第十二話 決戦準備
エルフの葬儀は火葬だった。遺体は布で幾重にも巻かれ、その上に薪を堆く積む。最初に火を点けるのはベレタとルサ。やがて薪は大きく燃え上がり、煙も勢いよく空へ昇る。目を逸らさずそれを見つめる俺。隣にはユウコワ。
「連行される先は王都か?」
「通常はそうかもしれないけど、最悪あなたと私を始末してバストリア側へ投棄することもあり得るわ」
「そこまでして人間とことを構えたくない?」
「追手の三人の異様さ、人間の飽くなき欲求はあそこまでのものを作り出すのよ。世代交代を繰り返しながらね。エルフはそれを怖がってる」
「なるほどな」
「第三王子も私の首を何としても手に入れたい。私を口実にエルフ王国へ侵攻する野心もあるかもね」
「王としての実績か。それを手土産に国民や周辺諸国に認めさせる、と」
「召喚した私が言えたことじゃないけど、あなたには酷なことをお願いしているのよ」
「今更だ。軍相手の武器か」
ちらっと頭に浮かぶアレ。操作出来るとしても、俺一人でどうにかなるのか?
昼過ぎにエルフの兵士達がやって来た。俺とユウコワを王都まで連行すると言う。
俺たちを見えなくなるまで見送っていたのはベレタとルサだ。
雪の積もった山道をひたすら歩く。ユウコワに聞いた話だと、おそらく転移陣のある街まで連れて行かれて、そこから一足跳びに王都へ行くだろうとのこと。それなら早い方がいいか。
掌に収まる小さなナイフを喚び出す。ギザ刃が半分、ロープ切断に向いてるタイプだ。俺とユウコワは後ろ手に縛られてる状態。ゆっくりと悟られぬように俺はロープを切っていく。
スピード勝負だな。兵士達の武器は剣と弓。
ガンマニアの悪友に感謝だな。
現れるイングラムM10。超高速フルオートの出番だ。
ユウコワの頭を下げ、振り向きトリガーを引く。
一瞬でばら撒かれた九ミリ弾三十二発。
リロード。
前にいた兵士へ。
リロード。
足を狙って。
呻いて地面に転がる兵士達。無力化成功だ。すぐにユウコワのロープも切る。
そして念じる。
現れる七四式戦車。試乗しといて正解だったぜ。
「さあ乗れ!」
ハッチを開けてユウコワを押し込む。
「狭いわね」
「仕方ない」
操縦席に座りエンジン始動。とにかく国境方向だ。地面がどんなに荒れてても川があっても木があってもお構いなしに走れる。装甲を抜くのは世界では無理だろう(多分)。
「ゆ、揺れるし、お、音が」
「耳を塞いで我慢してくれ」
振動と騒音の中、俺たちはひた走る。元来た方向へ。航続距離は三百キロってことだから、バストリアの王都まで余裕かな?
見覚えのある地形、鎧男と初めて遭遇した場所だ。一旦停止だ。
「ユウコワ、今のうちに風呂に入りたい」
「風呂?」
「身体を拭くだけしてかしてないだろ、お前も俺も」
というわけで川のそばにいい感じの溜まりを見つけ、まずは石で堰き止める。次いで焚き火をする。盛大に。どんどん燃やす。
熱くなった石を次々に水溜りへ投入。風呂の完成だ。ほぼ誰もいない山の中、目隠しはいらんな。風呂タイムだ。
「ユウコワ、先に入れ」
すると彼女の手に石鹸が現れる。そこに初めからあったように。
「魔法……?」
「そう。心配しなくても僅かな力しか必要としないから」
「じゃ、あっちにいるから上がったら教えてくれ」
「背中流して、ニコフ」
「なんだと?」
「自分では洗いにくいでしょう?」
エルフに入浴という習慣はないらしいのは聞いていた。恥ずかしがる歳でもないか。
「わかった」
乱暴に扱えばすぐに壊れてしまいそうな白くて細いうなじ、肩、背中。俺はゆっくりと丁寧に洗い流してやる。思えば甥っ子や姪っ子と一緒に風呂に入って以来だな、こうやって人の背中を洗うのは。
「慣れてるのね?」
「ああ、甥と姪を風呂に入れてたからな」
「第三王子をやらなきゃ、俺たちには行き場が無いよな」
「王家の情報網は国土全てに張り巡らされてるからね」
「ならあれで吹っ飛ばす。王都の位置はわかるか?」
「私の勘だとね、痺れを切らしてこちらへ向かってると思うの。あの三人の追手、普通の部隊にはいないはずよ」
「第三王子直属ってわけか」
「その彼らが失敗したとなると、軍を率いて来る。あわよくばそのままエルフ王国へ侵攻するつもりでね」
そこまでして領土広げたいのかねぇ。
「いいえ、バストリア王国の狙いはエルフそのもの。戦争時、捕虜となったエルフは奴隷にされるのが当たり前だった」
「魔法が使えるから?」
「そうよ。一部はおぞましい人体実験に回されていたそうよ」
「異民族に対して容赦ないな……地球もそうだが」
民族が違えば同じ人とは見做さない、これは今でも地球のあちこちで続いている。見方を変えりゃ遺伝子戦争か。未来永劫無くならないんじゃないかと俺は諦めてる。
「こっちの軍って地球のと似たようなものか?」
「あなたと同期した時少し見たけど……そうね、大きな差はないわね。火薬が無い時代のものね」
「攻城兵器みたいなのも無い?」
「あるけど……どうかしら?あれの存在は知らないでしょう?」
七四式戦車はさっき喚び出したばかりだ。
「だな。押し潰して進むだけだ」
ユウコワと入れ替わりに俺も湯に浸かる。風呂はいいな。
気がつくとクロが立っていた。
「どこ行ってたんだ?」
「別に。ずっとついてきた」
「動物を見る限り、ここが過去或いは未来の地球ってことはない……よな?」
夜空を見上げてもお馴染みの星座は全く見えない。心なしか月が地球から見えるそれに比べて小さい気がするが。
「私にはわからないわ。エルフの天文学では太陽の周りにあるのはこの星を含めて七つ」
「望遠鏡の精度がよくわからんし、そもそも望遠鏡があるのかもわからん」
「あら、これは古い伝承に載ってるわよ」
「そっちかぁ」
「ずっとずっと昔、地上に現れた神がエルフに知恵を与えたそうよ。その時にいくつかの獣を大地に放った」
クロを見る。そういやこいつ遥か昔からいるって言ってたな。知らん顔してやがる。
「その手の伝説は地球にもあるよ。人に知恵を与えた存在の話。俺は神じゃなくて別の星から来た知的生命体だと思ってるがな。何せ宇宙はとんでもなく広い」
「地球の人は月に人を送ったわね」
「そうだ。今は隣の惑星に行けるかどうかってとこだ。ん?エルフの店員魔法を使えば?」
「無理ね。転移陣は対の存在。行く先に同じものがないと無理なのよ」
「そうかー。残念だ」
「ずっと昔、禁忌とされる魔法実験を行ったエルフの記録を書庫で読んだわ。彼はとある方法で月を目指して転移、帰ってはこなかった」
行った瞬間に死んだのだろう。
「ユウコワは読書家なのか?」
「学者家系ね。あなたを召喚したのも家に伝わる秘術。普通のエルフは知らないし、王族にも秘匿されてるわ」
「一子相伝みたいなものか」
「そうよ。先祖は神に接触したエルフの一人」
「すごいなエルフ」
その後国境付近へ移動。野営とした。
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