が目茶苦茶になってしまうだろう?同じことを、この現代日本で起こさせてはいけないのだ」


 なんとなく、言いたいことはわかった。その話を信じるかどうかは別として。


「その目茶苦茶な話を信じろって言われてもね。つか、それが仮にマジだったとしても、突き落とされていい理由にはならないんですけど?」


 隙を突いて、逃げるか戦うかの選択をしようと思っていた。

 本来ならばこんな不審者、とっとと警察に突き出すに限るのだが――生憎、ここからだと一番近い警察までが遠い。そして110番するにしても、こいつから逃げ切らなければその時間は得られないだろう。


「あたしは少なくとも、その魔王とやらの記憶なんて無いし、おかしな力なんかねーから。ムカつくやつをぶっ飛ばすのは得意だけどもさ」

「なるほど、喧嘩が得意ということか。大人相手に勇ましいことだ。しかし、私は何も君と戦いたくてこんな話をしているのではない。さっきのもただの牽制だ。情報を得たかっただけだ」

「情報?」

「君自身が魔王ではないことはわかっている。だが、君からは色濃い魔王の気配を感じる。……この世界に転生してきて、害を成そうとする魔王。その存在は、君のすぐ近くにいるようだ」


 心当たりはないか?と男は一歩前に踏み出してくる。


「ごくごく最近この町にやってきた相手。そして……君が学校帰りであることからして、君の学校の生徒のようだ。それもクラスメートあたり。……魔王の記憶と力を隠し持っているのは、そんな人物だ。どうだ?」


 そんな奴なんて、と言いかけて――れもんは凍りつく。

 ごく最近この町にやってきた、クラスメート。それってつまり。


――白亜くんのこと、か?


 まさか彼が、魔王の生まれ変わりだとでも?いや、確かにミステリアスで、何か隠してそうな気配ではあったけれど。


「心当たりがありそうだな。そいつを教えてくれ」


 ローブの男は、黙り込んだれもんに察してしまったようだ。何やらローブの懐から杖のようなものを取り出して告げる。


「我々勇者の記憶を持つ者は……この世界を守る義務がある。悪しき魔王は、なんとしてでも排除せねばならない。もし君がその人物を庇うというのなら」


 男は鋭い目つきで、れもんを睨んだのだった。そして。


「何が何でも聞き出さねばなるまい。……多少乱暴な手を使ってでもな」

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