第三話 悪党に死を

「王太子殿下主宰のお茶会に養父と一緒に出席したの。そこには陛下、王妃さま、それに第二王子さまもいらしてて。私はそこで色々な話をしたのよ。私をすごく歓迎してくださってるのが嬉しかった」

「人の側は歓待ムードだったと」

「ええ。それからは婚約記念の行事が次々と催されてね。王太子殿下と一緒に中央神殿、貴族議事堂、貴族学院へ出かけたの。第二王子さまもご一緒のことが多くあって『義姉さま』って私の側を離れなかった」


 不意にユウコワの表情が曇る。

 それから異変が始まった。

 まず国王夫妻。体調が優れなくなり、病床に伏せることになり、王太子、第二王子もそれに続く。医師団が治療を試みたが、体調不良の原因はわからなかった。


 しばらくすると王城内に不穏な噂が広がり始める。


『エルフが呪いをもたらした』

『あれは魔女だ』

『公爵家が王位を簒奪する為に魔女を使った』


 エルフのこと、エルフ王国のことを王家や上位貴族の当主以外は詳しく知らない。

 御伽話にあるように美しい姿と魔法が使えること、それぐらいの情報しかない。魔法で何でも出来ると信じ込んでいる。

 隣国へ留学していた第三王子が予定を繰り上げ帰国。滞っている政務に就く。


「第三王子に私は会わせてもらえなかった、それどころか遠ざけられた」

「……噂が噂だけに留まらず、真実味を持って人々を動かし始めていたわけか」

「心当たりあるのね?」

「人は自分の信じたいものを信じる。俺がいた日本、いや世界でもありえないことを信じ込む連中がいたよ」


 人は自分が知らないもの、よく知らないものを『悪』『良くないもの』と思い込みたがる。もちろん全員ではないが。

 そしてその『よく知らないもの』に対して、根拠もあやふやな噂なりを耳にすると化学反応が起こる。


『◯◯は危険だ』

『◯◯は悪いものだ』


 今で言う陰謀論者の出来上がりってわけだ。

 それに踊らされた人間、歴史的にも数知れず。

 学校教育が充実し、情報媒体が溢れている現代日本においてもそんな有様だ、無理からぬことだろう。


「話を聞く限り、君が王家に何かするのは有り得ない。エルフ王国もだ。動機がない。しかし、得体の知れないエルフが何かしたに違いないと思い込みたがる人間たちがその噂を信じたのだろうね」

「その通りよ。やがてね、ベタノクフ公爵家への嫌疑になっていくの。『王位簒奪を企てた』って」

「おいおいそれって……」

「お察しの通り、第三王子と第二王妃、それを担ぎ上げようとする派閥の謀だったのよ」

「誰が得するか考えたらわかりそうなものよな」

「でもね、市民の大多数はそれを信じてないの。私を直接知る人が少ないってのもあるけれど、第三王子については前から市民の間では周知の事実だったから。それにベタノクフ公爵家は市民にも人気があったのよ」


 これは側近達によるプロパガンダ合戦の結果だそうだ。支配階級ってのは情報戦が得意だし。しかし市民が味方でも、実際の権力を持つ貴族達がどう思うかが重要だ。革命でも起きない限り、市民には力がない。何も動かせない。


「しばらくして王太子殿下は亡くなったわ。後を追うように陛下夫妻と第二王子殿下も。直ちに欠席裁判が開かれ、ベタノクフ公爵家へ騎士隊と衛兵隊が踏み込んだの」


 ユウコワは俯き、表情は見えない。肩が小さく震えている。


「公爵も奥様も十歳になったばかりの義妹もその場で……私の目の前で……」


 俺は思わずユウコワの肩をそっと抱く。泣いてる女を傍観するなんて出来ない。


「国を立つ前に母から持たされた転移の護符を使って私はここへ来た。そして父から教えられた神獣召喚魔法を使ったの」

「おい、もしかして」

「大丈夫。全ての寿命を対価にってわけではないわ。でもどれぐらいかも分からない。けど王太子さま達を亡き者にした彼らに報いを受けさせるまで、私は死なない。決して」


 俺は頷き、ユウコワ・ベタノクフの目を見つめた。


「神獣は契約者の代わりに魔法を行使する存在。あなたは私の剣なの」

「ああいいよ。こうなりゃ一蓮托生だ」

「一蓮托生?」

「俺のいた世界の言葉でな、最後まであんたと付き合うぜってことだ」


 互いに見つめ合う。


「『君』と呼んだり『あんた』と呼んだり忙しいのね?」

「そうだな。さっきのやつらを片付けた俺たちはもう他人じゃない、共犯者だろう?」

「神獣ニコフに命じます。これから逃亡生活に入る私を守り、全ての敵を打ち払いなさい」

「仰せのままに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る