転生魔王とヒーローガール!
はじめアキラ
<1・ヒーロー・ガール!>
ヒーローになりたい。
いつだって弱い人の味方になれるヒーローに。理不尽な暴力に負けないヒーローに。
十一歳。小学五年生の
「おい」
目の前には、中学校の制服を着た少年が三人。れもんの後ろには、べそをかいている年下の男の子が二人。
「なっさけねえと思わねーのか。中学生にもなって、小学生のチビどもからカツアゲなんて!」
「か、カツアゲなんかしてねーよ!」
れもんの言葉に、目の前の男子中学生三人は慌てたように声をあげる。
「ちょっと欲しいもんがあったから金借りただけ!そのうち返すつもりだったつーの!」
「そのうちだあ?こいつら、先月もお前らに小遣いパクられて、返してもらってねえつってんだけど?」
「それも返すつもりだったし!なんだよお前、俺らに文句あるのかよ!喧嘩でもする気か、ええ!?」
凄んでみせる、リーダー格らしき少年。れもんが女の子だから、ちょっと脅せばそれで怯むとでも思ってるんだろう。
まったく情けないとしか言いようがない。こっちからすればバレバレだ。肩は震えてるし視線も泳いでいる。声もひっくり返っていて、人を殴る度胸なんかないのが見え見えである。いざとなった時誰かと戦う度胸もない、だからこそ簡単に言うことを聞く小学校低学年の子供達を標的にしたのだろう。
「いいぜ?買ってやるよ、喧嘩」
ほい、とれもんは下級生たちの中で一番体が大きな少年にランドセルを預けた。
「ちなみにあたしに売った喧嘩、基本返品不可だから。そのつもりでよろしく」
次の瞬間。中学生三人の体が、ぽいぽいぽーい、と悲鳴とともに宙を舞っていたのだった。
***
小学校五年生で身長160cmというのは、多分結構大きい方なのだろう。いくら成長の早い女子であるとしても、だ。そして多分、もっと背は伸びるんだろうなとれもんは思っている。なんせ、父は190cm超え、母も170cm代という長身家系。ついでに言うなら、母は元バレーボール選手。父は空手で日本代表になったこともある人である。怪我で早々に引退はしてしまったが。
幼稚園の頃、体の大きなガキ大将のいじめが横行しているのを見て、れもんは父に頼んだのである。
『あたし、強くなりたい!悪いやつをやっつけられるくらい、弱い友達を守れるくらい!あたしに、格闘技教えて!』
それ以来、空手と柔道を習い、身長はメキメキと伸び。いつの間にか、生粋の格闘少女になっていたというわけだった。
いじめっ子は許さない。それこそ中学生相手だろうが高校生だろうが、小学校の仲間は守る。ついたあだ名は“ヒーローガール”。――れもんとしても、悪い気がするはずもなかった。まさしく、自分が目指す場所はそこにあるのだから。
周りの少女達が、可愛らしいプリンセスや魔法少女に憧れる中、れもんだけは戦隊ヒーローを見て“あたしもこうなりてえ!”と騒いでいたタイプである。ヒーローに守られて、魔王の城で助けを待つヒロインなんてごめんだ。むしろ自力で魔王城を脱出して、馬に乗ってヒーローを守りに行く“ヒーローガール”がいい。――まあ、最近はちょっとやりすぎて、一部のクラスメートにドン引かれている気もするがそれはそれ。自分は間違ったことなど何もしていないのだから、堂々としていればいいのだ。
「れもんちゃんおはよー……って」
朝の登校時間。校門を潜ろうとしたところで、クラスメートの
「その様子だと、またいじめっ子をぶっとばしてきたかんじ?」
「きたかんじです。……いやだってさあ、中学生のくせに、小学校二年生のガキどもから小遣い巻き上げる馬鹿がいたんだぜ?そりゃ、とっちめてやらなきゃ気が済まねーだろ」
「ほんと、れもんちゃんって中学生相手でも高校生相手でも動じないよね……すごいわー」
あのさ、と稀は声を潜めて言う。
「大丈夫?相手怪我させてない?れもんちゃん怪力だし」
「……心配するのはあたしのことじゃなくて、相手のことなんかい」
こんな調子である。一年生の時からの友人である稀は、すっかりれもんのことなど熟知しているようだった。そりゃ、足取り軽やかに無傷で登校してきたれもんを見れば、勝負に勝ったであろうことは想像がつくだろうが。
「だってさ、れもんちゃん強いし。過去には熊と格闘して追い返したり、高校生の不良たちを全裸で土下座させたりと数々の伝説があるでしょ?あ、あと中学生を何人も病院送りにしたんだっけ?」
「尾ひれつきすぎ!そこまでしてねーよ!ちょ、ちょっと怪我させたり、熊と遭遇したりくらいはあったけど!」
「あるんじゃん!さすがれもんちゃん、かっこいい!ちょっと引く!」
「うっさいわい!」
可愛い顔して歯に衣着せぬ物言いをする稀である。だからこそ、信頼が置けるとも言えるのだが。
「……怪我させないように、ちゃんと空き地の土の上にぶん投げたよ。気絶してたけど多分大丈夫だろ」
柔道技をかける時は、コンクリートの上は避けなければいけない。それくらいはれもんも学んでいるのである。それこそ、本気で叩きつけてしまうと脊椎に深刻なダメージを与えてしまうこともあるからだ。
まあ、今回の相手は背中にバッグを背負っていたし、柔らかい土の上に投げたので問題はないだろうが。
「稀ちゃん、れもん姉ちゃんをいじめないで!」
そして、れもんの左手に縋り付いていた少年の一人が悲しそうな顔で訴えるのだ。
「れもん姉ちゃんかっこよかったんだから!怖い兄ちゃんたちが“すみません助けてください命だけは”って言うくらい強かったんだからー!本当にありがとう、れもん姉ちゃん!」
「お、おう。どういたしまして……」
微妙にフォローになっていないどころかトドメ刺しているような気がしないでもないが、それはそれ。れもんは引きつった笑みを浮かべて、少年の頭を撫でたのだった。
***
おしゃべりをしていたせいで、教室に入るのは結構遅くなってしまった。五年一組の自分のロッカーにランドセルを投げ込んで着席したところで、れもんは頭がごわごわすることに気付く。
幼い頃からお気に入りの、長い長いポニーテール。小さな子たちは“シッポ”と呼んで気に入ってくれることが多い。その根元が、どうやらちょっと緩んできてしまっているらしい。
――うーん、ゴムがちょっと緩いのかな。ていうか、さっき大立ち回りしたせいか。参った。
本音ならすぐに結び直したいところだが、いかんせんれもんはあまり器用ではないという自覚があった。次の休み時間に、稀に頼んで結び直して貰おうかなと思う。彼女はれもんと違ってお裁縫や料理もできる、細かな作業の得意な女子だった。
正反対の性格。だからこそ、仲良くなれるということもきっとあるのだろう。このクラスのメンバー全員が友達だと思っているれもんだが、特に稀とは昔ながらの付き合いということもあって一緒にいることが多いのだ。
――一時間目は社会か。教科書出しとこ。寝そうだけど。
一応教科書とノートと筆箱は用意しておこう。机の上にそれらを並べたところでチャイムが鳴る。担任の
「みんなあ、席に着いてねえ。ちょっと今日は出席の前にお話があるからねえ」
四十代の穏やかな性格の女性教諭は、丸眼鏡の奥の瞳を細めて教室全体を見回したのだった。実はねえ、ともったいつけるように教卓に身を乗り出す。
「夏休み前の、中途半端な時期だけども……転校生が来ることになりました!うちのクラスに!はい、みんな、拍手う~!」
「て、転校生!?」
まさかこんな時期にか。れもんは隣の席の女子と顔を見合わせた。もう六月も終わりを迎えようとしている。うちの小学校の夏休みは、七月の下旬には始まってしまう。そして、八月いっぱいは夏休みだ。一学期も終わりかけともなれば、クラスの雰囲気は出来上がってしまっているし、みんなも仲良しになっている頃合いである。
二学期の頭からならまだしも、このタイミングで転校とは。よほど、親の仕事か何かで面倒な事情があるのかもしれない。
「そうなのー。この時期に転入してくるって、本当に大変でしょう?だから、みんなにお願いしたいのね」
先生は困ったように小首を傾げてれもん達に言ったのだった。
「みんな、積極的に新しい子と仲良くしてほしいの。ちょっと変わった見た目だし、本人も大人しい子みたいだから馴染むまで大変だと思うけど……このクラスのみんななら、きっと受け入れてくれると信じてるわ。どうか、よろしくね」
変わった見た目。ものすごく長身とか、小柄とか、あるいは車いすなんてこともあるのかもしれない。れもんは頭の中に、もやもやもや、と様々な想像を浮かべた。ものすごいブサメンだとか、太っているとか、皮膚病があるとか、口下手だとか、そういうケースもあるだろうか。
そして、あらゆる想像をしたところで、よし、と拳を握りしめた。大丈夫、自分なら友達になれる、と。ヒーローガールはいつだって、弱い者の味方なのだから。
「大丈夫です、先生!」
れもんはハイ!と手を挙げて宣言した。
「どんな子だって、あたしが真っ先に友達になります!みんなだって、転校生なんて新鮮で楽しいと思う。そうだろみんなー?」
「おう!」
「そうだね、楽しみだね!」
「仲良くしてやろーぜー」
れもんの言葉に、特に仲良しの子達が相次いで乗ってくれた。流石は橘田さんね、と向日葵先生は安心したように笑う。
「ありがとうね。……じゃあ、入ってきてください!」
そして、先生の呼びかけと共にスライドドアが開き――その転校生が姿を現したのである。変わった見た目、何故彼女がそんなことを言ったのかすぐに分かった。窓から差し込んでくる光にキラキラと輝いたのは――その人物の、立派な銀色の髪であったのだから。
「わあ……」
思わずれもんは、感嘆の声を上げた。
銀髪のボブカット。アメジストをはめ込んだような、紫色の切れ尾の瞳、音が鳴りそうなほど長い睫毛。異国を思わせるような白い肌。
まるでおとぎ話から出て来たような美少年が、そこに立っていたのだから。
「初めまして。……
それが。れもんと、白亜少年との出会いであったのである。
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