第四話 下準備と黒猫
「で、これからどうする?どこかへ移動するのか?」
「もう日暮れが近い。夜に森を抜けるのは危険だから今夜はここで過ごすわ」
「寝床が見当たらないけど」
「あら?床の上に寝たことはないの?それが一般的よ」
そうか、布団登場前ってことか。
「流石にそれでは疲れが取れないだろう。んん……武器か……そうだな、武器として使えるな。ちょっと外へ出るぞ」
俺は念じる。
それは現れた。
日産サファリ。
俺が一時期乗ってたクロカン四駆だ。
これで体当たりすれば立派な武器だろう。そう思い念じたら出てきたわけで。魔法万歳だ。
キーを捻る。唸りを上げるディーゼルの咆哮。燃料は満タン、ありがたい。寒冷地用軽油が入ってると思う、多分。ヒーターを入れ車内がある程度暖かくなった頃にユウコワを呼ぶ。
「ずいぶん騒がしい馬車ね?」
「少々狭いけど暖かく寝られるよ。エンジン音はまぁ慣れてくれ」
リアシートを倒しラゲッジルームに布を敷き詰め、ユウコワが寝られるだけのスペースを作った。
やつらが夜襲をかけてくる可能性は高い。いざとなればこれで逃走するのもアリだ。不安は残るが。
クロカン四駆とはいえどんなところでも走れるわけではない。所詮は市販の乗用車カテゴリーで売ってるものだから、ひどい不整地が予想されるこの世界では苦労しそうだ。ウィンチも無いし。
暇つぶしに読んだファンタジーコミック。車で異世界の道もないところを走ってる描写に苦笑いが出たことがある。免許持ってない漫画家だろう。オフロード舐めんなよ。
ユウコワは猫のように丸まってすぐに寝息を立て始めた。疲れていたんだろう。それはそうだ。
年齢は訊いてないがおそらく見た目通り、女子高生ぐらいか。そんな子が愛する人を殺され、養子としてくれた家族を殺され、自らも命を狙われたんだ。辛すぎる。
ユウコワが眠ったのを確認しておれは静かに外へ出る。サファリのエンジン音で襲撃者にはすぐに露見するだろう。ならば罠を張るまで。夜が来る前に。
クレイモアを喚び出す。自衛隊じゃ指向性散弾って名前でスウェーデン製だそうだ。
リモコンボタンを押すと爆発とともに金属球が射出される。使ったこともないのに手順はわかる。
二十個ほど用意して小屋を中心に円形に配置。
ふと足元を見ると黒猫がいた。森の中に?とは思ったが、野良猫は案外タフだからな。
「おい、ここにいたら危ないぞ。シッ」
「大丈夫」
猫が喋った?!黒猫は瞬時に姿を変える。小学生ぐらいの女の子だ。黒い服。
「なっ?!ば、化け猫?」
「それはひどい。私は森に住む猫」
「猫?ただの猫じゃないよな?」
「猫だよ?」
首を傾げる少女。ファンタジー世界。何でもありか。
「ずっと見てた。あの箱の中にいるエルフ、追われてるでしょ?」
「ああ、そうだけど」
「私が手伝ってあげる。森の中は私の縄張り」
「手伝うって……」
「任せて」
何とも調子が狂う。
「じゃあさっき俺が置いた足つきの箱があるだろ?あれが向いてる方向には絶対行くなよ?」
「わかった」
「あれは金属の礫を爆発して飛ばすものだから」
「怖いね」
「ああ。凶悪な兵器だ」
不意に黒猫少女がとある方向を見る。
「人間が近づいてきてる。ずっと先。五十人がここを囲むようにゆっくり歩いてる。服の上に草木を纏って足音を忍ばせてるね」
「やはり来たか。手練れを送り込んで来ただろうし、クレイモアだけでどうこう出来るとは思えないな」
俺がそう言うと彼女は黒猫の姿に戻り姿を消す。
「ちゃんと手伝う」
そう言い残して。
疑問が浮かぶ。俺はただのサラリーマンだっただろうに。当たり前のように戦闘準備をしている。戦闘民族みたいな性格じゃないんだけどなぁ。これはユウコワとの契約が影響しているのだろうか。
いや、考えても答えが出ないことは切り捨てる。それは時間の無駄でしかない。
念じる。
多勢に無勢。なら搦手でいくしかない。
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