第2話 ブラック企業をぶっ潰す(物理〉
我らは暗黒MEN!
今日も地球の暗黒を駆逐するため、トレーニングルームで体を鍛えている。
そこへ暗黒ブルーが地球人の救難メッセージを伝えにやって来た。
「隊長。地球人からのメッセージです。作戦室へお願いします」
「おう! すぐ行く!」
作戦室では、暗黒パープルと暗黒ブラウンが女子トークを繰り広げていた。
「えー、隊長の方がイケメンだよ」
「やだー、隊長ってなんか抜けてるとこあるじゃん」
「そこがいいんじゃない。ギャップ萌えよ」
「あたしはブルーさんだなー。縁の下の力持ち的な?」
暗黒パープルは隊長推しだった。対して、暗黒ブラウンは暗黒ブルーがお気に入り。
そこへ、全部聞こえていた暗黒ブラックと暗黒ブルーが入室する。心なしか、2人とも姿勢がいい。
「あー、ゴホン。ブルー君、メッセージを再生したまえ」
「隊長、あからさま過ぎて聞こえてたのがバレバレですよ」
暗黒パープルと暗黒ブラウンは、フルフェイスマスクなのに頬をピンクにして恥ずかしがった。
暗黒レインボーがモニターに動画メッセージを映し出すと、そこには小さな女の子が切実な顔で救援を訴える映像が流れた。
「助けて暗黒MEN。お父さんはね、いつも会社に行くと3日ぐらい帰ってこなくて、帰ってくると、ふらふらですぐに寝ちゃうの」
幼女の悲痛な呼びかけに、暗黒MENは揃って真剣な眼差しとなった。
「お母さんはね、お父さんが他の女の人とふりん? してるんだって泣いてた。でも、私知ってるんだ。日曜日にお父さんの会社を見に行ったら、お父さん一生懸命働いてた」
すると、幼女は大きな瞳から大粒の涙を溢れさせ、自分たち家族のために、父親の会社を潰して欲しいと言い出した。
「お願い暗黒MEN。かいしゃがなくなれば、私たち幸せになれるかなあ」
この時点で暗黒ブラックは号泣である。
「ふぐっ! ぐふっ! なんてこった! 子どもにこんな心配をさせて! こんな事を言わせるなんて!」
さすがの他の隊員たちも、幼女の訴えに涙を禁じ得なかった。
「隊長! こんなブラック企業はぶっ潰しましょう!」
「おう! 粉微塵にしてやる!」
――東京都港区。某広告代理店。
「ふう。今日は帰れそうだ」
「市川ー! お前この報告書なんだ!? ちょっとこっち来い!」
市川と呼ばれた男性は、依頼人の父親で、もう3日も家に帰れずに会社のデスクで寝泊まりしていた。
市川の上司が言うには、取引先から急に仕様の変更依頼があったとのこと。
市川の報告書に不備はなかったが、上司が言うには報告書のせいで仕様変更が生じたとのことだった。
「はい……すみませんでした。すぐに作り直します」
「今日中な! 俺が帰る前に報告しろ!」
市川は、こんな報告書の作り直しがなければ、他の仕事をして今日こそ帰れると思っていた。
デスクに戻ると、無意識に溜め息が出る。
と、その時。
ボーーーン!
ガシャーーーーン!
地上15階の職場の窓ガラスが割れ、色とりどりの爆煙とともに、勢いよく暗黒MENが侵入した。
「我らは暗黒MEN! ブラック企業を成敗する!」
「な!? なんで暗黒MENが!」
上司はうろたえた。上司にとって、ここは理想の職場であり、自分の会社がブラック企業だとは自覚していなかったのだ。
それもそのはず、この上司は残業などしたことがなく、いつも定時で退社しては、帰り道で飲んで家に帰るという生活を送っていた。
「ブラック上司め! 貴様の会社が如何にブラックか、これから説明してやる! レインボー! そこのスクリーンに映像を映せ!」
「はっ」
暗黒レインボーが右手をかざすと、丸い書体の可愛い文字で、『わかりやすいブラック企業』というタイトルの動画が流れ始めた。
暗黒ブルーのナレーションで動画が再生される。
「やあ皆んな! 俺は暗黒ブルー! これからこの会社が如何にブラック企業か説明をするよ!」
【ブラック企業あるあるNo.1】
・家に帰れない。
翌日まで仕事するなんてブラック企業に勤める社畜には当たり前のことさ!
【ブラック企業あるあるNo.2】
・別に今日終わらせなくてもいい仕事を無理に前倒しする。
明日やれば済む話なのに、こんなことしてるからクズ営業が次から次へと仕事を押し込んできて悪循環さ!
【ブラック企業あるあるNo.3】
・同僚が帰らないから自分も帰らない。
先に帰ると、翌日にはまるで当てつけのように、自分のデスクに仕事の山が築き上げられているなんて茶飯事さ!
【ブラック企業あるあるNo.4】
・上司がクズ。
無能な上司ほど『自分は仕事がデキる』とか思い込んでて厄介極まりないね! まずはお前のせいで職場がカオスになってることを自覚すべきさ!
【ブラック企業あるあるNo.5】
・定時退社『推奨』日とかいう実質機能していないホワイト要素。
『定時退社日』と言い切れない優柔不断が限りなく自分の会社をブラックにしている要因だと理解すべきさ!
職場の社畜たちは、自分たちにも悪いところがあったことを認め、疲れ果てた表情をしていた。
一方、無駄に元気がある上司が物申す。
「こ、こんなものデラタメだ! 私の部下たちは一生懸命努力しているだけの話だ! 仕事をして何が悪い!」
すると、暗黒ブラックが目にも止まらぬステップでクソ上司に接近し、こう叫んだ。
「暗黒ドロップキーーーック!」
ドゴオオオオオ!
「ぐはーーー!」
吹き飛んだクソ上司を暗黒パープルと暗黒ブラウンが羽交締めにする。
「おいクソ上司。この会社の記録を調べ尽くしたが、5年前と2年前の事件を忘れたわけではないよな?
『佐川恭子』『前田祐二』この2人がどうなったのか覚えているか?」
「ぐっ……あ、あれは事故だ! 2人とも精神障害の影響で気が狂っていたのだ! 断じて飛び降り自殺ではない! 病死だ!」
すると、暗黒ブラックのフルフェイスマスクが怒りの仮面と化し、全身から黒いオーラが吹き出した。
「貴様は人の命を何だと思ってやがる!」
「ひっ!」
「おおおおおああああああ! これでも食らえーーー! ブラック・ファントム・ストライク!」
暗黒ブラックが雄叫びを上げると、黒いオーラは瞬く間に会社ビル全体を包み込み、黒と紫が入り混じる光となって、ビルを吹き飛ばす火柱となった。
ドオオオオオオオオオオオオオン!
デスクや椅子、書類は吹き飛び、しかしなぜか、社員たちは無傷で更地となったビル跡地に立っていた。
唖然として立ち尽くす市川や、同僚たちに暗黒レインボーが歩み寄る。
「市川秀雄さんですね? 娘さんの依頼により、貴方は明日からABC電報に転職となりました」
「ABC電報……うちのライバル社だ。そうですか……娘が……」
市川は、昼下がりの心地いい風に吹かれて、心なしか目のクマも薄くなっていた。
ちなみに、クソ上司は無能なので転職先は見つからなかった。
――1か月後。
「お母さん! 早く早く!」
「あはは! そんなに焦らないで」
市川一家は、遊園地に来ていた。
週休2日のホワイト企業は、何よりも社員とその家族を大事にし、休日出勤などあろうものなら、会社全体の『一大事』として、二度とそんなトラブルが起こらないよう、上層部が動き出す。
「隊長、あの家族、助かってよかったですね」
「ああ、子どもはああやって笑顔でいるのが1番だ」
暗黒MENは地球人に変装して、市川一家のその後を見守っていた。
暗黒パープルは、タピオカジュースを飲みながら暗黒ブラックに告げる。
「隊長、私も子ども欲しいなあ」
「おお、元気な子を産めよ!」
誰と子作りするのか全く気にも留めていない暗黒ブラックに、暗黒パープルのローキックが炸裂する。
ドゴッ!
「ぶはあっ!」
「この鈍感! 豚っ!」
「何だよ急に! 俺はそんなに太ってねーよ!」
かくして、地球の平和は守られた。
つづく
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