第六話 月夜の戦い

 俺はユウコワが眠るサファリを見下ろす小高い丘の上に陣取り、森の方を監視する。


 月明かりを地面の雪が微かに反射して、黒い人影が用心深く動いてるのを浮かび上がらせる。どうやら五人ずつに分かれてるようだ。

 クレイモアのリモコンボタンに添えた指に神経を集中させ、そのタイミングを待つ。

 比較的歩きやすそうな場所を選んで設置した。

 そして盾を構えてくるだろうと予想し、奴らの横っ腹を狙える向き。


「ぐるりと円になったよ」


 黒猫娘の声が耳に流れてきた。魔法みたいなものか?

 両手でクレイモアのリモコンボタンを次から次へと押す。

 爆発。爆発。爆発。

 一瞬だけオレンジの爆炎が周りを照らし出し、続いて奴らが悲鳴や怒号をあげる。


「ああああああっ」

「いっ痛い痛い!」

「うぐおおぉ」


 阿鼻叫喚とはこのことだなと頭の中は妙に冷静だ。丘を駆け下りサファリに乗り込む。

 ユウコワは目を覚ましていた。


「大きな音がしたわね」

「悪いが予定変更だ!奴らが数を揃えて来たからな。とにかくあの道へ逃げる。どこに通じてるんだ?」

「あの道はエルフ王国へと行く道よ」

「なら決まりだな」


 ライトをつける、フォグランプも、サーチライトもだ。実は自分の愛車が召喚出来てる。普段は使い途のないサーチライトがありがたい!


 積雪は十センチあるかないか、ATタイヤで余裕だ。アクセルは控えめに。


「これ、面白い」

「いつの間に?」


 助手席には黒猫、いや黒猫娘が座ってた。妖怪だよな?


「シートベルトしとけよっ」

「どうやるの?」

「これをっ、そこへっ」


 乱暴に装着させる。


「窮屈」

「我慢しろ、それがお前を守る」

「我慢する」


 慎重にステアリング操作をしながら雪道を走る。ここで事故ったら終わりだ。やたら明るいフォグランプとサーチライトのおかげで視界は良好。


 ただ地面はかなり抉れている箇所もあり、スタックが怖い。一旦止まってフロントスタビライザーの解除レバーを引く。こうするとロールは大きくなるが足はより伸びるからオフロードでは有利になる。


 不意に黒猫娘が呟く。


「前にいるよ。私を捕まえてた奴が」

「誰だ?」


 いきなり衝撃。

 人影がサファリの前に!止められた?!

 顔は人間だが身体が毛むくじゃらの大きな体躯、まるで熊だった。熊に人間の顔を貼り付けたような……化け物か!

 バックしようとRレンジに入れてもビクともしない。


「おやぁ!エルフのお嬢さんを捕まえに来たら!逃げた猫さん!これは僥倖!あなたも研究させてください!」


 そいつは気色悪い笑顔で喋り続ける。


「それにしても奇妙な乗り物ですね?光って唸る。透明な板!研究したいですね!」


 初老の男なのに車を止める怪力。前にも後ろにも動けない。

 俺はドアを開け飛び出す。

 武器は……あれだ!

 手の中に召喚される八九式。

 相変わらず頭の中は落ち着いてる。

 五・五六ミリ弾がアレに有効なのか?と。

 距離を取り、初弾装填、セレクターを『レ』に回しフルオート掃射。


 熊男は咄嗟に顔を庇ったので胴体にしこたま撃ち込んだ。

 次のマガジンを喚び出しリロード。

 さらに撃ち込む。


「痛い!痛いですねぇ、それ。」


 こっちに歩いてくる。

 やはりあまり効いてない。

 悪友が言ってた。


『猪や熊は毛皮と皮下脂肪と筋肉が鎧みたいだから、小口径高速弾じゃ仕留められないだろうね。あれは人間専用』


 その通りだ。これより強力なのは……。

 その時。

 奴の背後から黒猫娘が現れる。

 手には大きな、まるで死神が持ってそうな鎌。


「神の声を聞く者にだけ与えられた術を奪った罪を贖え』


 一閃。

 奴の頭がゆっくり落ちる。


「死んだよな?」

「こいつと熊の魂は離れていった」

「よし、乗れ!急ぐぞ」


 ユウコワが黒猫娘を見て少しだけ驚く。


「あら珍しいお客様」

「エルフの娘、お前のおかげで私は神の声を聞く者の仇が討てた。感謝」

「なぁ、お前さんは何なんだ?」

「ただの猫」

「ただの猫が人間の姿になるのかねぇ?俺のいた世界じゃ……」


 と言って化け猫の話をする。


「その話に出てくる猫は人が作り上げたもの。私は森に住む猫。そもそも私は人とは関わらない。あいつが神の声を聞く者を攫ったから取り戻しに行ったら捕まって……」


 黒猫娘の語ったところによると、さっきの化け物はチャドス・スノク。王国の研究者らしい。奴が黒猫娘の住む森に現れたのが二年前。


 その集落に代々伝わる秘術があって、神に認められた者がそれを行い、熊の身体を得るという。

 神に認められた者は神の声を聞くことができるそうだ。

 それに目をつけたチャドス・スノクは、自らの力とすべく、神に認められた役目の若者を王都へ連れ帰った。


 黒猫娘は森に住み、人とは関わらず暮らしているが、神に認められた者を遠くから見守る。それが役割らしい。


 連れ去られた若者を追って王都へ行き、チャドス・スノクに捕まってしまう。あれこれ身体を調べられたそうだ。

 どうにか隙をついて逃げ出すことに成功したが、そこで若者が殺されていることを知る。

 その日以来、チャドス・スノクを討つ機会をずっと狙っていたとのこと。


「私は調和を乱す者の命を狩るのが役目。たまに現れるこの世から外れた生き物とか」

「突然変異とかか?」

「そうではない。それもただの命。この世の理の外にいるもの」

「よくわからんな。で、どうする?」

「エルフの国についていく」

「いいのか?」

「いい」

「わかった。乗せてやるから、ユウコワを守るのを手伝ってくれるか?」

「手伝う」

「それは助かる。俺が喚び出す武器は近接戦には向かないんでな。そういうのが来たらお手上げだと思う」

「あの音がうるさいやつ?」

「そうだ。近づいて使うものじゃないんだ」


 ベトナム戦争の映画を思い出す。塹壕へ次々と突撃してくる敵にライフルは役に立ってなかった。

 ミリタリーマニアの友人も教えてくれたもんだ。


『塹壕で一番強いのはスコップなんだぜ』


 それは何となくわかる。近い場合は殴る蹴る、或いは打撃武器か有効だろう。銃器は近寄られたら、その道のプロじゃない限りおしまいだ。

 かと言ってそれに該当するものは喚び出せるとは思えない。


 黒猫娘に、次に会敵した時に互いどう動くかの打ち合わせをする。

 さっきのチャドス・スノクだけとは思えない。まだまだ手練れが追ってくるだろう。急がないとな。

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