第十一話 二つの死

「ニコフ!どうし……きゃああ!」

「ベレタ!大丈夫だ!鉈はあるか!」

「あっあるよ」

「すまんが持ってきてくれっ」 

「わかった」


 おっさんが串刺になってる姿なんて子どもには刺激が強すぎるだろうが、さすがは猟師の娘ってとこか。


「こっこれ!」

「助かる!」


 狙うはぎりぎりのとこだ。手渡された鉈を腹に刺さってる枝に振り下ろす。くそっ一発じゃ無理か。何回も叩きつけ、やっと折れる枝。傷は平気だが痛みだけってのも辛いな。


「大丈夫っ?」

「ああ!痛いだけだ」


 よし!後は!


「ぬおおおー」


 あとは気合いを入れて身体を前へやる。死ぬほど痛いが何とか枝が抜けた!普通なら出血多量でお陀仏だ。


「もう血は止まってるだろう?傷がすぐ治る魔法だ」

「おばあちゃんが使ってた……」

「そうだ(あるんだ、そういう魔法)」


 涙目のベレタを安心させる。


「家の中でお父さんを待ってるんだ。俺は悪いやつを追いかけてくるからさ」

「ほんとに大丈夫なの?」

「任せとけ!」


 女一人を担いでいる奴に負けるわけにはいかない。気がつくと月が顔を出し、明るくなってきた。鎧男の足跡がはっきり見える。斜面を降りていくと奴が木に繋がれた馬にユウコワを乗せるところだった。どこかで調達したな?


 念じる。手に現れたのはウィンチェスター モデル1897、ショットガン。面制圧だ。

 今になってユウコワが言ったことを思い出す。


『向こうで触れたことのある武器を喚びだして使えるの』


 召喚されたばかりだった時、咄嗟には思い出せなかったことがある。

 俺が悪友達に自衛隊の基地祭に連れ出されるより少し昔。悪友の無稼働実銃コレクションってやつを触ったことがある。

 無稼働実銃ってのは弾を発射できないよう加工して、一般人でも買えるようにしたものだ。悪友はそれを何丁も集めていて、ウィンチェスターもそのひとつ。


 これ……撃てるよな?


 奴は俺を認めると馬を蹴り走らせた。馬の背にはユウコワが乗せられてる。

 フォアグリップを引き装填。

 鎧男に向けて撃つ。

 飛び退く鎧男、しかし少し動きがおかしく素早さがない。

 よしっ!うまく当たったな。

 馬は発砲音に驚き、パニックになっている。ユウコワを落とすなよ。


 これってラピッドファイア出来るんだったな。

 喰らえ!

 残り四発を連射。鎧男は小さな悲鳴を上げ崩れ落ちる。

 死んではいないだろう。油断はしない。M24も喚び出し、頭へ一発。大きく痙攣した後は動かなくなる鎧男。


 日本にいた頃は想像もしたことなかった『人を殺す』という行為。俺は覚悟したとは言え、さも当然の如く実行している。忌避感は無いんだが、どうにも違和感が拭えない。召喚によって神獣ってものになったからか。


 ユウコワが言ってた。


『前いた世界での記憶のね、不要なものは消えるのよ』


 人間の倫理観を形作っていくのは記憶。それが失われた俺は……。

 ユウコワを助け起こす。まだ気を失ったままだ。彼女を背負い、ベレタ達の山小屋へとって返す。



「ニコフ!」


 ベレタが迎えてくれる。ルサは夢の中か。クロは囲炉裏のそばで大あくび。


「ユウコワは気を失っててな。すまんが毛布みたいなものはあるか?」

「あるよ」


 毛皮を出してくれた。寝かしておこう。


「お父さんはまだか?」

「うん……」

「そうか。明日になったら俺も一緒に行くから迎えに行こう」

「ほんと?」

「あぁ。あとすまん、何か食べるものがあるか?もらえたらありがたい」

「これ」


 干し肉が差し出された。それを鍋で煮る。ハーブを入れたらスープの完成だ。美味い。


「すまん、ご馳走さま」

「お父さん、どうしたのかな」

「大人は色々と用事が出来ることがある。きっと戻れない何かがあったんだよ。他の人は近くに住んでるか?」

「おばあちゃんの家が山向こうにあるよ」

「そうか。そこへ寄っているかもしれんな」


 色々とあったからだろうか、ルサとユウコワを挟むようにして、俺たちも眠りについた。ちゃっかり毛皮の中へ入ってくるクロ。

 わかっちゃいたけど、こいつは人が何しようがどうなろうが関わってはこないんだな。鎧男の次はもう来ないと思う、確信に近い。俺はこんなに勘が鋭かったか?

 そんなことを考えながら眠りに落ちた。


 目覚めた時、俺には槍が突きつけられていた。エルフの男達に囲まれてる。ユウコワも同様。男に抑えられ泣き顔のベレタとルサ。

 一番年嵩に見えるエルフが訊いてくる。


「正直に言え。お前がしたことを」


 ユウコワはため息をつきながら俺に言った。


「この人はこの集落の村長よ。彼は嘘を見抜く魔法を使ってる。ニコフ全て話してあげて」


 俺はこれまでのことを語った。話し終えると村長は俺を睨みつけたまま言った。


「ふん。馬を盗んだのもナレフを殺したのもお前ではなく、谷で死んでいたあの男の仕業というわけか」

「ナレフとは?」

「ベレタとルサの父親だ」

「なっ!」


 あの鎧男、俺たちをこの近くで張ってたんだろう、それで……。

 しゃくり上げながら泣いてるベレタとルサ。子どもが悲しみで泣いてるのは胸に堪える。

 そして俺たちが来なければと考えてしまう。身体の中に疼く激しい後悔の念。


「お前達は明日、兵に引き渡す。ナレフの葬儀が終わるまで大人しくしてもらおう」


 泣き続けてる姉妹の方を見ることは出来なかった。彼女達の泣き声はもう忘れることが出来ないだろう。すまない。

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