第五話 騎士隊長は憂鬱
ウルングル・パドメは陰気な顔をした第一騎士隊の隊長である。
彼はユウコワ・ベタノクフの拘束命令を受けた騎士隊十二名並びに第三王子の私兵二十四名は、一人を除いて全滅したとの報告に苦虫を噛み潰したような顔をして一人戻った騎士を凝視している。
「それでは何が起きたかをもう一度、査問委員の前で述べよ」
「は、はいっ。ユウコワ・ベタノクフの立て篭もる小屋の手前に布陣した我々は……」
生き残り騎士の報告は続く。大きな音がしたかと思ったら、腕が熱くなった。と思ったら猛烈な痛みを覚え、前衛の私兵達、同僚の騎士も次々と悲鳴を上げて倒れていったと。
ウルングル・パドメは困惑した。エルフは魔法を使うと言うが、それは草木の成長を促すとか、人の方向感覚を狂わせるとか、そういう類いのものだったはず。
彼が目を通した古い戦争の記録や代々の王太子訪問記録にはそういう記述があった。
彼の報告通り、鎧の腕の部分には小さな穴が空いている。鎧に覆われていた腕の同じ箇所にも小さな傷口があった。このような傷口は見たことがない。
手当した医師の見立てによると、ごく小さな金属片が傷口の中に多く見られ、何による傷なのか皆目見当がつかないと。
そしてもう一つ、ユウコワ・ベタノクフの隣には男がいたという報告。これも妙である。公爵家ゆかりの者は全て拘束されたか死亡した。彼女に付き従う人間はもういないはず。誰なのか?
ウルングルは慎重になるべきだと判断し、第三王子に指示を仰いだところ、既に第二陣として五十名の騎士隊と私兵の混成部隊が出撃している、第三王子が名指しする私兵二名をウルングルが指揮をして出撃せよと命令が下る。
ウルングルは第二陣の出撃は早計ではないかと思う一方、敵の情報が得られるならそれで良いと割り切った。ユウコワ・ベタノクフの拘束には失敗する公算は大きい。それを見越した上での命令だろう。
ウルングルはバストリア国内でも異端で有名な剣術の使い手だ。一般的な剣より薄く軽いものを使い、叩きつけるでもなく、突くでもない、『斬る』ことに特化したもの。完全に対人に特化してる為に『暗殺剣』と陰で言われるのも聞き飽きた。報告を聞く限り遠距離攻撃をしてくる相手に対して、いかに距離を詰めるか思案を巡らせる。
問題は第三王子から名指しされた二名の私兵。
一人は極刑判決を受けた囚人。名はチャドス・スノク。元国家学術院のお偉いさんだ。バストリア王国の裁判制度は、現代日本とは比較するのも馬鹿馬鹿しいほど出鱈目で適当なものであったが、そのお粗末な裁判であっても極刑以外はないと判決が下る重犯罪を犯した。
チャドス・スノクは魔法に取り憑かれた。エルフが使う不思議な術。その魔法により、圧倒的な規模で攻め入ったバストリア軍をエルフ王国は何度も退けた。
国への忠誠心が狂信的なレベルにあるチャドスが目をつけたエルフの魔法。彼は魔法に対抗する技術が国への貢献となると心から信じてひたすら研究に埋没し、それは国家学術院の重鎮となっても変わらなかった。
彼が禁術や秘術の違い手を出すのは自然な流れで躊躇は何もなかった。国内外の少数民族に伝わる秘術などを強引な手法で集め、それを次々に試していく狂気。
王都内で子ども達を攫い、【これ以上の残酷な描写はR15でもアウト判定されそうなので割愛します。作者】であった。
またチャドス自身もその秘術を施した形跡が後の現場検証でも明らかになった。その違法な研究が発覚し(隠すつもりもなかった)、彼を拘束するため突入した騎士隊の前で、
「ははははっ!やった!二つとも成功したぞ!これは陛下もお喜びになる!」
となぜか血塗れで天を仰いで笑っていたという。
裁判では、
「私はバストリアがエルフ王国に対して優位に立つための偉業を成し遂げただけ」
と述べるだけで、詳しく語ろうとはしない。が、多くの極刑が言い渡され、即座に執行されなかったのは第三王子が待ったをかけたからである。
「攫われた子どもには高位貴族の子弟も含まれている。彼らの無念を晴らすためにも、チャドスが何をしたかは究明すべき。刑はいつでも執行出来る」
そう主張し、チャドスを郊外の施設に隔離した上で尋問が続けられ一つは明らかになった。国境付近に住む少数民族に伝わる秘術。
チャドス曰く『獣の霊と契約する太古の儀式』で、彼は獣の能力が使えると言い放った。
最初、騎士隊とともに拘束に向かった囚人兵(刑期の代わりに兵役をこなす。功績次第では褒賞として恩赦がある)数十名を殺戮したのはその秘術によるものだとか。
第三王子がまたも主張する。
「狂ってはいるが、国への忠誠心は持ったまま。ならば囚人兵として使役すれば良い。恩赦はない。本人も望んでない」
国王はやや渋ったものの、王位継承を破棄した第三王子の案を了承した。
チャドスの成功したという『もう一つのこと』については、支離滅裂で取り止めもないこと以外明らかになっていない。
この人選に騎士隊長ウルングルは頭を抱える。狂人の囚人兵。第三王子の意図もあからさまだ。
自分含めて捨て駒にされている。或いは王位を簒奪した後はエルフ王国への侵攻でも考えているのだろうか。
元よりウルングルはベタノクフ公爵家やユウコワ・ベタノクフ公爵令嬢が王位簒奪を目論んだとは思っていない。あまりにも無謀。王位簒奪も聞いたこともない。
一つの公爵家が実行したところで、他の有力な貴族が黙っていない。しかもベタノクフ公爵家は文官家系で、領地軍も規模が小さい。
市民の半分すら信じていない茶番。しかし騎士隊は王家の剣。職務は絶対だ。
憂鬱になりながら、ウルングルはもう一人の指名された私兵のことを思い出す。
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